通信教育部

インタビュー

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2017年6月30日  インタビュー

教員コラム⑥「初心忘るべからず」/森田都紀教員

 

初心忘るべからず

和の伝統文化コース 森田都紀教員

 

これは、世阿弥という能役者の言葉です。よく知られている言葉ですが、こんにちでは、物事を始めた頃の新鮮な気持ちや志を忘れてはいけないというような意味で使われがちです。しかし、世阿弥自身はそのような意味で使っていませんでした。

世阿弥は「初心」をはじめて物事にあたるときの未熟な状態と捉え、芸を極めるための指標として最初の未熟な状態を忘れてはならないとし、「初心忘るべからず」と言ったのです。だから世阿弥は「初心にかえる」のは未熟な頃に戻ることだとし、否定していました。いまでは「初心にかえって行いたいと思います。」というような言い回しも聞かれますが、これは世阿弥の本意とは言えませんね。

 

「初心」に対する世阿弥の考えは、『花鏡(かきょう)』という伝書でまとまって知ることができます。そこでは「初心忘るべ からず。この句、三ヶ条の口伝あり。是非の初心忘るべからず。時々の初心忘るべからず。老後の初心忘るべからず。この三、よくよく口伝すべし。」と書いていて、役者人生における三つの「初心」を説いています。すなわち、修行を始めた若い頃の未熟な芸を常に忘れず、年とともに時々に相応しい演じ方をその都度学び、老後もまた新しい境地を切り拓いていかなくてはならないという意味だと思います。

また『風姿花伝』の「第一年来稽古条々」では、生涯の芸の基礎となる二十四、五歳 の「初心」の時代はもちろん、生涯を通じて「稽古は強かれ、情識はなかれ」(稽古は厳しく行い、かつ慢心ゆえの強情はあってはならない)と書き、戒めています。

こうした「初心」をめぐる世阿弥の言葉からは、失敗を身につけ、精進し続けることの大切さを改めて考えさせられます。芸術や学問に携わる私たちにも染み入る言葉ですね。

 

 5和の伝統

THE NEW YORK PUBLIC LIBRARY DIGITAL COLLECTIONS

Scene of Noh drama.”

 

 

学科コース紹介|和の伝統文化コース

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2017年6月30日  インタビュー

教員コラム紹介⑤「世界が広がる-縮尺という魔法-」/川合健太教員

 

世界が広がる-縮尺という魔法-

空間演出デザインコース /川合健太教員

 

「縮尺」という概念を皆さんはご存知でしょうか。例えば、地図の片隅に書いてある125000 1/25000 という数字がそれを表しています。

つまり、今ここにいる私たちの身の回りの 世界を「1」とすると、その目の前の地図が表している世界が 1/25000 であることを示しています。もちろん、これは紙上に表されたイメージの話であり、実際にはそのような小さな世界は存在していないのですが、古来より人びとはこうした概念をもとにして、未知なる世界の全体像を把握しようと努めてきました。そして、これはわれわれが取り組む空間演出デザインでも同様です。

 

インテリアデザイン、生活デザインの分野では、実寸(11)はもとより、150 1100 の縮尺など、自らの身体(11)を基準にして、さまざまな縮尺を渡り歩きながら、空間を把握し、関係を分析し、発想を練り上げて、図面や模型といったツールを用いて表現していきます。これは言わば、デザイン思考を掌中におさめるための王道であり、建築デザインや空間演出デザインに携わる人にとっては欠かすことができない概念です。

例えば、図面を見ることを「図面を読む」などと言いますが、図面を読むためには縮尺を知らなくてはいけません。どの縮尺で描かれているかによって、そこに描かれた図の意味することが大きく異なってくるのです。いかに素早く図面の縮尺に馴染めるか、それがプロと素人の境目であるとも言えるでしょう。

そして、この「縮尺」がすごいのは、使い方を変えてみると、ある時はアリの視点になって世界を見たり、ある時はゾウの視点になって世界を見たりと、まるで魔法のようにいろいろな世界の見方を獲得することができるのです。縮尺を知るときっと世界がひろがります。

 

 

 

ミニ講義

実寸(1:1)で空間を考えている授業のひとコマ

 

 

空間演出デザインコース | 学科・コース紹介

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2017年6月20日  インタビュー

教員コラム紹介③「ペンギン・プールのお話」/今村信隆教員

 

ペンギン・プールのお話

博物館学芸員課程/今村信隆教員

 

1930 年代につくられたロンドン動物園の旧ペンギン・プールのお話です。

設計は建築家オブ・アラップ。白く塗られたコンクリート製のスロープが優雅に交差する様子は、見た目にも美しく、人気を博したそうです。

けれどもこのプール、当のペンギンにとっては喜ばしい施設ではなかったといわれています。滑りやすいスロープを慎重に上ったり下ったりすることは、ペンギンの足腰に不要な負担を与えていました。スロープの下に広がるプール自体も、ペンギンの自然な行動を誘発するのに十分なだけの水深をもっていませんでした。そして最大の問題は、プールが白色に塗装されていたということです。

ご存知のとおりペンギンには、さまざまな種類がいます。寒冷な地に生息するものもいれば、温帯性のものもいます。しかし、プールを白く塗ることによってこのプールは、ペンギンはすべて、雪と氷に囲まれた寒冷地に生息するのだというイメージを与えてしまいました(実際に飼育されていたのは、温帯性のペンギンでした)。

