I HAVE NO SENSE

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VOL.9

好きなもの

僕は、地元が北海道です。普通科出身で、絵も描けなければ、デザインの勉強も一切したことがありませんでした。高校で一番頑張ったことといえば部活が一番に思い浮かぶ、そんな高校生活でした。

しかし、部活も引退し、いよいよ周りも進路に向けて考え始めたころ、僕も他の人のように進路に悩んでいました。小さい頃から一緒の奴らとこのまま北海道で楽しく普通の大学に行き、そのままどこか適当なところに就職してそのまま死ぬまで働く人生。面白くないなぁと思っていました。そんな時、好きなことを仕事にしている人や好きなことに一生懸命な人にとても憧れました。そして、せっかくなら地元を飛び出して新たな人たちに出会っていこうと思い、まずは進学を本州に決めました。

もちろん地元は大好きですが、本州の人たちと話してみたいと思い、まず考えたのは東京。いや、人多すぎるし怖いなと思い、次は大阪はどうかなと思いましたが、正直もっと怖いなと思いました。結果、ちょうどいいと感じた京都に決めました。普通の大学に行くか、勇気を出して芸大に行くかについてもとても迷いました。でも、憧れた人たちのように、好きなものを突き詰めてみたい。何も知らない、できないけれどこれから知っていけばいい、これからできるようになればいいと思って、思い切って芸大に決めました。

何も知らない、できない自分だからこそできるものを作り上げていきたいと思って入学しましたが、最初は、まったく授業についていけませんでした。周りのセンスの塊のような人たちにおいていかれないように日々頑張りました。

大学に入って仲良くなった人たちはみんな一癖も二癖以上もある人たちでした。そんなみんなにはそれぞれ好きなものがあって、一緒に話しているうちに、僕自身に好きなものが増えました。それは「面白いこと」です。入学する前、ファッションデザインがしたいけど、まずはそれに必要な布のことから学びたいとテキスタイルコースを選んだように、自分が面白いと思うことを突き詰めることで、新しい何かに広がっていく、これこそが僕の求めていた面白い人生なのだと気づきました。実力がついてこないうちはやりたいことがあっても評価されず悔しい思いもしますが、次の制作に繋がると思えば、それすらもだんだん楽しくなってきます。この大学で、自分の好きなことをまずは精一杯頑張りたいです。

美術工芸学科
染織テキスタイルコース 2年
F.K

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VOL.8

目の前のことを
がんばるだけ。

「とりあえず手を動かして、モノを作るのがすき」。入学した理由といえばそれくらいで、私には特別な制作技術なんてなにもなくて、好きなデザイナー、クリエイターやアーティストもいなければ、美術やデザインの知識もほとんどありませんでした。今思えばそんな状態で入学を決めた自分に驚くし、そのせいか大学のスタートはあまり楽しいものではなかったです。作ることは好きだったけれど、1年生の頃によく周りに言われたのは「報われないキャラ」(笑)。ほんとにどれだけ努力して制作したとしても、課題の作品に関してはあまりいい評価をもらえませんでした。

周囲の美術をずっと勉強してきた子たちとの違いを強く感じてしまい、何をどうすればいいのかわからなくて、悔しかった時期は長かったです。技術もセンスもない自分にはなにができるだろう。考え続けた末に「がんばること」ならできるとやっと気づきました。それに加え好奇心旺盛で負けず嫌いな性格がプラスになったのか、いろんなことに挑戦して周りの人よりも努力して、たくさん経験を積みました。その一つにイギリスへの交換留学があります。一番悩みが多かった2年生の頃に留学をしたことは私にとってすごく大きな経験で、今までの考え方や物事の見方が変わるきっかけになり、それまでのネガティブ思考を捨てることができました。

帰国後、まずは目の前のことを頑張り、考えて行動することを心がけていると、少しずつですが物事がいい方向に進み始めました。韓国の大学生を相手に言葉が通じなくてもコミュニケーションがとれるワークショップを5日間行ったり、台湾の灯籠祭の為に現地制作に行ったりしているうちに、学科内でも作品に関していい評価がもらえるようになってきました。最近では大学で優秀学生賞の一人に選んでいただきました。まだ「自信がついた」とは言い切れないけれど、以前よりずっと楽しい大学生活を過ごせています。

