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2017年9月14日  学生紹介

【芸術学コース】卒業生便り:『地域学』を生きる

今回、芸術学コースからは卒業生から届いたお便りを紹介します。

 

2016年度に芸術学コースを卒業された須田雅子さんに、在学中の思い出や学習の様子と、卒業論文で取り組んだテーマ「苧麻(ちょま)」の学びを深めるために移住した福島県奥会津昭和村での近況についてお話いただきました。

 

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『地域学』を生きる

 芸術学コース 2016年度卒業

 須田雅子

 

 京都造形芸術大学で8年間学び、様々な出会いを経て、私は今、奥会津の小さな村に暮らしています。東京で会社勤めをしていた私が、なぜ、そういうことになったのか。この大学での私の経験を紹介します。

 

 私が芸術学コースに入学したのは2009年、41歳のときのことです。東京で会社勤めを続ける日々、だんだん鬱々として元気がなくなってきていたので、「自分が純粋に興味を持っていることを追求してみたい」と思って始めました。独身で好きなように時間を使えたので、いきづまりを感じる日常をなんとかして変えたかったのです。背中を押してくれたのは、「ふと惹かれるものがあったら、計画性を考えないで、パッと、何でもいいから、そのときやりたいことに手を出してみるといい。不思議なもので、自分が求めているときには、それにこたえてくれるものが自然にわかるものだ」という岡本太郎の言葉でした。(岡本太郎著『強く生きる言葉』イースト・プレス 2008年第25刷 P.12)

 

 いざ学習を始めてみたら、最初のテキスト科目のレポートで出鼻をくじかれました。評価が低く、再提出を求められ、どう書いたらいいのか分からず苦しみました。テキスト科目への苦手意識はこのときに生じたようです。
 その代わり、試験もなく、日常生活からの気分転換にもなるスクーリング科目は、着々と進められました。「芸術学」というと、美術史や美学などがまず思い浮かびますが、私が最も惹かれたのは「地域学」でした。東日本大震災のあった2011年の夏に花巻で受けた宮沢賢治に関する授業には、遠足のような楽しさがありました。総合科目だったため、タイプの違う他のコースの人たちとも交流でき、熱意ある現地の先生方の講義も大変興味深いものでした。宮沢賢治記念館の牛崎俊哉副館長が賢治の童話を地元のことばで演じてくださったときには、室内にいながらにして、野山に吹き渡る風を感じられたような気がしました。この授業を担当された中路正恒先生(現在は退職されて名誉教授)のスクーリング科目は、その後も、飛騨、津軽ととっていきました。津軽ではお山参詣という地元の祭りに参加し、夜中に岩木山に登頂し、囃子の鳴り響く中、ご来光を拝むという素晴らしい経験をしました。

 

津軽お山参詣

津軽お山参詣

 

 この中路先生とは、2011年から毎年お月見会をやるようになりました。在校生、卒業生の有志が集い、先生が「今年はここ!」という所に出かけて、中秋の名月を愛でるのです。最初の年は、芭蕉にゆかりのある東京深川で、二年目はアイヌの聖地二風谷、その後、伊豆大島、久高島、飛騨高山、三輪山を訪れ、各地の独特な風土や文化に触れました。
 芸術という同じものに心惹かれているからでしょう。通信大学では、世代も背景もまったく違いながら妙に気の合う人たちと出会えます。しかも、みなさん、学びへの意欲が非常に高いのです。
 そのような楽しい活動が生活に張りを与えるようになった一方で、テキスト科目が一向に進まないことには常に悩まされていました。会社の仕事で疲れて家に帰り、本を読もうとしても睡眠導入剤にしかなりません。必死で目を開けて文字を追おうとしても気がつくとその姿勢のまま寝ていて、何度も同じ箇所を行き来した挙句に何も頭に入っていないことなどしょっちゅうでした。本がバサッと顔に落ちてきたこともありました。もともと目標もなく漠然と始めたものですから、6年目にもなると、「私は通信大学には向いていない」「卒業などできそうにない」と途方にくれていました。結婚もしていない、会社生活もつらい、大学の勉強も進まない―ないない尽くしのダメな自分に向き合うばかりの毎日……。

 

 2014年、沖縄で「神の島」と呼ばれる久高島でお月見をしていたときも、「須田さんはどうもスッキリしないようだねえ」と中路先生に言われ、我が身の不甲斐なさに情けなくなっていた私は、腕にしていたパワーストーンのブレスレットを名月に掲げて、「私をなんとかしてください!」と強くお願いしました。

