編集長日記〜危機感を抱いています
こんばんは。
編集長です。
1週間の台湾出張を終え、
昨日は京都市内で高校1、2年生向けの芸術系大学・専門学校の合同説明会がありました。
その際、主催の業者さんから、
「この分野を目指す高校生たちが、夢を持てるような話をしてほしい」
と頼まれていたのです。
そこで、椿昇先生とヤノベケンジ先生のスペシャルレクチャーを用意しました。
もちろん、高校生にとっては両先生を知らない子もいるだろうけど、
世界でも高い評価を受けるアーティスト2人の出すエネルギーや刺激的な話に、きっと「私もがんばろう!」と思ってくれるに違いない!と編集長も意気込んでいたのです。
ところが、2人の話が始まって、横から見ていた編集長は、
100人を超える高校生たちの目や顔つき、姿勢を見たとき、
「これは、日本はこのままでは本当にヤバい!」と危機感を持ちました。
昨日参加してくれた子で、このブログを読んだ子は、
もしかしたら、気を悪くするかもしれません。
でも、それでもキレイごとを書いて済ませてはいけないと思ったのです。
その危機感はどこから来たのか?
みんなの顔や目から、全く覇気を感じない。
もちろん、そうじゃない子もいたから、その子たちは違うけど、
全体の8割以上は、もう全くエネルギーを感じないのよ。
厳しく言うと、目が死んでいる……
編集長は、このブログでも紹介したけど、
この日曜日まで台湾に行って、みんなと同世代の子たちとたくさん接していたのです。
そして、同じく椿先生も、作品作りのために上海に行ってきたばかり。
で、話をし始めて数分で、椿先生も同じことを感じたのか、
「みんなの顔が死んでいる」
って言ったのね。
(そのときは、「あぁ、わかる人は同じことを感じるんだ」と思いました)
もう、編集長は、すごい危機感を感じてしまって、
「どうすれば、この状況が変わるんだろう?」と思って、昨日から正直ずっと頭の上に大きなものがのしかかっている感じです。
「どうすれば、どうすれば、どうすれば」
とずっと考えています。
台湾で出会った高校生たちが、たまたま元気だったのかもしれない。
でも、総体的に見ても、本当に皆全身からエネルギーが出ていて、
僕たちを見る目は、すごくまっすぐで、その視線や顔つき、姿勢からすごい力を感じたのね。
それは、台湾の3つの都市で視察していた昨日と同じような説明会でもそう。
もちろん、全員が全員そうじゃないのも、日本の場合と同じ。
聞く姿勢が出来ていない目の死んでいる子は、台湾にも何人もいた。
でも、全体的に見ると、目の生きている子と死んでいる子の割合は、
日本と台湾で、逆転している。
2割対8割が、ちょうど逆転している状態だと思ってください。
だから、その対比が強すぎて、編集長は危機感を強くしたのです。
椿先生と、その後もその点についてすごく話をしました。
いったい何がこうさせてしまうのだろう?と。
でも、これは、高校生や大学生の責任だけじゃない。
「最近の若い子は」なんて言うのは、誰でも言えるから。
この問題は、僕たち大人にも責任があると思うのです。
小学校から高校までの教育にも、それを受ける大学や専門学校の教育にも。
そして、家庭で育てる保護者にも。
大きな意味では、政治や経済活動を司る企業にも。
なぜ、高校生や大学生の目が澱んでいき、エネルギーを出せないのか?
その理由の一つは、
「みんなどこかで、自分の手の届く範囲で答えをわかったつもりになっている」ということ。
だから、「これをやっても、結局は無理なんだよね」と、どこかで限界を先に決めていたりする。
そりゃ、エネルギーなんて出せるわけがない。
だって、行き着く先が見えていたら(というか、「見えているつもり」になっているだけだけど)、先が見えていることに向かって、エネルギーなんて出せないよね。
どこかセーブしてしまうのは無理もない。
そう思わせてしまうのは、毎日見る悲観的なニュースだったりするのかもしれない。
「芸術勉強して、将来どうするの?」
なんて、高校の先生や家族に言われたら、そりゃ憧れはあっても「先が見えているような」気になって、覇気をなくしてしまうのも無理はない。
台湾の高校生のまっすぐな目の集団と、
昨日の日本の高校生のどこかもう先が見えてしまっているような(いや、見えないからぼんやりしているのかもしれないな)目の集団と。
いったい、何がそうさせてしまんだろう?
と、ずっとずっと考えています。
そして、それが頭をずっと駆け回りながら、昨日の夜は、うちの学生たちの卒業コンパに招待されました。
そこでも、残念ながら同じことを感じてしまいました。
みんながんばっているんだけど、エネルギーが感じられない。
みんなきれいにまとめる力はあるんだけど、どこかそれが器用な感じだけしかしない。
それは、僕たちにも責任がある。
さて、どうしたらいいんだろう。
ずっと考えています。
これを読むと、「そういう説教臭いのがねぇ」とか、
「そういうこと言うのもいけないんじゃない?」とか、
いろいろな批判的な意見も受けると思っています。
でも、この危機感は、残念ながら「問題意識が高い人」しかわからない。
あえて、強くそう言います。
でも、ここに、一般的に言われる「そもそも教育とは?」、みたいなどこかで取ってきたような危機感のない美辞麗句はいらないんだよね。
「明確な目標設定」と「正確な現状分析」のどちらもなければ、「問題意識」は生まれない。
そのどちらが欠けても、ダメなんです。
でも、編集長は、悲観的になっているわけではありません。
考えれば考えるほど、「がんばろう!」って、改めて強く思っています。
「私にはこんな未来が待っているんだ!」と高校生や大学生が強く信じて、まっすぐな目ができるような社会にしたい。
出会った子たちが、一人でも多くそうなれるように。
そのためには、自分が誰よりも強くそう思って、
誰よりもエネルギーを出し続けなければいけないと思っています。
でもね、最後はこれを読んでくれるみんな自身の中で、そのエネルギーを出してもらわなければどうすることもできません。
とにかく全力でやってみよう!
一生懸命やろうとすると、「かっこわるい」とか、「ちょっとダサイ」とか、
冷笑主義を気取って、陰口をたたく人たちばかりがいる。
「一流の人は、がんばっている所を見せないもんだ」なんて
言葉の一部だけを取り上げてわかったように語る人もいる。
でも、一生懸命やった人間にしか、得るものはないことにもっと気づいてほしい。
誰よりもがんばっても、それでも結果が出ないことだってある。
でも、誰よりもがんばらないのに、結果なんて出ないんだ。
器用に、要領よく、オシャレにこなすことはかっこ良く見えるかもしれない。
でも、それに踊らされるかっこ悪い人にはならないでほしい。
自分の夢のために、泥臭くても、とにかく全力を出せる人は、
きっと良い目、良い顔になっていると思うんです。
エネルギーを出そう!一生懸命になってやってみよう!
そういうみんなをずっと応援したいと、改めて強く思っています。
もっと何かできる。もっとやらなきゃいけなことがあるって、昨日からずっと思っています。
投稿者:入学広報課 吉田
投稿日: 3月 16th, 2010 カテゴリー: 8編集長日記シリーズ.
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