この大学では、望めば、やりたいことはどんなことでもできると思います。できることの数、できないことの数は人によって違うけれど、まずそんな自分を理解し、認めてあげることが大事ではないでしょうか。そこから次のステップをひとつずつ踏んでいく。特別なものなんて私はもってなかったけれど、努力を重ね経験を積むことで一歩を踏み出せたのだと思います。なんだかんだやれているし「楽しい」と言い切れます。

空間演出デザイン学科
空間デザインコース 4年
N.M

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VOL.7

そういえば
得意だったこと

私は高校を途中で辞めて働いていました。頭も良くないし、学校に行くのは苦手だし、きっとこのままずっと働いて暮らしていくんだろう。そう思っていました。でも、「もし自分が大学に行っていたら、何かおもしろいことがあったんだろうか」。そう考え始めると、大学に行ってみたいという思いが日増しに強くなっていきました。大学について調べて京造の存在を知り、マンデイプロジェクトというワークショップ型の授業や京造ねぶたの制作に興味を持ち、この学校に行ってみたいと思うようになりました。

でも私は絵が描けないしデザインもわからなければ演技も出来ません。そんな私がどの学科に進めばいいのか悩んでいたときに思い出したことが、「私はクラスで作文を書くのが一番早かったな」ということ。遠足に行った後の感想文、読書感想文、どれも全部クラスで一番早く書き終わりました。自分の思いをどんどん文章にしていく行為がとても楽しかったし、早く書き終わればその分自由に本を読んでよかったからです。本を読むのが大好きだったことや、妄想をするのが好きだったこと。当時の楽しい気持ちもよみがえり、小説を書いてみたいと思うようになって、私は京造の文芸表現学科に進むことに決めました。

ただ、入学してすぐに小説は書けませんでした。文章を書くのが上手な同級生が多くいて、「自分はかなわない。自分には小説は書けない」と決めつけてしまったのだと思います。
いつも話の途中で煮つまってしまい、最後まで小説を書ききれないことを学科の先生に相談すると、「それは書けないんじゃなくて、書いてないだけじゃないの?」と言われ、最初から書ききることを諦めていた自分に気付きました。そうして先生に書き方のアドバイスをもらい、考え方を変え、新しいやり方で、初めてちゃんと最後まで書ききった小説が学科の合評で代表に選ばれた時は、本当に嬉しかったです。

私は特別な才能なんて持っていないかもしれないけれど、それでも、自分の直感を信じてこの大学に進んで良かった。「小説を書きたい」なんて柄でもないことを恥ずかしくて周りに言えなかった自分に、あの時素直になれて本当に良かったねと言ってあげたいです。

いま進路に悩んでいる人も、もしかすると、身近なところに自分の得意なこと、夢中になれることがあるのかもしれません。私は今の生活が、結構お気に入りです。

文芸表現学科
クリエイティブ・
ライティングコース 3年
K.Y

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VOL.6

なんとなく、と
妥協せずに決めること

「大学を一本に絞るのもいいけどもっと視野を広げてみたら?」私が京造を受験することになったのは高3の時に友達から言われたこの一言がきっかけでした。それまでは、なんとなく照明関係の仕事に興味があったものの、自分は総合大学に行くんだと決めつけていましたが、その一言で芸大も視野に入れてみることにしました。芸大は就職が大変そうなイメージがあったので就職にも力を入れている学校に行こうと全国の芸大を調べて、気になったのが京造でした。

私はこれまで勉強も制作も人間関係もバイトもなんとなくでやり過ごして来たから、「これだけは人よりできる!」と自信を持って言えることもあまりありませんでした。でも京造なら、全く違うことを学ぶ人たちと大きい作品を作る機会があったり、社会実装プロジェクトとかウルトラファクトリーとか、いろんなことができる機会が用意されているので、たくさんのチャレンジの中から自分に何が一番合っているのか、何に夢中になれるのかを探していけるのではないかと思い、この学校に行きたいと思うようになりました。

京造を受験したいことを両親に話すと、自分のやりたいことをしなさいといつも応援してくれていた両親もさすがに一人暮らしは許してくれなかったので、毎晩両親を説得するためのプレゼンをしました。なんとか合格して「一人暮らしは仕送りなしで頑張る。必ず、京造に行かせてよかったと言ってもらえるように頑張ります。」約2ヶ月に及ぶプレゼンは私のこの言葉で終わりました。今では両親と毎日今日の出来事を電話やLINEで伝えたりして、一番の応援者でいてくれています。

