文芸表現学科

学生紹介

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2015年6月5日  学生紹介

果てしない地元愛 ー小林由尚インタビュー

 
文芸表現学科2回生の小林由尚(こばやし・ゆきたか)君は、中学時代は吹奏楽部に入部しており、高校時代はデザインを専攻していた。音楽もデザインも、今でも趣味として続けているという。
ではなぜ京都造形芸術大学に入って、文章を書く文芸表現学科を選んだのだろうか。
将来なにを目指すのかも含めて話を聞いた。
 
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子どものころから漆器屋になると決まっていた
 
「僕の実家は木曽(長野県塩尻市)の漆器屋さんで、卒業後は就職することが決まっています。保育園のころから自分は漆器屋さんにしかならないと思っていました。『普通に漆器屋になるのも面白くない。好きなことやりなさい』って親には言われたけど、僕は地元が好きだし、漆器が本気で、ガチで好きなんでやりたいし、若い人に広めたい。おじいさんとかしか買わないんですよ。なので、広い世代に地元の名産品の漆器を知ってもらいたい、漆器の魅力を若い人に伝えたいっていうのが一番の思いとしてあります」
 
地元愛に目覚めたきっかけは、幼いころから地元の行事に参加していたことにあるそうだ。そのうちに大事な役を任されるようになり、どんどん心境が変化したという。
 
普段はおとなしい彼だが、地元、特に漆器の話になるとやや興奮気味な口調になった。幼少のころから漆器屋を目指していた彼は、自分の手で木材を加工して漆を塗り、地元の商業祭などの催しで自分の商品を売ることをずっとやってきたそうだ。
 
「自分の手で漆器を造るなんて、なかなか芸術的な……」と言いかけると、食い気味に否定された。
 
「芸術ではないです。漆器は芸術じゃなくて技術なんです。漆器屋さんはアーティストじゃないんで、自分が好きなもんを造るんじゃなくて、人に求められる物を造る職業なんです」
 
 
 
ライトノベル作家にもなりたい
 
漆器屋になることを決めている彼が、なぜ文芸表現学科で学んでいるのだろうか。
 
「僕は音楽とイラスト、小説に興味があってどれが一番やりたいか、好きかと考えたときに小説かなっと思ったのでここに入学しました。親も『漆器と全く関係ないものを学んだ方がいい』って言ってましたし、小説のなかでもライトノベルが好きなんですよ。初めてライトノベルを読んだとき、これだ! っていう衝撃を受けました。ライトノベルを買うのは十代から三十代らしいですし、僕もライトノベルのように若い人に向けて漆器のことを発信していきたいですね。自分の書くライトノベルには必ず、必ず漆器を登場させようと思ってます。若い人に漆器の魅力を伝えるには一番いいと思ってるんで」
 
さらに、小説以外にもやりたいことがあるという。
 
「ライトノベル作家を目指しつつ、ここで勉強したことを活かして地元の雑誌に記事を書きたいです。パンフレットとか。僕は勉強してきたこと全部を地元に還元したいと思ってるんで。地元が好きなんで、PR活動に貢献できたらなって思ってます」
 
漆器屋と作家、将来はどちらを目指すのだろうか。そう聞くと彼はまったく悩む様子もなく即答した。
 
「いや、どっちかじゃなくてどっちも目指します。僕の将来の設計図としては、漆器屋さんをやりながらライトノベルの創作活動をして、地元を発信するライターとして活動するって感じですね。親は朝の九時から深夜の二時までフルタイムで働いてますけど、やっぱり作家と地元のライターもやりたい」
 
漆器屋の仕事がどれほど忙しいかを知りつつも、作家との両立を目指す。話を聞くだけでも大変そうだが、本人は「親がそんなにやってるのは『漆器しかできないから』らしいので大丈夫だと思ってます」と軽い調子で言った。
 
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小林君は普段自分のことをあまり喋らない。仲のいい私でさえ彼が漆器屋になるということを知らなかった。そんな彼が今回のインタビューでは将来のことと地元への愛を熱く語ってくれた。その表情には、地元や漆器に対する愛情がとてもこもっていた。
 
 
hiiro2015年4月25日
インタビュー・文 松本緋彩(文芸表現学科2回生)

