美術工芸学科

インタビュー

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2018年5月21日  インタビュー

【油画】卒業生インタビュー♯03

#03 井上 裕葵  INOUE Yuki

DSCF4112のコピー

……

1991年 兵庫県 西宮市生まれ

2016年 京都造形芸術大学大学院芸術表現専攻 ペインティング領域修了。

2013年 「Kyoto Current (京都市美術館別館)

2015年 「予感をたどる」個展(Galerie Aube /京都)

2016年 「ecorche」二人展(capsule Gallery/東京)

     「between the land」個展/ギャラリーいのくま亭 京都

2012年 京展/京都市美術館(以後、二回入選)

2014年 京都造形芸術大学卒業制作展学科賞

 

他、展示・受賞歴多数

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井上 裕葵 :I

蒲原 早奈美(聞き手):K

 

K:学部の卒制も大きかったじゃないですか。

 

I:大きいのってなかなかコントロールしにくいのが、楽しいみたいな。自分より大きいのとの葛藤とか。

 

K:なんか壁面に描いてる感覚みたいな?

 

I:まわりも大きいの描いてたから、あたりまえ感もあった。3年生のときは目にみえない何かをって話したけど、私は何かがないと描けないかなってやっぱり思って、身近なものを描いたりした。デッサンが好きで、目の前に対象物があって夢中になって描くのが好きだったから。

視覚的に目に見えるもの、対象物を設定したくなった。学部の卒制は対象物が「森」だったんだよね。「森」をモチーフにしてた。上からどんどん描き消していって、なんとなく、見えてくるような見えないような仕上げ方をしたかった。

 

卒業展2014 (1)

(卒業制作)

 

K:大学院にいってから、支持体が変わってましたよね。学部のときはキャンバスですか?

 

I:キャンバス。院のときは、支持体を変えたね。4年生のときは悩んでたっていうか、制作を続けたいとは思ってたけど、モヤモヤしたまま院受験してて、自分が何をしたいのかわからないまま、院はじまっちゃって、だんだん苦しくなってきて。なんでこの四角()に捉われなくちゃいけないんだって。もっと自由になりたいなって沸々と思いはじめて。そんなモヤモヤした時期の院の1年の時にロンドンに行った。同級生とFrieze London見に。みんなが行くなら行くって感じで。

 

K:初海外?

 

I:初海外は高校生のときの修学旅行(イタリアとパリ)。人生で二回目の海外は、ロンドン。ロンドンでは、ホワイトキューブでみた作品(Tracey Emin)が、女性のヌードの絵なんだけど、ものすごいでかくて、繫ぎ目には糸で布を縫い付けてたり、その作品は支持体が作られていて。あ、自由なんだなって思った。あ、院の時、きょうとカレント展に出したんだよ。それ安河内さんが推薦してくれて。キャンバスを自分で縫って吊るしてる感じなんだけど。ロンドン行った後に作った絵。

 

carent

 

K:これ縫ったんですか?綿布?

 

I:そう、手縫い。綿布です。

 

K:アクリルなんですね。繋ぎ合わせてから描いたんですか?描いてから繋ぎ合わせたんですか?

 

I:どうだったかな。繋ぎ合わせてからだとおもう。場所のサイズとかあったし。

 

K:京都市美術館?

 

I:京都市美術館の別館。みんなで持ち上げてもらって。ひょいってかけて。そっからなんか、これきっかけというか、自分のしたいことに素直になっていったていうか。こうしなきゃって思ってやるのしんどいしね。素材も興味あるものから手を出して、転写を始めたり、転写した上から描いたり、グルーガン使ったり、木の枝とか、素材とかも変わってきたり。壁にじゃなくて、修制も展示場所の空間の中央に吊るしてたり、あらゆる意味で解放されていく感じがしていて。

 

K:ギャルリ・オーブでも個展していましたね。

 

オーブ個展2015 (2)

 

I:この時は、自分でモチーフをつくって、それを描きおこそう、って感じで。タコ糸とか、グルーガンとか枝とか使って。

 

K:「線」というか。

 

I:線は線でも、直線以外に、曲線になったり、いろんな線があって。

 

K:その作られたモチーフにも空間が感じられて、あらゆる角度から見えるようになっているような、多面的なような気がしてました。立体もつくる人なのかなって感じたり。

 