1年間芸大生として生活してきて、周りの人たちの作品がすごく良く見えて自分に自信をなくしたり、作品の出来に納得いかなかったり苦しいこともありますが授業では自分が知らない専門的なことをたくさん学べるし、出会った人の数だけ物事の考え方や見え方があって毎日がとても刺激的です。授業外でも同じ学科の友達と自主制作してみたり、屋上で毎週お昼ご飯を作ってみたり、時には真面目に悩みを相談しあったり、とても充実した日々を過ごせています。

もしあの時何も考えずに進路を選んでいたら、きっとなんとなく進学して、なんとなく就活をしてなんとなく仕事についてたと思います。でも芸大に来たからこそ自分の中にある「なんとなく」を少しずつ振り払うことができていると思っています。今進路に迷っている人は、最初から選択肢を狭めないで、広い視野で考えてほしいと思います。

空間演出デザイン学科
空間デザインコース 2年
N.M

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VOL.5

無我夢中で、
できることから

僕は小さい頃から絵を描くのが好きな少年でした。
きっかけは幼稚園の頃です。母に連れられて家の近くのアトリエに行きました。クレヨンで描いた絵を先生が褒めてくれたのがきっかけで通い始めました。そのあとサッカーを始め、高校は大阪の普通高校に進学しました。

高校3年生になり、進路に悩みましたが、自分の中でやはり絵が描きたい! 学びたい! という漠然とした動機から、いろんな芸大を見てまわりました。高校生の時に訪れたこの大学は先輩たちが元気で、とてもキラキラしていて、胸が踊ったのを覚えています。しかしそれと同時にネガティブな僕は「こんなすごいものは僕にはつくれない」とすごく落ち込みました。もともと僕は自分に自信がありません。得意なことも少なく、自慢できることといえば視力が良いことくらいです。そんな僕でも幼稚園の頃に初めてアトリエの先生に絵を褒めてもらったときのように、自分の描いた絵で誰かを笑顔にしたい! そう思い、勢い任せにこの大学に『挑戦』しました。

大学に入ると全国津々浦々から選りすぐりの変わった人たちが集まって来ていました。周りがそんな人たちばかりで大丈夫かなと心配になりましたが、話してみるとみんな僕と何も変わらないただの18歳で、今の流行がどうとかこのバンドが熱いとか「フツーの話」ばかりしていて安心しました。しかしもちろん僕より絵のうまい人もいっぱいいました。しかし、そんなことはもうどうでも良いのです。みんな最初は下手なんだって思って、なんでもできるこの大学だからこそ、何にでも挑戦しよう! と思い、いろんなことをしてきました。

1年生の時はみんなでねぶたをつくったり、お化け屋敷をつくったり、カフェをつくったり。本当にいろんなものをいろんな学科のみんなで力を合わせて、できないことは補い合ってつくりました。無我夢中にできることからやってきたらいつの間にか1年が過ぎ、入学当初の心配はなくなっていました。
その後も「学生が作る大学パンフレット」制作チームのリーダーに任命されたり、大学のプロジェクトで青森トリエンナーレの運営にも関わったり、カレーをつくってオープンキャンパスで振る舞ったりと「こいつ大学で何してんねん」と周りから思われていそうですが、毎日がすごく忙しくて、すごく楽しいです。

4年生になって、目がいいことだけが自慢だった僕にもいくつか自慢できるものができたような気がします。センスなんか必要ないです。必要なのは笑顔となんでもやってみることです。

情報デザイン学科
イラストレーションコース 4年
S.K

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VOL.4

やりたいことは
まだ決まってない。

私は油画コースに所属しています。芸大と聞いて一番に思い浮かぶようなコースですが、そんな私も、高校は親の勧めで行った地元ではそこそこの進学校の普通科で、授業の後は部活をして、週末には友達とカラオケに行く、よくある普通の高校生活を送っていました。

部活動が一番の佳境を迎える高校2年の秋、同級生が徐々に進路を固め始めていることを知り焦っていた私に、進路指導の先生がスポーツ推薦を勧めてくれました。部活に熱心に取組んでいた私は、うまくいけば有名私立大学に行ける、そう舞い上がっていました。ただ、推薦というからには平均以上の学力も必要になってくることを告げられ、その日以降、最後の内申点の更新日まで少しずつ勉強を始めました。しかし、現実はそう甘くはありませんでした。

