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大学院長

裏切りと(しての)伝統

京都造形芸術大学は新しい学校ですが、とくに21世紀に入ってから爆発的な発展を遂げてきました。実際、京都ならではの伝統芸術から世界最先端のポップ・カルチャーまで、これほど多領域にわたって多彩な人材を揃えた学校が、世界のどこにあるでしょうか。芸術が自閉的なものであってはならないと信ずる私たちは、芸術を社会に向けて大きく開いていきたい、それによって社会を変えていきたい、と願っているのです。

しかし、その過程で、芸術が市場に吸収され、大学が大学というにふさわしい質と骨格を失ってしまうとしたら、元も子もありません。京都造形芸術大学では、知的・創造的な核としての大学院、そして多種多様な研究センターが緊密なネットワークをつくり、世界最先端の研究・創造活動を展開しています。また逆に、そういうしっかりした核があるからこそ、私たちは躊躇なしに社会に向かって大きく扉を開いてゆくことができるのです。

京都造形芸術大学大学院の最大のポイントのひとつは、端的にいって、京都にあるということです。日常生活の延長上で日本の古い伝統に気軽に触れられる。これは他所では望むべくもない贅沢な特権と言えるでしょう。
しかしまた、京都は古いものを守る一方で、新しいものをいちはやく取り入れてきた都市でもあります。その姿は、古いものと新しいものが必ずしも相反しないこと、むしろ、本当に古いものは新しいものを受け容れる度量をもち、また新しいものは古いものを活性化しつつ新たな伝統を形成していくのだということを、暗に物語っているかのようです。
フランス語でいえば、生き生きした伝統(tradition)とは裏切り(trahison)の連続だということになるのかもしれません。そのことは教育の場でもっとも鮮烈にあらわれます。

私たちは、学生のみなさんが、私たちの教えるすべてを注意深く吸収していくことを、しかしまた、みなさんが―というよりも、あなたが、私たちをまんまと裏切り、私たちを踏み越えて、私たちには想像もつかなかったような素晴らしい研究や創造を成し遂げることを、願ってやまないのです。

もしそれが実現できれば、京都造形芸術大学は、日本の、いや世界の文化を、21世紀の新たな地平へと引っ張ってゆく、知的・創造的尖端としての役割を果たすことができるでしょう。あまりに大げさな夢でしょうか?私は決してそうは思いません。

浅田 彰

大学院長
浅田 彰
1957年、兵庫県神戸市生まれ。
1979年、京都大学経済学部卒業。
1981年より京都大学人文科学研究所助手、1989年より京都大学経済研究所助(准)教授。
1983年、『構造と力』(勁草書房)を発表し、翌年の『逃走論』(筑摩書房)で提示した「スキゾ/パラノ」のパラダイムとともに「, 浅田彰現象」とも呼ばれる「ニューアカデミズム・ブーム」を生んだ。
その後、哲学・思想史のみならず、美術、建築、音楽、舞踊、映画、文学ほか多種多様な分野において批評活動を展開。
NTTインターコミュニケション・センターの創設にあたっては企画委員を務めた。
著書に『構造と力』、『逃走論』のほか、『ヘルメスの音楽』(筑摩書房)、『映画の世紀末』(新潮社)、『20世紀文化の臨界』(青土社)など。
『GS』、『批評空間』、『インターコミュニケーション』などの編集委員を務めた。