 
 
 

この記事は、2年生の「プロフェッショナル研究」の授業課題として書かれたものです。
卒業してからどんな仕事をしたいのか、どんな仕事観を持っているのか、互いにインタビューを行ないました。
ふだんよく話す友人とも、あらたまって将来のことを話す機会は少ないようで、それぞれに刺激となる発見があったようです。

 
 

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2013年10月25日  学生紹介

学生紹介02 佐賀遥菜

 
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入学した当初から、編集に興味を持っていた佐賀遥菜(さが・はるな)さん。1回生のときはあまり編集の授業はありませんでしたが、2回生からは雑誌づくりなど実践的な授業も増え、意欲的に取り組んでいる様子です。最近の大学生活や興味のあることについて話をきいてみました。
 
 
 
 
 
分かってないんやろうな、っていうことはすごく分かった
 
 
――大学に入学して1年ちょっと経ちましたが、考えていることに変化などありましたか。
 
卒業したあとどういう風に働くんだろうか、ということを最近よく考えています。というのも、いまやっているアルバイトがちょっとキツいんですよ。派遣社員という立場で働いているんですけど、コンビニのアルバイトより求められるものも高いし、もちろん社員さんと比べたらぜんぜんなんですが、それでもきついな、と。だから、社会に出て、社員として働くというのは、これ以上にきついんやろうなって思ったんです。
 
もともとこの大学に来たのは、好きなことを仕事にしたいと思ったからで、誰に言われたかは忘れましたが、仕事っていうのはどれもぜんぶきついから、好きなことを仕事にしたほうがその辛さは軽減されると聞いて、ああそうだなと思ったから。だから、最初は単純に本とか、芸術に関係した仕事に就きたいと思ってたんですけど、1年経ったいまでも、編集の仕事ってどういうことか分かっていないし、それで仕事をしたいと言って良いのかなと思うようになりました。仕事選びってそんなに簡単じゃないと思うし。
 
それでも、ここで勉強していることは楽しくって、やっぱりこの大学に来て良かったと思っています。1年経って、自分が分かってないんやろうなっていうことはすごく分かったけど、編集の仕事はいまでも興味があるし、自分に向いてるかもしれないなと感じています。
 
 
 
 
 
SHAKE ART! との出会い
 
 
――佐賀さんは1回生のときからフリーペーパーの編集に参加してましたよね。あれはどういうものだったんでしょうか。
 
shakeart11_300入学してしばらくたった頃、たまたま大学の図書館で『SHAKE ART!』というフリーペーパーを見つけたんです。すごく綺麗な雑誌やなって思ったんですけど、図書館のハンコが押してあったし、1冊しか置いてなかったから持って帰れず・・・。それで、家に帰って調べてみて、Facebookのページに辿りつきました。そのときは「いいね!」って押しただけで終わったんですけどね。
 
それからしばらくして、後藤あゆみさんという方のブログに辿りついたんです。私、ブログを見るのが好きなので、そのときは美大生のブログランキングで上位にいた人のページを見てました。後藤さんは、四条烏丸のLAQUEとか、COCON烏丸で展覧会をしたり、パーティーを開いたり、フリーペーパーを出したりしていて、私のやりたいことをやっている人だ! と感激しました。プロフィールを見たら、京都精華大学の学生で、SHAKE ART! 代表とも書いてあって、ふーん代表かあ、と一回は流したんですけど、すぐにあっ! って気づいて。
 
ちょうどその頃、大学のインタビュープロジェクトというものに参加していたんですが、自分ならデザインをこうしたいとか、インタビュー以外の内容も盛り込みたいだとか、いろいろ欲求不満を抱えていたんです。大学のプロジェクトなので、仕方がないのかもしれないけど、もうちょっと自由にやってみたいなって思っていて。そこで再び出会ったSHAKE ART! のFacebookに「メンバー募集してませんか?」というメールを送りました。すぐ返事がきたんですが、いまはライターが多いのでデザイナーしか募集していませんって断られました。
 