推薦の断念を機に私はやる気を喪失し、途方に暮れていました。何をしてもふさぎこんでいた私にこの大学を勧めてくれたのは、これまで二言目には勉強と言い続けてきた両親でした。当時の私の進路選択のなかに芸術大学などあるはずはなく、ましてやあの両親が勧めるなんてと思いつつも、オープンキャンパスに行った私はまんまと芸術大学の選択肢の幅とその新鮮な感覚に魅了され、この大学に入学したいと感じ、入試まで残り2ヶ月という状況で画塾に通い始めて、晴れてこの大学に入学しました。

後から親に芸術大学を勧めた理由を尋ねると、返ってきた答えはなんと『私が小さいころ落書きが好きだったから』。そんな些細な理由から入学して、今年で私も3年生になります。正直なところ、明確にやりたいことは未だに見つかっていません。

油画コースに入学したものの、一歩専門科目の外に足を伸ばせばまた無数に選択肢が広がっていて、3年生になった今もなお日々新たなものに興味をかき立てられています。週末には好きな木工に没頭したり、他学科の先輩や後輩と専門科目とは直接関係のない制作をしたり、振り出しに戻って絵を描いてみたり。そして悩んだり、迷ったり、とことん考えたりするなかで日々自分が本当にしたいことを模索している状況です。ただそれがすごく楽しいんです。もし芸術大学というものに触れないまま他の普通大学に行っていたら、きっと自分の中に隠れていたいろんな可能性に気づかないままだったので、あのときの選択は正しかったのだと感じます。

美術工芸学科 油画コース 3年
M.M

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VOL.3

はじまりは
ただの憧れ。

本当に不思議なもので、オープンキャンパスに来るまではこの大学に入学する予定は何ひとつありませんでした。

小さい頃から絵を描くのが好きで、小学校の頃はCMで見た「芸大」に憧れて、漠然と行きたい気持ちもありましたが、高校に入ってからはサラリーマンになりたくて大学は経済学部を志望していました。塾にも通い、受験勉強をしていた時期に、友達に誘われて、この大学のオープンキャンパスに参加しました。そこでアートプロデュース学科の学科長と話をして、「この人についていったら人生が変わる気がする」と思いました。しかし、両親や高校の担任の先生からは芸術大学に進学することを大反対されたので、結局許しをもらえないままこの大学を受験しました。

無事に合格したものの、やはり芸大ということで担任の先生にもめちゃくちゃ怒られ、親にも大反対されていました。「ここしか大学は受けないし、行かない」と無理やり押し切る形で説得し、なんとか入学させてもらいました。はじめは渋々だった親も、家で「今日は授業でこんなおもしろいことしたんやで!」と話をしたり、制作でヘトヘトになりながらも毎日ちゃんと大学に通う姿を見て、飽き性な息子がこんなに真剣に取り組むなんてと、今では一番の応援者となってくれています。

大学の授業では、普段できない「体験」や「出来事」が山ほどやってきます。その「体験」や「出来事」には、その日、その時、その瞬間にしか味わうことのできない贅沢な時間がたくさん詰まっています。

例えば1年生前期のマンデープロジェクトでは、全学科の1年生で構成されたクラスでワークショップをしたり、クラスで1つのねぶた作品をつくりあげます。僕にとって、この授業も「ねぶた」を40人近くでつくりあげたこと(つくり上げるまでのプロセスも!)も、今では忘れられない大切な思い出となっています。

最後に、大学に入学し通学する上で注意してほしいことがあります。それは、毎日新しいことばかりで、帰りの電車がすごく睡眠に適していて「ぐっすりと眠れる」こと。そのため、最寄駅を2度、3度と乗り過ごすことが多々あるので要注意です。(自分だけだろうか?)