IMG_0629

 

IMG_0631

 

I:展示すると、人が見てくれるじゃない?そうするとそれがきっかけで、人との繋がりができて、作品に歩み寄ってくれたら嬉しいなって。最近、体験型の作品も多いじゃない。参加型みたいな。従来の展示形式って、人と距離ができるというか、一歩下がって、こういう世界あるんだみたいな見方をされる印象があった。その感じが少し苦手で。もっと近づいて欲しいし、歩み寄りたい、そんな作品づくりがしたいってのが根元にあって。本当は立体とか、自分で何かを三次元的に創造するってのが苦手で。これらは、ドローイングのような感覚で思うがままにやってみたかんじ。こういうのインスタレーションっていうのだろうね。絵以外で、空間を使うって、可能性があるよね。

 

K:壁じゃなくて、(修了制作)吊るすのってものすごく大変な気がするですが。

 

I:大変()この場所じゃなきゃできなかったかも。空間で作品作りたいって思ったからこんな感じに。

 

K:これって布割いているんですか?

 

修了展2016jpg (2)

(修了制作)

I:そう。

 

K:感覚で?

 

I:感覚で。図像を先につくって、空間を使って奥行きを出したかったから、照明とかも考えながら、どこに穴開けるか考えてやってた気がする。

 

K:この図像は、Photoshopで加工してましたっけ。

 

I:自分で撮った風景の写真とか、ネットで拾った写真とか、この時、修了後は淡路島にいくって決まってたから、淡路とか、京都とか、行ったことのない外国の風景のレイヤーを重ねている感じ。

 

K:こんだけの大きさ、井上さん何人包めるのかなってくらいうの。これ制作期間は?

 

I :(笑) これは、年明けから一ヶ月くらいかな()用意していたのあったけど、これじゃダメだって思って。納得いかなくて。

 

K:油彩の部分は、転写した図像の上から同じ色を重ねている?塗るとこも感覚で?塗るとマチエールできるじゃないですか。そこも考えて?

 

修了展2016jpg (1)

 

I:塗るところは人の視線の高さをメインに合わせて描写の範囲を広げていった。マチエールも盛り上げるところは盛り上げて、マチエール好きなんだよねきっと()

 

K:今、作品とかについて聞いてきたんですけど、4回生から大学院に入るきっかけは?もっ

と制作したかったから?

 

I:そうだね。モデルにしてた先輩方も結構院に進学してたし、より密に勉強したいなって思ってたから。お金の面もあるから、覚悟が必要だったけど。

 

K:奨学金も借りてましたよね。

 

I:そうだね。

 

K:院の同級生とイギリスいってたりと、同級生と刺激しあってた?

 

I:そうだね。院の先生がいろいろアドバイスしてくれたりもあって、「生で色々見ろ」って言われたりしてたから見にいったりしたけど、生で実感する大切さがよくわかった。機会があったら色々見たほうが楽しいし、刺激になると思う。

 

K:アトリエって、学部より広くなるじゃないですか。2人一部屋ですし。もう住むレベルでいて制作してるイメージが。

 

I:同室の子と、よく話しもしてたかも。

 

K:いい感じの関係性だったように見えてました。

 

I:譲り合ってたし、いい関係だったかな。同期や先輩、後輩から刺激をもらっていたと思う。

 

K:井上さんのアトリエいったら、よく先生もいたりしてましたよね()

 

I:日当たり良かったからかな()

 

K:人が集まりやすい場所だったイメージが。

 

I:やっぱり日当たりが() ウェルカムな感じだったからね。

 

(パンフレットに掲載)

 

I:あ、最近編み物はじめたんですよ。

 

K:え、何編んでいるんですか。

 

I:最初こどものために帽子つくろうと思ったんだけど。でも難しくて、ちまちま編んでる。

 

K:何編みですか。

 

I:棒編み。ひたすらこの面を編んでる。制作で、なんとなく手縫いとかもしてたから、その感覚も思いだしたり。

 

K:繋がってますね。

 

I:今後、支持体を編むっていうのもやってみたいなとも思ってる。この前、塩田千春の展示見にいったのね。これ、よく見ると毛糸だったんだよね。私も手編みしてるよって()身近なことからひっぱってくるのがいいって思ってるから。

 

K:いいですね。こどもの性別はどちらですか。

 

I:男の子。

 

K:もうわかってるんですね。

 

I:写真見る?