自分は1回生だし、まだ時間があるからいいやって思ったので、「では空きが出るまで待ってます」って返信したら、それならぜひ参加してくださいと返事がきました。あとになって代表の方(後藤さんではなく、そのときは北牧さんという方が代表でした)から聞いたところによると、この子めっちゃガッツあると思われたそうです。「佐賀ちゃんみたいなやる気のある子欲しかってん」と言われて、自分ではそんなにハングリーだったとは思ってなかったけど、まあ一応嬉しかったです。ただ、やる気だけしかないのは恥ずかしいので、もっと頑張らなきゃと思いますけどね(笑)。
 
 
――ライターで参加したということですが、実際どのようなことを担当したの?
 
次号の見開き2ページをぽんと任されて、デザイン担当のポンちゃん(京都精華大学の水澤さん)と二人で、企画を考えるところからスタートしました。芸大生を紹介するページだったんですが、あまり芸大、美大っぽいおしゃれな人を選ぶのはつまらないと思ったので、ちょっとヘンな人、というと怒られそうですが(笑)、先輩の笛田千賀さんに取材をお願いしました。笛田さんが『Nee?』(※)で掲載されていた「プラナリア日記」が好きだったので、そのことも含めて記事にしました。
 
※ 文芸表現学科の授業で企画編集している雑誌。1年かけて企画・取材・執筆・編集・制作をおこなう。
 
 
――SHAKE ART! に参加しているのは、芸大生ばかりでしょうか?
 
基本は関西圏の美大ですね。いまメンバーにいるのは京都造形芸術大学と、京都精華大学、京都市立芸術大学などが中心ですが、京都女子大学や同志社大学、京都産業大学、立命館大学など、専攻や領域が芸術に関わるような人たちもいます。
 
 
――佐賀さんは文芸表現学科の学生だけれど、もともと絵や美術に興味があったのでしょうか?
 
そういうわけではなかったです。ちょっとはあったけど、自分でお金を出して展覧会を見に行くほどではなかったです。この大学に入るまでは、美術館やギャラリーがどこにあるか、どんな展示をやっているか、ということも分かりませんでした。だから、知りたいと思って、芸大を選んだのかもしれません。
 
なので、今はすごく楽しいですよ。しばらくはSHAKE ART! の活動も続けたいです。「継続は力なり」という言葉もあるじゃないですか(笑)。それに、せっかく先輩にガッツのある子だという評価もいただいたので、簡単にやめるのは格好悪いし(笑)。
 
 
 
 
 
SHAKE ART! からつながる縁
 
 
――「ONSA(おんさ)」という展覧会の案内をもらいましたが、あれはどういう活動ですか?
 
130620_01あれもSHAKE ART! から繋がるんです。SHAKE ART! では、ライターだけじゃなくて、広告営業も担当しているんです。いろんなお店を訪ねて、自分たちの活動を説明して、広告を出してもらうんですけど、私けっこう営業好きなんですよ(笑)。
 
それで、京都造形芸術大学の近くにあるblackbird whitebird(※)さんというちいさなギャラリー&カフェに営業に出かけたときに、オーナーのご主人と奥さんがいらっしゃったんですけど、その奥さんが安藤先生(※)とお知り合いで、むかし『ぴあ』で編集をされていた方だったんです。
 
初対面だったんですが、けっこう仲良くお話させてもらって、はじめて担当する企画はどうすればいいかとか、編集者の仕事ってどういうものなのかとか、『SHAKE ART!』っていうフリーペーパーはどう思うかなんて、まるで私の相談みたいになっちゃって。けっこうあつかましかったと思います(笑)。
 
展示も頻繁に更新されるし、雑貨なんかも売っているお店なので、フリーペーパーの補充のためなどで、ちょくちょく訪れるようになったんです。フライヤーもたくさん置いてあって、あ、私気になるフライヤーとかがあると集めて家に帰ってからじーっと見て、行く展覧会と行かない展覧会に分けるんですけど、そのなかにONSAのハガキがあったんですね。センスのいい感じのハガキで、いいなーいつやるんだろう、と裏を見たら、展示の情報はなくて展示作品の募集締切だけが書いてあったんです。この展覧会はいつやるんだと思ってHPを調べても、やっぱり募集の情報しか出ていない。でも募集部門に「言葉」ってあったんですよ。言葉ってどう展示するねん、ともやもやして見てたら、昨年のアーカイブページがあったんですね。なんかよく分からないけれど、最終的に本にまとめてくれるらしいということは分かりました。
 
