世阿弥生誕650年、観阿弥生誕680年記念

4月 01日, 2013年
カテゴリー : プロデューサー目線, 過去の公演 

 今年は、能の大成者である世阿弥の生誕650年にあたり、また奇しくもその父観阿弥の生誕680年記念に当たります。半世紀前の1963年に、当時盛りの花であった故観世寿夫氏らと、世阿弥生誕600年祭の行事に参加したものとしては、この50年の間に能楽界に起きた変化に改めて驚かされると共に、自分自身と能の世界との関係の多様化に、一つの時代が終わったことを痛感させられます。

そもそも、600年祭の折には、私は東京大学の助手になったばかりの30歳でしたから、半世紀先のことなど、予想もつきませんでした。香西精先生が、大和の補巌寺で永代供養帳に「寿椿」の名を見出し、それが世阿弥の妻の名であることから、ここが世阿弥の菩提寺であることを立証し、すでに廃寺にはなっていましたが、臨済宗の導師をお招きして、お供養をしたこと、臨済禅の典礼が見事に音楽的で、「義満はこういう音楽的に華麗な典礼が好きだったのですよ」と、香西先生が説明なさったことなど、昨日のことのように思い出されます。観世寿夫のお蔭で、というか、観世寿夫が、あまりの若さで亡くなってしまったために、演能の現場と「能の記憶」とを、最も鋭く深く繋ぐテクストとして、世阿弥の『伝書』は、私にとって欠かすことの出来ないものとなったのでした。

 半世紀後の現在、幸い京都芸術劇場では、観世銕之丞師と銕之丞家、片山九郎右衛門師と京観世の方々、人間国宝野村万作師と人気絶頂の萬斎師を中心とした和泉流と、新進気鋭の茂山逸平師のエネルギーが巻き込んでいてくれている茂山家の長老方、加えて、笛の藤田六郎兵衛師、小鼓の大倉源次郎師、大鼓の亀井広忠師らを中心とする、目下、「真の花」を咲かせ続けている囃子方の方々といった、これは手前味噌ではなく、他所ではなかなか出会うことの出来ない出演者で、優れた舞台を作り出すことが出来ているのも、観阿弥・世阿弥から観世寿夫に到る名人上手の「花の力」が寄り添ってくれているものと、有難く思っているのは私だけではないはずです。

今回の「観阿弥生誕680年・世阿弥生誕650年記念能」は、観世宗家の当代清和師に、春秋座の歌舞伎舞台を活かした『翁』を舞っていただきます。50年前には想像もつかなかった企画ですが、舞台芸術である以上、能も「活きもの」ですから、敢えてこの実験を引き受けてくださった観世宗家には、京都芸術劇場関係者一同、深く感謝申し上げる次第であります。

研究史的には、いまだ不明なところの多い『翁』ですが、最新研究に基づくパネル・ディスカッションを、天野文雄先生(大阪大学名誉教授・文化庁関西分室長)と松岡心平先生(東京大学大学院教授)にお願いする予定です。

渡邊守章
(舞台芸術研究センター所長・演出家)