 

K:大きい!そりゃ蹴りますわ()すごい、感動する。日に日に、自分の変化を感じているわけじゃないですか。

 

I:そうだね。受胎告知を受けた感じがした。わかってからは、産みますって思った。これが自分の運命だって思った。すくすくと育ってくれてるから、これからまた見え方も変わるんじゃないかなって思っている。

 

K:編み物はじめたり、いろいろ始めたこともありますね。

 

I:自分の引きだしを増やすというか、どんどん自分のできることを増やしていくことを大事にしてる。勤めていた学校で、マット編みをする授業があって、卒業後は事業所へいく子への授業だったんだけど、私はマット編みができなかったから、授業を通して覚えていったり、出来ることを増やしていってる。人として蓄積していくというか、なんでも経験というか。手近なことからはじめてみたりしてる。最近、『君たちはどう生きるか?』みたいな本注目されてるよね。それを紹介しているテレビを見て。おじさんと主人公のやりとりの中で、人間として何が一番必要なのかっていう場面で、おじさんが「経験」だって言ってて、確かにと思った。何でも自分に引き寄せて考えてみてるんだけど、母親になるのも、やってみなきゃわからないって。今までは子どもたちを指導してたけど、今度は、1から人間を育てるし、職業的には、また場所を変えて教師やりたいと思ってるけど、まずは、この子育てることをしなきゃって。

 

K:そうですよね。

 

I:こどもが出来てから、初めて、こどもができることとはどういうこととか、人間の育ち方とか知っていってる感じ。大学でも社会でも、自分から動いて、人の繋がりは、大事にしていったほうがいいかなって思う。人との縁で、仕事も制作もできるから。ものをつくるにしても、長い目で見れたらって思う。死ぬまでできることだと思うから。人とは違うやり方で、心の安定もとりつつ、続けていきたいと思う。こどもとかにも、いろんなものを見せたいなって思うし。

 

K:たのしみですね。

 

I:いっぱい経験させたいですね。無理強いはしたくないけど、選択肢とか楽しみをつくってあげたいね。

 

K:こどもの写真撮っていたり、シリーズつくってる作家もいますよね。こどもできる前と作品変わってたりしますよね。

 

I:そうだね。

他大学の友達で、去年おかあさんになった子が、ハンドメイドアクセサリーはじめたりして。私もやってみようかなって。楽しくやって生きていきたい、じっとしてるのが苦手だから、何かをしていたいし。これからもつくりつづけていきたいと思う。

 

…END

■卒業生インタビュー■

 

#01 西垣 肇也樹   NISHIGAKI Hayaki 

 

#02  神馬 啓佑  JIMBA Keisuke

 

#03  井上 裕葵 INOUE Yuki

 

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2018年5月11日  インタビュー

【油画】卒業生インタビュー♯02

#02  神馬 啓佑  JIMBA Keisuke

 

1

 

……

1985年

愛知県生まれ

 

2011年

京都造形芸術大学大学院  芸術研究科   表現専攻修了

 

2016年

「肉とヴェール 清田泰寛 神馬啓佑 二人展」(京都芸術センター/京都)

「VOCA展 現代美術の展望-新しい平面の作家たち-」(上野の森美術館/東京)

「2015年「塑性について」(Division/京都) (N-mark/愛知)

「眼球に近い面」(HAPS /京都)  2014年

「THE MIRROR」(名古屋商工会/東京)

 

他、展示・受賞歴多数

 

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神馬 啓佑 :J

蒲原 早奈美(聞き手):K

 

K:「夜になるまえに」(2014ARTZONE)の本に神馬さんの学部の時の作品が印象的でした。

何か投げ入れているみたいなやつ。

 

 

菴懷刀逕サ蜒・magic

 

 

J:3年生の時の作品やな。その時は人物と風景画みたいなの描いてた。

それ多分、デッサンとかじゃなくて、自分でこういうものを描こうと思って描いた絵は初めてやったんちゃうかな。

それがなんかよかったから、頑張ろうみたいに思ったと思う。

その時、フード被って火起こしみたいなことをしている自分を撮って、月面の写真をコピーしてきて、コラージュして。

月面で火起こしをしている絵。酸素ないから途中で無理やと思って、ポーズだけをとっている絵にした()

 

 

菴懷刀逕サ蜒・moon

 

 

K:描いてる途中に気づいたんですね()

 

J:そう()けど初めて自分が思って描いたっていうのは達成感があって、経験としてでかい。

 

K:これは?