気がつけば私も作品を出すことになって(笑)、大阪のブックロールというところで言葉の展示をやることになりました。簡単なエッセイをアレンジして、響きをテーマにしたんです。原稿だけを送って、本はあちらで作ってくれるそうなので、どういうものになるかは私も分かりません。だから楽しみなんですけど。
 
 
blackbird whitebird
左京区一乗寺にあるギャラリー&カフェ、アートショップ。
http://blackbird-whitebird.com/index.html
 
安藤善隆さん
元『ぴあ関西版』の編集長、現在はクリエテ関西で『あまから手帖』を担当。
2011年より文芸表現学科で編集論の講義を受け持つ。

 
 
 
 
 
やっぱり編集の仕事がしたい
 
 
――最後に、将来の抱負などありますか
 
最初に働くことについて悩んでるって言ったんですけど、あらためて編集の仕事をしたいなあと思ってます。せっかく芸大に入ったし、SHAKE ART! での経験も活かして、できれば美術系の編集の仕事に就ければいいな、と。
 
saga_02
 
 
――そうですね。ここは文芸表現学科だけど、外の人から見たら、芸術大学卒業というひとくくりになっちゃうわけです。当然美術についてはひと通り知っていると思われるから、いま持っている興味を大切に、頑張ってくださいね。
 
 
 
 
(2013年7月4日取材 聞き手・たけうち)
 
 
 


 
現在配布中の『SHAKE ART!』最新号。
表紙は、この春に京都造形芸術大学大学院を終了された、古田千咲さんの作品です。
私も、古田さんの作品は大好きです。
 
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京都精華大学/京都市立芸術大学/同志社大学(新町キャンパス)/立命館大学(清心館ラウンジ)
Chika/恵文社一乗寺店/イムラアートギャラリー京都/京都アートスクール/ガケ書房/京都文化博物館/*字路雑貨店/Idola/つくるビル/cafe&gallery etw
などで入手可能ですので、ぜひ手にとってください。
 
SHAKE ART! HP → http://shakeart.jp/shakeart/
 
 
 

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2013年10月19日  学生紹介

「進々堂百年史」編集部座談会4 カタチのあるものをつくる

 
無事に社史を納品して、
今回のプロジェクトを通して感じたこと、
などをさいごに振り返ってもらいました。
 
(前回の座談会はこちらよりご覧いただけます)

 
 
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takeuchi  
- 終わってみての感想はいかがですか
   
   
adachi このゼミにはいって、このプロジェクトに関われたことは良かったです。
新元ゼミを選んだのも、やることが具体的だったし、
本ができるって決まっているのが魅力的でした。
 
ゼミに入って、何をしていいか分からなくなるよりは、気持ち的にも楽だったし。
 
それに、企業の人と関われるっていうのが大きかったです。
ふつうの企業の人がどんな人か知りたかった、というのもありました。
実践的なことをやりたいという気持ちはずっとあって、
1~2回生で『瓜生通信』編集部に入って編集やライターの仕事をしてきましたが、
あくまでも大学の人たちを対象としているので、
つぎに何かやるんだったら広い範囲の人を対象に読んでもらいたいという思いがあったので。
 
それと、浪花さんも言っていたけれど、
続木家の皆さんと関われたことは、とても面白かったです。
キリスト教ということが。
 
「パンと人に奉仕する」という言葉が社史のタイトルに入っているというのが、
他の社史では見られないことだと思います。
ぴっと締まる。
   
   
takeuchi  
- 他の二人はどうしてこのゼミ(進々堂プロジェクト)を選んだの?
   