人間によって特定のイメージを与えられ、本来の行動を制限されていたペンギンを見た来園者は、 はたしてペンギンの「現実」を知ったといえるでしょうか。

 

しかしこのことは、かつてのロンドン動物園だけの問題ではありません。動物園も含めたすべてのミュージアムが、実は似たような課題を抱えています。立派な展示室に並び、照明によって豪華に演出された普段使いの民具。ガラスケースのなかに入り、開くことのできない襖絵。展示台に恭しく載せられた遠い国の仮面。つまりミュージアムにやってくるこれらのモノは、もともとの意味とは別の新しい意味を、展示の場で受け取っているのです。

しばしば、ミュージアムの「顔」だといわれる展示。ただしこの「顔」は、ときに化粧をします。 博物館学を学ぶということは、こうした化粧の方法や意義を学ぶことでもあるといえるでしょう。

 

 

 

博物館学芸員課程|資格課程

 

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2017年6月19日  インタビュー

教員コラム紹介②「最も古くて新しいワザ!」/松生歩教員

 

最も古くて新しいワザ!

日本画コース/松生歩教員

 

皆さんは最古の絵がどのように描かれたかご存知ですか?そう、それはラスコーやアルタミラをはじめとする多くの洞窟壁画に始まります。おそらくそれは祈りとともにやむに已まれぬ事情から始まった行為だったのでしょう。洞窟壁画の絵師たちは、土や炭や植物の汁など、自然からもらったあらゆるものを使って、それを動物の油などで練り、植物の繊維や木切れや動物の毛などで石壁に描いたのだといわれています。それは実は今の日本画と全く同じ技法です。

 

日本各地でも外国でも、いろんな色の土が採れますが、私たちは今でもそれを絵具として使っています。それに加え、墨。貝の粉から作った胡粉という白い絵具。また、仕上げに使うのは岩石を砕いた岩絵具。それらを膠という動物性のコラーゲンで練り、動物の毛から作った筆で描いていきます。なんだか全く、太古の絵師と同じことをしていますね。

そして極めつけはその中身。私たちは花や人や動物や風景を描きながら、やはりその中の命に向かって謙虚な祈りをささげているのです。そう、やっぱり私たちは絵を描いているときには、だれでも太古の洞窟壁画の絵師の末裔なのです。

 

でもそれだけではありませんよ。現代人である私たちは、現代の人々の悩みや憧れに寄り添い、この時代の気持ちを形にします。ごく身近な日常の思いだったり、遥か宇宙に語りかける言葉だったり。悲しさ切なさ喜びをすべて形に変えて、キラキラした思いを絵筆に託します。

それを助けてもらうために、最後の仕上げのスパイスとして少しだけ使いたいのは、天然の貴石から作った発色の良い岩絵具だったり、金銀の箔や砂子だったり…。またさらに、今ではそこに顔料やアクリル絵具や油絵具まで持ち込むケースまであります。日本画のキャパは広くて深いのです。

あなたもドキドキしながら足を踏み入れてみませんか?ここは一番古くて新しいワンダーランドだと思われるはずです。

 

 

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2017年6月18日  インタビュー

教員コラム紹介①「教養を人生の術とする」/野村朋弘教員

 

教養を人生の術とする

-世に溢れる字体の由来を知る

芸術教養学科 野村朋弘教員

 

我々は「文字」を見慣れていて、字体そのものの細かい差異に気をとめません。しかし、出版社や広告など注意深く見てみると、同じ字体であっても種類があり、読みやすさやデザインにあわせてセレクトされています。

通勤の際、広告や標識、また書籍や新聞などで様々な文字情報に出会うことでしょう。

我々はいわば、文字情報の渦中で生活しています。それら文字そのものもデザインされているものです。デザインは無から生み出されるだけではなく、積み重ねられた歴史があります。今回は、多くの書籍で用いられている「明朝体」を取り上げてみたいと思います。

 

明朝体はいったい、いつから日本で使われるようになったのでしょうか。

それは明治時代に西洋の印刷技術が導入された際、技術と共に輸入されたものなのです。西洋の印刷技術である金属活版印刷の文字に漢字は存在しません。中国にキリスト教の布教を行うため、漢訳された聖書を印刷する必要がありました。そこで、中国にあった字体の一つである明朝体が選ばれ用いられたのです。日本では、明治に旧幕臣の本木昌造が活版伝習所で、印刷技術を教えにきたウィリアム・ギャンブルから技術とともに明朝体を伝えられたのです。以来、新聞や公文書などで明朝体は使用されるようになり、主要な字体の地位を確立します。もし、聖書を漢訳印刷する時に違う字体が用いられたら、書籍で見かける字体も変わっていたかも知れませんね。

 

このような歴史の上に、現在の明朝体はあります。今日ではワープロなどで自らデザインし文章をまとめることが出来ますが、字体ひとつとっても歴史があります。どんな文をまとめるかも歴史を知り、デザイン出来ればより素晴らしいものができるでしょう。

こうした日常を豊かにする創意と工夫の術を、文化的伝統の歴史と、デザイン思考を基盤として、本学科では身に付けることができます。

 

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