通信教育部

2013年3月

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2013年3月29日  イベント

デザイン科Web卒展のご案内

皆さま、おはようございます。
中西です。

 

いよいよ3月もあと2日。
4月1日から、新年度が始まりますね。

 

 

新年度が始まったら、新しい仲間が増えたり、
新しい仕事が始まったりと、気持ちも引き締まります。

 

 

ぜひ、この機会をプラスに捉えて、
新しいことに挑戦をしていきたいものです。

 

さて、本日は本学 通信教育部の中で、

 

 ・情報デザインコース
 ・建築デザインコース
 ・ランドスケープデザインコース
 ・空間演出デザインコース

 

のいずれかのコースをご検討中の方へのご案内です!!

 

 

通信教育でどれくらいのレベルまでチカラをつけることができるんだろう?

 

どんなものが作れるのかな?

 

という疑問や不安でなかなか決めかねているという方。

 

 

また、出願は済んだけれども学生の作品を見てみたいなぁという皆さま。

 

デザイン科では、Web卒展といって、卒業制作の作品をWeb上でご紹介しています。

 

数年後の自分も、こんなものが作れるようになっているのかなぁ~と、
ご自身に重ね合わせてご覧頂けると幸いです。

 

 

2012年度 デザイン科 Web卒展は→こちら。

 

 

この展示は7月1日までご覧いただくことが可能です。

 

 

ぜひ、お時間ある時にじっくりとご覧ください。

 

 

 

投稿者:入学課 中西

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2013年3月28日  授業風景

ちょっと、写真について考えてみましょう。残る写真とは。

写真は未来永劫、ずっと残るものと思っていませんか?

それは正しくないかもしれません。

 

人は生まれると、たくさん写真を撮りますよね。

記念写真として、写真館やスタジオでも人生の節目に撮影します。

 

皆さんも自分の写真をたくさん持っていると思います。

誕生の時、お宮参り、七五三、小学校入学、卒業式、結婚式など。

そして最後のときには遺影という形の写真で人生を終えます。

 

人は一生、写真と関わっています。

それらは大切な写真です。

撮影するときは、ずっと残すために写しています。

永久に残ると思いがちです。

 

でも、それは分かりません。 

 

なぜなら写真は発明されてから170年ほどしかたっていないからです。

それより古い写真はありません。

 

つまり、それ以上残るかは実証されていませんので、

よく100年とか200年プリントといわれるものもあくまで予測でしかありません。

 

 

 

 

 

写真は残る必要があるのか?賞味期限は。

数年前に私の実家で、明治28年と裏書きされた写真が見つかりました。

 

当時の人たちが数人、白い背景で写った集合写真です。

 

中心に写っている女性は、私の祖母に似ているような気がします。

曾祖母でしょうか?

しかし定かではありません。

 

明治36年生まれの祖母は2002年に99才で亡くなりました。

当時のことを知る親類も、もういません。

 

昭和2年生まれの母も、この写真の由来はもちろんのこと、

写っている人が誰なのか分からないそうです。

 

写っている人が誰なのか分からない。

何のために写されたのか分からない。

古い写真とはいえ、歴史的に重要なものではない。

 

この写真は、もう写真としての意味がないものになっています。

 

明治28年は西暦1895年(19世紀!)117年前です。

 

写っているものに意味のある写真は、

100年ほどの寿命があれば十分なのかも知れません。

 

 

では、残る写真はどのようなものでしょうか。

 

それは、写した人の気持ちや考えが表された写真だと思います。

 

 

 

写真はもっとアートになる。もっと面白くなる。

 

デジタル写真が主になった今、

巷の写真教室では初心者向けの入門クラスには人が集まらないそうです。

 

反面、中級クラスに人が殺到しているそうです。

 

デジタルカメラのおかげで、失敗なく写すことができます。

“ちゃんと”写っているから自分は初心者ではないと世の中の人は考えるようです。

 

 

でも写真を写すことはカメラを操作することではないはずです。 

 

 

写真は見ること、考えること、表すこと、伝えることそれらが一体となった行為です。

 

写真は報道や記録やコミュニケーションなどいろいろな役割を担っているので、

見落としがちですが、

 

まぎれもなくアートであり、表現です。

 

 