   
shimada 僕も同じで、自分で何も考えなくて良いから(笑)。
小説は書こうと思わないから、それ以外のゼミで、
と思って選びました。
   
   
naniwa 私はなんとなく相性で選ぼうと思っていて、
新元先生だったら、いちばんかわいがってもらえそうかなって(笑)。
 
あと、私はたぶん卒業制作で研究をやろうと思っていたので、
それはべつに3回生でやらなくても良いかと思ったのと、
やっぱりなんかカタチにならないとしっくりこない、
というのが3年間通してずっとある。
 
1回生の頃は、小説や百讀の課題をデータでやりとりしていただけだけど、
2回生になって『瓜生通信』を始めて、
書いたものが本とかカタチになるんだなということが分かって、
じゃあそっちのほうが良いなあと。
 
あとの2年間カタチのないものを追いかけるよりは、
やっぱりつくりたいなあって。
   
   
adachi 浪花さんとも話してたんですけど、
書いたものをワードの状態で置いておくって良くないなあって。
つまり、いつでも編集できる状態。
 
そうじゃなくて、印刷して出して、
それをもう直せない状態にしないと、
結局次に行けないって思う。
   
   
takeuchi  
- 社史が無事カタチになって、周囲の人の反応はどうですか?
   
   
adachi やっぱり社長の奥さんに言われたことがいちばん嬉しかったです。
100周年のパーティーの会場で、涙ぐみながら、
ありがとう〜ってハグしてもらいました。
 
そのあと「単なる資料として終わらずに、
この社史は読み物として読めるって評判です」
ってメールもくださいました。
嬉しかったです。
   
   
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(2013年6月末収録)
 
 

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2013年10月18日  学生紹介

「進々堂百年史」編集部座談会3 足立と浪花と島田

 
社史の構成がきまり、そこからは時間に追われながらの執筆作業、編集作業が始まります。
毎日朝から晩まで、進々堂の資料室へ通っていた3人の
チームワークについて話をききました。
 
(前回の座談会はこちらよりご覧いただけます)

 
 
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takeuchi  
- 途中から足立さんがリーダーになりましたが、それぞれの役割は?
   
   
naniwa 夏にある人から
「私が動かんと二人が動かん」みたいなことを
足立さんが言ってるって聞いて、
まあ爆笑しました。
 
その通りだと思って(笑)。
 
足立さんにはとても申し訳ないことをしたなあと思うくらい、
細かいことをやってもらったと感謝しています。
   
   
shimada  
なんやろう。うふふふふ。
すごい助けてもらいました。ふふ。
   
   
adachi 年末頃に、新元先生と村松先生から電話があって、
今回の社史のリーダーシップを、
全体の企画を任せますって言われたときは、
無理やって思いました。
 
結局のところうまく出来なくて、
報告はできるけど、編集長みたいになって
引っ張っていくっていうのは無理で、
浪花さんが全体の進捗リストを出してくれるまでは、
ずっとなんとなくで進んでないっていう状況でしたね。
 
島田くんも後半活躍してくれたし。
写真撮影のアシスタントや、
社長や社員の方への連絡はとても丁寧で
信頼もされていたので、
安心して任せることができました。
   
   
naniwa 島田くんは最初から受けてたよね。
大人たちに。
 
バイトを活かしてゴルフの話もできるし、
うまく場の空気を暖めてくれて。
   
   
adachi 終わってみたらそうでもないけど、
やっぱり大変だったというかんじはすごくありました。
でも、浪花さんはそうじゃなかったみたいで。
 
時間がなくなって、もう納期に間に合わないんじゃないか、
っていう瀬戸際で、一人平気な顔をしているというか、
妙に肝の据わった感じがあって。
 
あれがすごくよかったなと思う。
   
   
naniwa 社史が始まったときに、
『瓜生通信』の特集企画も担当してたんですよ(※2)
一人で取材をバタバタやって、
あちこちに連絡取ったりしてたほうがしんどかった
という記憶があって、
だから社史はしんどくねえ、みたいな。
ふふふ。
   
   
  tuzuku

 
 
※2 京都造形芸術大学大学広報誌『瓜生通信』は、広報課スタッフとともに学生たちも企画・取材・執筆・編集に参加してつくられている。
 
 
 
 