 

 

菴懷刀逕サ蜒・RAKU

 

 

J:感覚でしかない。(作品見ながら)

 

K:感覚。

 

J:丸1日で全部完成させなあかんから。今思ってもやばいと思う。結構頑張ってたなって。

大学院の時の。

 

K:何描こうというのも明確には考えてないんですよね。

 

J:そうそう。描画道具を作って、テクスチャをつけるっていうのを繰り返すって作品。洒落てるやんな、めっちゃモダンや。今でも思うもん。もう一回やってみてもいいかな。

 

K:見たいです。何色使おうとかも考えてた?

 

J:そんなことはないと思うけど、作りながら考えるようにしてたと思う。

 

K:色とか道具?

 

J:そうそう。こうやってたらさ色がちょっとずつ混ざってきてさ、あ、この色も作ろうかなって足していったり、厳密にやろうとして厳密にやれないみたいなこともある感じ。結構いいよなこれ。

 

K:めちゃいいですね。

 

J:これ大学院ラストやな。多分。修了制作でインスタレーションみたいなのやりたいから、色彩だけ揃えて、全部。真っ白に塗って。白すぎたわ。

 

 

修了展

 

 

K:床も塗って、ってことですよね。

 

J:そうやで、白い空間に、白っぽい絵があったら目が変なモアレを起こして、霧みたいに見えて、おもろかった。

 

K:それは意図してた?

 

J:してなかった。やったらなった。正確には、前に描いた絵の写真を見返してて、そんときに、ちょっと変やなって思って。誇張したらできた。スモーク焚いてるみたいな感じになった。ちょっとほんまにもっかいやるわ。

 

K:昔やってた技法を改めて今やってみると面白いですよね。

 

J:そうやな。これ第1(自分の中での)。これ第1期の終わり。

 

K:Anteroomで飾ってたやつ見たんですけど。

 

 

菴懷刀逕サ蜒・2painting

 

 

J:おっきいやつな。4mのやつか。懐かしい。

 

K:あの時めっちゃカラフルでしたよね。

 

J:あれ、第1期の終わりやな。

 

K:院出てる時ですか?

 

J:完全に出てるな。またやろうかなと思ってて。思ってた以上にいいよなこれ。

 

K: (笑)

 

J:次こんな感じやしね。(写真見る) 1期の終わりからどうしようって。

道具とかを全部指に絞って、描いた。指のテクスチャーだけで。

 

K:見ました。大学院Pr Projectで飾ってなかったですか。

 

 

菴懷刀逕サ蜒・12btp

 

菴懷刀逕サ蜒・13btp

 

 

J:そうやな。

 

K:どんどん色なくなってきますね。

 

J: 1個の道具()に絞ってきたから。

 

K:あ、そういうことか。

 

J:そこに厳密って言う。

 

K:ちゃんとそこ守るんですね。

 

J:守ってた。それでムリやと思ってやめた。やめたというか。

 

J:第2期目は、例えば、筒の先っぽにスコープみたいになってて、こうドローイングみたいになってて、奥にクッションがあって、みたいな。これも絵やろって作品。やばいやろ。僕の過渡期。

 

K: (笑)

 

J:他は、例えばその時いった場所で、そこにあるものを全部メモってくようにしてて、それをドローイングのようにしてて、なんかならないかなって。あるときに、そのメモみてこれどこやったっけなってわからんくなって。普通の野外彫刻とかどっかにあってそこに行くやん。これはここにあって僕がどっかに行っている。だから野外彫刻のプランっていう作品。

 

K:なるほど。

 

J:そこから離れてしまったから結果的には野外彫刻になってしまったっていうビックキャプションっていう作品。誰にも分からんと言われた()

 

K:意外な。

 

J:誰もわからへんていってた()けど、良いっていう人もいた。逆に絵は全然だめですね。って言われた(笑)