かつて写真が発明されたことで、

絵画が複写という実用的な役割から解放されて、

芸術としてより発展を遂げたように、

 

写真がデジタルになったことで、

“正確に複写する”役割は“デジタルカメラ”が担うようになりました。

 

 

我々は同じカメラを持ってよりアートへ、表現へと専念できます。

 

それこそが残る写真です。

 

 

写真は間違いなく、これから更にアートとして発展します。

 

 

写真は今までも面白かったけど、これからもっと面白くなります。

 

 

(写真コース 教員 田中 仁)

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2013年3月28日  学生紹介

【学生の活躍】ランドスケープデザイン

皆さま、こんにちは。
中西です。

 

 

さて、本日は、先日新聞やインターネットのニュースで紹介された、
本学卒業生の活躍をご紹介します。

 

 

先日、朝日新聞(関西版/夕刊)の響(ひびき)紀行というコラムに、
「手ぼうき」の音を主題とした記事が掲載されました。

 

 

題して「ホーキing 庭を語る」。

 

手ぼうきは京の庭師の必需品。
苔庭を掃く庭師の技をサウンドスケープの切口から捉えています。

 

 

アイデア出しから庭園選定や庭師の皆さんとのセッティングなどは、
本学ランドスケープデザインコース教員の曽和先生がコーディネートをつとめられました。

 

 

登場する庭師は、全員、ランドスケープデザインコースの卒業生です。

 

学ばれたことをいかし、このように各方面で活躍している卒業生が多くいます。

 

 

そして、庭の音デザインに関する曽和先生のコメントも掲載されています。

 

デジタル版→
http://www.asahi.com/culture/articles/OSK201302220051.html

 

 

まだ動画の配信が不安定ですが、朝日新聞ですのですぐに改善されると思います。
手ぼうきの音も聞けるはずです。
ぜひ、ご高覧ください。

 

 

 

下記、研究室ホームページからもご覧いただけます。
http://land-lab.jimdo.com/2013/02/23/%E6%8E%B2%E8%BC%89%E6%83%85%E5%A0%B1-%E6%9C%9D%E6%97%A5%E6%96%B0%E8%81%9E-%E9%9F%BF-%E3%81%B2%E3%81%B3%E3%81%8D-%E7%B4%80%E8%A1%8C%E3%81%AB%E6%8E%B2%E8%BC%89%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F/

 

 


ぜひ、ご覧ください!!

 

 

 

投稿者:入学課 中西

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2013年3月27日  ニュース

お問い合わせは、まだまだ受付中!

皆さま、こんにちは。
中西です。

 

 

皆さまのお住まいの地域は、さくらはもう咲いていますか?

 

京都市内もようやく咲き始め、3~5分咲きといった感じでしょうか。

 

今週末あたりが見頃になりそうとの予報なので、お天気がよければ、
散歩がてらにお花見をしようかと考えております。

 

 

四季折々、違った楽しみ方ができるので、
しっかりとその時その時の季節を楽しみたいと思います。

 

 

 

さて、先日のブログでもご紹介いたしましたとおり、
先日3月24日の東京での説明会をもって、
2013年度入学に関する入学説明会は全て終了いたしました。

 

ご来場頂いた皆さま、誠にありがとうございました。

お気軽にお問い合わせください!

説明会は終了いたしましたが、

出願は4月15日(※消印有効)まで受け付けておりますので、

 

資料をご覧いただく中でご不明な点等ございましたら、
ぜひお気軽にお問い合わせください。

 

 

お問い合わせ先は→こちら。

 

 

 

投稿者:入学課 中西

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2013年3月25日  授業風景

古典はツンデレ

「ぱっと見てわかる」は素晴らしいことか?

