編集長日記~和太鼓の発表で想ったこと
こんばんは。
編集長です。
今日は、12時から大学内にある京都芸術劇場・春秋座で行われた、
夏期集中授業「体育実技~和太鼓」の最終日の発表公演を観に行ってきました。
大学の授業は、
「前期科目」「後期科目」という、半年間を区切りとした「半期科目」と、
1年間通しで行われる「通年科目」に大きく分けられます。
それ以外に、夏休みや冬休みなどの、長期休暇の間に、数日間連続で行われる授業もあるのね。
それが、「集中授業」。
今回の「体育実技~和太鼓」も、その集中授業の一つで、4日間で履修する科目です。
学生広報スタッフの景子の記事にもあったように、
瑛理子、陽子も受講していたので、その発表公演を観に行く、「優しい編集長」なのです(自分で言うのだ)
まず、最初に褒めておくと、
学生たちは、自分で授業の目標を決めて、がんばっていた成果が見られたので、それはエライと思います。
ただね……
学生のことをいつも考えているので、あえて厳しい意見も言う編集長。
今日も厳しい意見を言います。
(これは、景子や瑛理子には直接伝えたけど)
まず、自分達が一生懸命がんばってきた授業の発表公演だったはず。
ところが……
それを観に来ていたのは、
学生の友人2組3人だけ。
残るは、劇場スタッフの皆さん、和太鼓悳の学生たち、編集長達を含めた教職員6名。
たった、それだけです。
これが、芸術大学の学生がやってしまいがちな典型的な例です。
これは、学生の公演でも、企画でも、展覧会でも、ほぼ同じことが起こります。
何か?
「作ったり、準備したりすること」にばかり意識が向いて、
それを人に観てもらうための意識が欠如するということ。
いつもブログで書いているけど、
「人はそう簡単には動かない」
ってことをもっと考えないと。
どれだけ一生懸命準備をしても、
「それを伝えようと、徹底して考えないと」人には伝わらないし、人は動かないんだ。
みんな、いつもついそれを忘れてしまっているだよね。
でも、これは危険な兆候なんだよ。
自分のことにしか目が向いてないってことだから。
自分達がやることを、どうすれば人に伝わるかをいつも頭の中に置いておかなきゃ、伝わるわけない。
その「ゆるさ」は、見る人への愛情の欠如にもつながる。
結果、「独りよがり」になりがち。
厳しいことを書くけど、
せっかく自分達が打ち込んできた成果の発表なんだから、それに3人しか友達が来ていないという現実を真摯に受け止めてほしいのね。
それは、最近書いているように、
みんながコミュニケーションを苦手としていることの表れかもしれない。
人に伝えるってのは、そんなに簡単なことじゃない。
「どうやったら、届くんだろう。どうやったら、伝わるんだろう」
と考えて考えても、なかなか伝わらない。
だからこそ、人のことをもっと知ろうとする。
そして、自分のことについても考える。
コミュニケーションには、それだけの絶対的な「量」が必要なんだよね。
今日の受講したみんなが、
自分の友達にどれだけ見てほしかったのか?
改めて自分に問い直してほしい。
「観にきてね」ってメールを送って動くのは、
みんなの家族と彼氏や彼女ぐらいだよ。
もっと、「観に来てほしい!」って想いを量としてぶつけないと。
そうでないと人には伝わらないし、人は動かない。
「何か作れば、人に伝わる、人を動かす」
って、芸大生の多くはいつの間にか錯覚に陥ってしまうんだよね。
それに気がつけば良いんだけど、気がつかないまま卒業していく学生も多い気がする。
だからこそ、編集長はこうして厳しく書いています。
これから、芸術大学に入学するみんなに向けても。
そんな「発信すること。伝えようとすることの大切さ伝えたい」という想いが、
9月19日(日)第2回美大ブログサミット in 京都
をやる「一つの理由」かもしれません。
(もうそろそろ準備しなきゃ)
それから、観ていてもう一つ気になったこと。
「みんな、身体の軸がブレている」
ということ。
太鼓って、自分と太鼓と向き合うことになるから、
打つ行為は、自分に跳ね返ってくるんだよね。
つまり、自分の軸がブレていると、跳ね返ってくるとさらにブレる。
学生達を見ていると、その軸がブレる、ブレる。
これは、今日観た学生たちだけじゃなく、
ほとんどの学生や高校生・受験生も同じ。
スッと、臍下丹田(おへその下ね)に、力が入って地面に足が根を張り、上に伸び上がっていくイメージがどこにもない。
この「身体感覚の欠如=頭でっかちの脳先行」は、非常に危険なんだよね。
情報量が多すぎて、人間本来の力を失って行っている危機感を、最近感じています。
これは、いろいろなことに表れてくるのよ。
・大きな声が出ない。
・挨拶ができない。
・御礼が言えない。
・人の話が長い時間聞けない。
・体力が続かない。
・目に力がない。
こういうのって、全部つながっているんだよね。
もう、この状態って、アートやデザインを学ぶ以前の問題。
自分がそうなっていないか?
といつも問い続けよう。
自分という土壌をしっかりと耕しておかないと、どんな良い種を大学で蒔いても、芽なんて出ないからね。
危機感を募らせる編集長なのでした。
投稿者:入学広報課 吉田
投稿日: 9月 2nd, 2010 カテゴリー: 8編集長日記シリーズ.
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