入学が決まるまで、絵を描いたり、作品について学んだりする機会がほぼ無かった僕ですが、本当にあの時無茶をしてでも受験して良かったと思っています。

アートプロデュース学科
アートプロデュースコース 2年
S.K

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VOL.2

小さいセンスの
かけら。

「芸大生らしくないよね。」みんなによくそう言われます。よく遊ぶ友人に、はたまた銭湯のサウナで出会ったおじさんに。大学の近くで、京大生だと間違えられたこともあります。

僕は大阪の普通科の進学校に通い、授業を受けて部活して、同じような毎日を繰り返し消費しているような普通の高校生でした。アートって?デザインって?なにそれ?っていうタイプの人間で、ましてやデッサンなんてこの大学に決めるまでやったことすらなかったです。そもそもこの大学に入ったのも、友人が紹介してくれて、ねぶたを作るのとか面白そうだったし、なんとなく惹かれるものがあって決めたくらいでした。昔からお笑いが好きで、人前に立つことに憧れがあったので舞台芸術学科に入学する事にしましたが、なにも俳優になりたいわけでは全然なかったんです。

なんとなくで大学に来たので、入学してすぐの頃は周りの人のやる気や行動力に圧倒されました。先輩や先生にグイグイ話を聞きに行く友達を見て、「自分にはできない」とよく思ったものです。授業を受けていても、みんな自分より上手く出来ている気がして、とても焦りました。

そしてその焦りの中で気が付きました。このままでは四年間が「なんとなく」になってしまう。僕はそこからここに来た理由を必死に後付けしていこうと決めました。せこいやり方ですが、きっかけはなんでもいいと思ったので。

入学してから二年。学内に限らず様々な舞台に出演する機会をいただき、たくさんの人から学びを得ました。それに舞台だけでなく、色々なことに挑戦しました。京都の商店街の町おこしプロジェクトに参加したり、マンデイプロジェクトの授業アシスタントをしたりと、とても充実した毎日です。どれもこれもこの大学に来なければ出会わなかった事のように思え、きちんとこの大学に来た理由になっていると実感しています。

ここでしか出来ない事、僕にしか出来ない事。そういうものが長い年月を経て、小さいセンスのかけらになるんじゃないかなと、それが「自分らしさ」になるんじゃないかなと思います。僕の後付けはまだまだ終わりません。あと二年、せこいやり方で楽しみます。

舞台芸術学科
演技・演出コース 3年
Y.K

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VOL.1

いちばんの特技は
挨拶。

正直に言うと、この大学に入りたいと思ったのは公募推薦入試の願書を出しに大学に来た時で、その日に受験する学科も選びました。以前聞いた、京造に通う高校の先輩の「楽しそうな芸大生活」に惹かれて公募を受けようと決めたものの、申込みに来た日まで大学をちらっと見学したことしかありませんでした。ほとんど芸大へのイメージだけで出願しようとしたんだと思います。願書を提出した時に、大学の職員さんに「この大学に来たのは初めてですか?」と聞かれました。バレました。職員さんから初めて大学の色々な話を聞く中で、特にプロジェクトに興味が出て「あ、私も一緒にやりたい、本当にこの大学に入りたい」と思いました。高校では美術の授業はなく、雰囲気が好きで美術部風の部活に入っていて、特に漫画やアニメが好きなわけでも、バンドが好きなわけでも、好きなデザイナーがいるわけでもなく、趣味といえば飴細工を作ることでした。

高校3年生になり、友達は一般の大学を志望する中、私も4年制の大学へ進学しようと考えるようになりました。その頃、一応美術部ということもあって学校行事のイラストなどを頼まれる機会が増えました。特に絵が上手なわけではないのに、友達や先生は笑顔で喜んでくれて、単純だけどそれがとても嬉しくて、「将来何かを作って人に喜んでもらえる仕事に就きたいなあ」と思いました。だけど、もの作りはもの作りでも、それが何の仕事なのか本当に漠然としすぎて思いつかず、それなら技術を学ぼうと芸大に決めました。

現在、大学に入って3年が経ちました。大学生活では、毎週のように難しかったり不思議な課題が出て、器用にこなせるタイプではない私は休みの日も 制作に追われることがあります。中には制作するだけではなく、制作物を大学の外の人に販売したり見てもらう実践的な授業もあって、どうしたら良いのか悩むこともあります。だけど、試行錯誤しながらプレゼンしたり制作したりしていくなかで自分の考えやアイデアが形やデザインになって人の手に触れられているのを見た時はとても感動しました。

大学生活で必要なことは、とにかくやってみることです。今やること、できることを探してとにかくやってみるのが大切だと思います。あとは挨拶ができれば大丈夫です。

ちなみに私は最近、「可愛げあるのは挨拶だけやな!」と言われました。みなさんは愛嬌をつけれるように頑張ってください。大学生活が私より少し楽になるかもしれません。

空間演出デザイン学科
空間デザインコース 3年
S.K