 

人形浄瑠璃・文楽が根強い人気を集めています。

 

特に発祥の地である大阪ではあまり振るわないのに対して(例の市政改革の槍玉にもあがっています)、

東京での人気は大したもの。

 

 

この落差はよく観客の気風の違いで説明されます。

 

 

すなわち大阪の観客は「ぱっと見てわからんもんは見てもしゃあない」と敬遠するのに、

東京の観客は「なんとかわかるようになりたい」と勉強したがるからだそうです。

 

 

なるほど、東京の客席では床本(浄瑠璃の詞章を書いた本)を膝の上に広げて首っ引き、

 

中には参考書持参の方もたくさんいらっしゃいます。

 

 

 

「文楽は庶民の芸能である、ぱっと見ておもしろければそれでいいのだ」

 

という考え方もありますが、なにしろ江戸時代の人々が作り上げたものです。

 

 

ぱっと見てわかればそれに越したことはありませんが、なかなかそうもいきません。

 

登場人物の喋る言葉から、彼らを取り巻くお金、ファッション、商売、生活習慣、法律、身分制度などなど、

 

知っていると知らないとでは舞台を楽しむ深さが段違いに変わってきます。

 

 

 

 

 

 

古典を味わい尽くそう

 

例えば近松門左衛門の『冥途の飛脚』という浄瑠璃では、

 

飛脚屋の忠兵衛が武家屋敷に三百両を届けに行く途中、

 

ふと魔がさして遊女梅川のもとへ足を向けます。

 

 

 

「ムム我知らずここまで来たは、梅川が用あつて氏神のお誘ひ。

 

ちよつと寄つて顔見てからと、立返つては。

 

いや大事。この銀持つては使ひたからふ。おいてくれふか。行つてのけふか。行きもせいと。

 

一度は思案、二度は無思案、三度飛脚。戻れば合はせて六道の、冥途の飛脚と」

 

 

三度飛脚とは大阪と江戸の間を月に三度往復した飛脚で「三度笠」の語源ですが、

 

ここでは言葉の縁で飛び出したまでで、深い意味はありません。

 

 

 

一二三を足すと六、そこで六道=死後の世界という言葉が飛び出して、

 

忠兵衛の一瞬の気の迷いが悲惨な死を招くことを暗示します。

 

 

そして忠兵衛の懐にある三百両とは果たして今の何万円ぐらいでしょうか?

 

借金のことから友達に満座の中で恥をかかされ、

 

男の意地から三百両の封じ目を破ってしまった忠兵衛。

 

 

 

公金横領は死刑ですから、生きられるだけは二人で生きようと、

 

忠兵衛はその金で梅川を身請けして逃亡します。

 

 

 

「昨日のままの鬢つきや、髪の髷目(わげめ)のほつれたを、

 

わげて進じよと櫛を取り、手さへ涙に凍ゑつき、冷えたる足を太股に、

 

相合炬燵、相輿(あいごし)の、駕籠の息杖生きてまだ、続く命が不思議ぞと、

 

二人が涙、河堀口(こぼれぐち)」

 

 

 

河堀口は大阪に駅名として現存する地名ですが、

 

言うまでもなく「涙がこぼれる」との掛詞。

 

 

さて追われる身となった二人の表情、しぐさ、置かれた状況を思い浮かべることができるでしょうか。

 

浄瑠璃は、テンポのいい七五調の中に縁語や掛詞を盛り込んだ、

 

非常に様式的な文体のパターンをもっています。

 

 

なんとなく聴いているだけでもある程度意味はわかるものですが、

 

改めて床本や注釈書を読むと、

 

自分が気づかなかった意味、思っていた以上の意味があることに驚きます。

 

 

「ぱっと見ておもしろい」で満足しては、あまりにもったいないというものです。

 

 

 

 

 

古典はツンデレ

およそ「古典」と名のつくものはすべてそうです。

 

「あらまほし」だの「うひかうぶり」だの、

 

古語を一切知らずに『源氏物語』を読もうとしても、それは無謀なことです。

 

 

さらに平安時代の建築・調度や衣服を視覚的にイメージできれば、

 

紫上や薫の言葉や動きをより鮮明に思い描くことができます。

 

 

なにしろ古典はエラそうなものです。

 

こちらから辞を低うして接近していかない限り、

 

黙って向こうから歩み寄って来てくれることは決してありません。

 

 

しかしこちらが勉強すればするほど、

 

際限のないその深みへ惜しげもなく招き入れてくれます。

 

 

ある意味ツンデレといっていいかもしれません。

 

そうやって時間をかけて理解し、

 

何百年前に確かに生きていた人間と思考や感情のサイクルがばっちりと一致した瞬間。

 

 

 

これこそ古典に触れることの醍醐味といえるでしょう。

 

 

 

 

(和の伝統文化コース 教員  矢内 賢二)

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