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2013年10月17日  学生紹介

「進々堂百年史」編集部座談会2 斉・ハナ・満那の人物伝ができるまで

 
続木社長から、「これだけだと優等生的だね・・・」といわれた、企業史だけの企画書。
編集部の学生たちは、読みごたえのある社史にするため、
新たな企画に取り組みました。
 
(前回の座談会はこちらよりご覧いただけます)

 
 

 
 
 
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adachi  
あの資料はいつ頃出てきたんやったっけ?
   
   
naniwa  
イワオさんのやつ? あれも夏かな。
   
   
adachi 何回も社長や会社の人たちに会っていると、
どんどんいろいろな資料が出てくるんですよ(笑)。
 
安達巌さんっていうパン研究家の人がいて、
その人が進々堂の創業者夫妻である斉とハナについての
人物伝みたいなものを出版しようとしていたらしく、
その未完資料が出て来たんです。
 
会社の人から「こんなんあるで」って渡されて。
内容的にちょっと出版できないって当時の社長さんが判断しはったみたいですけど、
それが大きな骨組みになって、今回の人物伝が出来上がりました。
 
なので、社史のいちばん最後に安達巌さんの名前も入ってます。
   
   
naniwa うん。それで、企業史と人物伝と、っていう
いまの構成を考えたのが秋くらいだよね。
人物伝は、斉とハナだけで書こうとしたら、
「ここに満那が欲しいね」って社長に言われて。
   
   
adachi 斉は島田くん、ハナは私、満那が浪花さん、
という風に執筆をすすめたんですけど、
なんか要領得てなかったよね。
 
企業史も含めて分割してやってたんですけど、
なんとなくバラバラに書いていたし。
   
   
takeuchi  
- 浪花さんはかなり苦労していたように見えましたが(笑)。
   
   
naniwa ははは(笑)。
苦労したっていうか、良いこともいっぱいあったんですけどね。
 
斉、ハナという創業者夫妻は、安達巌が書いたものがあって、
それをベースに編集して書き直すことができたけど、
満那の場合その物語がなくて、満那が書き残した言葉だけがぽーんとある。
 
そこからその人の人物像を浮き出さなきゃいけない、
というのが難しかったといえば難しかったです。
 
それに、最初の頃は、社長も満那さんの部分にはあまり関わらない感じだったので。
   
   
takeuchi  
- 満那さんは、社長のお父さん?
   
   
naniwa そうです。
でも、「僕はあんまり思い出がなくて・・・」
というようなことをずっと言われていて、
社長からはあまり話を聞けなかったんですが、
書くしかないから書いてました。
 
それに、私はすごく満那さんが好きだったし。
   
   
takeuchi  
- 好きというのは、どういうこと?
   
   
naniwa なんだろう、面白いんです(笑)。
 
というのも、あのご一家はキリスト教徒で、
その信仰心がすごいんですよ。
 
社長のお母さんやおばさんに会うと、
キリスト教がいかにいいか、
みたいな話ばかりしてくれて。
 
満那さんもそういう信仰心のとても篤い方なので、
だからなんだろう、私にはそういう宗教に対する思いとかがないから、
神様みたいに感じるというか。
 
そういう信仰心のあらわれた言葉とかが残ってるのも面白かったし、
そういうことを書きたいなと思ってました。
 
でも、私が感じていた満那さん像と、
社長が思っているものは違ったみたいで、
それはやはり、自分の父親に対する思いがだんだんこみ上げてきたんだなとも思うし、
他人には書かれたくないという気持ちもあったのかもしれませんが、
最終的には社長にずいぶん原稿を書いてもらって、
社長のお兄さんにも確認してもらって、
お母さんにも見てもらって、
社員さんとかむかしの社員さんとかにも話を聞いてと・・・
   
   
adachi つまり、ほぼ社長が書き直したということです(笑)。
 
浪花さんも夜中まで書き直して、
新元先生にも原稿を見てもらって、
それで社長に見せたら、
「やっぱこれじゃね・・・」って(笑)。
   
   
naniwa うん。満那さんの部分については、一回も納得してもらえなかったなあ。
生きてた頃を知ってる人がまだ大勢いるっていうのも大きかったと思う。
斉やハナとはちがって。
   
   
  tuzuku

 
 
 
 
 

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