久高島でお月見。左から筆者、沖縄民俗研究の田場由美雄先生、中路正恒先生、染織コースの林和子さん、染色作家の平井真人先生。

久高島でお月見。左から筆者、沖縄民俗研究の田場由美雄先生、中路正恒先生、染織コースの林和子さん、染色作家の平井真人先生。

 

 すると久高島はさすがに「神の島」だけあって、私の願いは月にしっかりと受け止められたようなのです。お月見会の翌日、なにかが大きく動き始めます。仲間と訪れた那覇の伝統工芸館で私は沖縄の染織工芸の素晴らしさにまず驚かされます。そしてその後、行った那覇三越では、染織コースの友人の林さんが、スクーリングで訪れたというオーシッタイの「やまあい工房」の展示会がありました。林さんは藍染め作家の上山弘子先生を見つけると大感激し、藍染めをしていたときに歌っていた歌を聴かせてほしいと先生にせがみました。上山先生は沖縄民謡の「てぃんさぐぬ花」を歌って、その意味を話して聞かせてくれました。上山先生は私に沖縄の心を教えてくれました。先生の工房を訪れる授業を翌年とろうと楽しみにしていたのですが、その数か月後に上山先生が亡くなられたことは非常に残念でした。

 

 久高島ではもうひとつ印象に残る出来事がありました。芸術学コースの卒業生に活を入れられたのです。ふたりの大先輩に「須田さんを卒業させないわけにはいかない!」とタッグを組んで励まされたからには頑張らないわけにはいきません。「レポートを書くのに完璧を求めてはダメ」と熱心に説かれ、久高島から帰ると、今度こそ本気でテキスト科目の単位取得に向けて取り組み始めました。

卒業を励ましてくれた先輩と。左から筆者、内山章子さん、伊与田すみさん。内山さんは76歳で大学に入学し、83歳で卒業した。

卒業を励ましてくれた先輩と。左から筆者、内山章子さん、伊与田すみさん。内山さんは76歳で大学に入学し、83歳で卒業した。

 久高島のお月見会には染色作家の平井真人先生も参加されていたので、私も沖縄の染織に興味がわいてきたこともあり、平井先生の八重山のスクーリング「地域芸術学フィールドワーク」に参加することにしました。そこで出会ったのが八重山上布です。苧麻(ちょま)という聞き慣れない草を原料とする織物なのですが、私は同じ草を原料とする織物を2008年に福島県の奥会津昭和村で目にしていたのです。昭和村ではその草は「からむし」と呼ばれていました。東北の山奥と沖縄の離島に苧麻の文化が色濃く残っているという事実に「これは!」と思いました。私は岡本太郎の文化論が好きでよく読んでいたのですが、彼は東北と沖縄に縄文的なものが残っているとよく語っているのです。苧麻文化を残す地域の人たちのことを知りたい。そしてそれを卒業論文のテーマにしたいと思うようになりました。

 

 2015年5月、苧麻の糸作り体験をしに昭和村に出かけたところ、村の人たちやその暮らしぶりに心を鷲掴みにされてしまいました。「ここに住みたい!」という思いが内側から湧き出てきて、もはや抑えることなどできないのです。2か月後、私は会社を辞め、福島県の補助金を得て空き家を改修し、同年9月に移住を成し遂げます。昭和村に暮らしながらフィールドワークをしたいと強く思ったのには、芸術学コース主任の梅原賢一郎先生の身体論(または感覚論)に刺激を受けていたことも大きく影響しています。

 

奥会津昭和村でからむし(苧麻)の糸作り体験。

奥会津昭和村でからむし(苧麻)の糸作り体験。

 

 折よく梅原先生の提唱で、2015年度から卒業論文をエッセイ(試論)で書いてもいいということになりました。私は昭和村をベースに、沖縄の宮古・八重山の島々にも足を伸ばして、苧麻の手仕事に携わる人たちや現地の研究者の方々に話を聞いて歩き、『苧麻をめぐる物語―奥会津昭和村と宮古・八重山の暮らしと文化-』というエッセイ(試論)を書いて、2017年3月にようやく卒業を果たしました。

 

晴れて卒業

晴れて卒業


卒論をご指導いただいた梅原賢一郎先生から卒業証書を授与される。

卒論をご指導いただいた梅原賢一郎先生から卒業証書を授与される。

 

 この卒業研究の成果について、昭和村では教育委員会主催の『昭和学』講座に講師として招かれて発表し、村内外の方々に聴講していただきました。村で勉強会をよく催しているカフェや、『会津学研究会』でも発表の機会を得ました。今後は、フィールドワークでお世話になった宮古・八重山の島々でも発表の機会を設けていきたいと思っています。

 

『昭和学講座』にて発表

『昭和学』講座にて発表

 

『会津学研究会』にて発表

『会津学研究会』にて発表

 

 卒業研究については、『福島民報』でも紹介していただくことができました。

 

 卒業研究を通して、新興住宅地で育った私は、風土とのつながりが圧倒的に欠けていたことを実感しました。今は、風土欠乏症を解消すべく、日本の原風景の残る昭和村で、節に沿って生きる村の人たちにいろいろと教わりながら暮らしています。

 

昭和村、田植えの頃の風景

昭和村、田植えの頃の風景


昭和村、稲刈り間近の風景

昭和村、稲刈り間近の風景

 

 昭和村では、グローバル化や大量生産の波が押し寄せる前の自給自足の暮らしを実体験として持つ80代、90代の方々から少しでも多く話を聞いておきたいと思っています。また、苧麻文化を残す様々な地域を訪れてフィールドワークを続けたいです。その経験から自分が何を学ぶのか、自分の身体や考え方、価値観がどのように変容していくのかを見つめながら、できればそれを本にまとめたいと思っています。
 会津というところは学ぶ機会に事欠かないとても興味深い土地です。私が暮らす昭和村はコンビニもなければ、一日にバスが3本しか通らない山奥の村ですが、面白いことに、学問や芸術にかかわる人たちが後を絶ちません。私は近所のカフェでの勉強会に参加したとき、偶然にも京都造形芸術大学で「世界単位を考える」を教える先生方と会いましたし、からむし工芸博物館では、考古学を教える先生にもお会いしました。昭和村はただの田舎ではないと感じます。

 

「世界単位論」を教える総合地球環境学研究所の阿部健一先生(左)と嶋田奈穂子先生(右)。中央は筆者。昭和村の勉強会で偶然お会いした。

「世界単位を考える」を教える総合地球環境学研究所の阿部健一先生(左)と嶋田奈穂子先生(右)。中央は筆者。昭和村の勉強会で偶然お会いした。

 この二、三年で私の生活はガラリと変わりました。見えない苧麻の糸に導かれ、染織という伝統文化の背景にある地域の暮らしや、そこに生きる人たちの魅力を知るようになりました。計画性もなにもなく、ふと惹かれて始めた大学での学びが、人生を大きく変える面白い展開をもたらしてくれました。学問の探求が面白くてたまらなさそうな個性的で人間味のある先生方や、年齢に関係なく新たなことに次々と挑戦して溌溂としている友人たちに刺激を受けながら、私も直感の赴くままに興味のあることを追求していきたいと思っています。

 

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京都造形芸術大学通信教育部 芸術学研究室が運営しているツイッターもぜひご覧ください。

芸術学コースのつぶやき@geigaku4

 

芸術学コースコースサイト Lo Gai Saber|愉快な知識

 

芸術学コース |学科・コース紹介

 

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■芸術学コース主催イベント「第一回 芸術をめぐる(おいしい)お話の会」のご案内
芸術学コースでは、梅原賢一郎先生が主催する勉強会を今年度より始めます。
毎回、ゲストスピーカーをお招きし、芸術をめぐる(おいしい)お話をしていただきます。
梅原先生曰く「(おいしい)とは(おもしろい)ということでもあり、拝聴するだけで、芸術が好きになり、感覚が豊かになること必至のお話です(そうなることを望んでいます)。(おいしい)ということにちなんで、参加者は、となりどうしが交換できるほどの粗菓などを用意していただくと幸いです(もちろん手ぶらでも大歓迎です)。会の終了後は、親睦の宴席を予定しています。」とのことです。
事前申込不要、参加無料でどなたでもご参加いただけます。皆さまのご参加をお待ちしています!

 

日時:2017年10月7日(土)14:00~17:00
場所:京都造形芸術大学瓜生山キャンパス(教室は当日掲示)
内容:1、「感覚の豊かさとはなにか(おいしいお話①)」(梅原賢一郎)
   2、「「観る」ものと「観られる」もの(おいしいお話②)」(松原哲哉:常盤大学)
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