 

K:ええ()

 

J:めっちゃ迷ってて。絵を描くっていうことに対して飽きてしまってるってとこもあって。このままだと別のものを作らないとできなくなっちゃうっと思ってやって見た感じ。今見ても結構面白い。なんか煮詰まってて、いろんなこと考えて描いてなんとかしようとしてて、気分がいい。ニューペインティングやろ80年代から90年代のおさらいと復習みたいにさ。

 

K:おさらい中()

 

J:めちゃ遅いねん、僕の美術史() 思わん?こんなにいろんなことあってさ。まだリュック・タイマンスとか出てきてないもん()まだニューペインティングやもん。

 

K: (笑)

 

J:今第3期で、アイデンティティや個人史をやりたいと思ってる。エリザベス・ペイトンとかリュック・タイマンスとかみたいに。だって抽象表現主義がとりあえず終焉迎えて、そのあとポストモダン、ニューペインティングでてきて。それも考えて、もう本当にやっと個人の問題とかさ、扱うようになってきた。今そこにきてる。

 

K:辿ってますね。

 

J:辿ってるの、最近気づいてん。あ、辿ってるんやなって。無意識に。ゆっくりやってたんやなって。なんかいろいろさ、刺激が多いし、そういうのに行くのも分かるし、でも結局自分のペースでやらないとできないし。ちょっとずつゆっくりやったほうが、結局早く終わるんやなって思う。

 

(パンフレットに掲載)

 

芸術ってさ、難しくない?

 

K:そうですね。そんなに芸術って遠くないと思うのに、イメージで区別つくられること多いかも。

 

J:それすごい思う。むずいよね。先入観で言われている感じがするよね。一度父親に話したことがあって、別に父親美術に関心があるってわけじゃないんだけど、その時言われたのが、わからないってことをわかろうとしずぎてるって言われて。わからんでええやんって。何が問題かは、「あなたたちはわからないでしょ」ていう姿勢が問題でしょって言われて。

 

K:確かに。

 

J:じゃあどんな作品作ったらいいと思うって聞いたら、要はビジュアルでわからないでしょっていうことをいうから、わからへんっていうふうになるっていってて。楽譜みたいなのがいいって。音符みたいに描いて、それがある一定のルールで並んでると、そのルールがわかったら音が聞こえくるみたいになったらいいやんって。言われた。どんなコンセプチュアルアートやねん。ってなった。まあ、そういうおとうさんの話。

 

K:おとうさんおもしろいですね。

 

J:修了制作、見にきて。その時、作品タイトルをAからZにして描こうと思ってて。アルファベット1字やってん。それがよくないってお父さんに言われて。タイトルっていうのはそのものの方向性がわかるやん。タイトルでそれを示せるのにタイトルで示さないのあかんやんって。無意味っていってるもんやぞって。そういう意味やったらいいけど、そうじゃなかったらやめとけって言われて。はー、困ったなあって() その話の2回かな、父と美術の話をしたのは。

 

K:どきっとする話ですね。

 

J:芸術難しいねんっていったら、芸術が難しいんじゃないって言われて。

難しいことは山ほどあって、難しくしてる原因があるんやって、言っててそのときは。それやぞって。そういうのは結構効いてくるよね。

 

K:あ、ぐさっとくるってことですね。

 

J:芸術っていう枠組みに放りこんだ瞬間に、色々視野が狭くなってきてるなって。いろんな問題がさ、絡んできてるからさ、普通にしててもわかるのにお高くとまってるからやんって。それはすごいハッとした。だから第2期はそれを得るためにはじめた。父の言っていたことを踏まえて、もっと造形的に今までやってきたことももちろん考えて。今は、そこからもう一段階新しい何かを立ち上げることが必要やなっていう第3期を迎えている。

 

K:迎えて、次、何するか決めてるんですか?

 

J:いや決めてない()いま頭ん中整理してる。もっとエッセンシャルにしていきたい。なかなか難しいと思うけど(笑)

そうや、生活面のはなしか。話変わるけど(笑)大学で教えるってことで、生活面とか意識的なこと変わったかも。自分のことは置いといてさ、教えるってことが結構良かったりしたかな。なんか生徒とか相談に乗ってそれに対してどう思うかとか。

 

K:聞きながら、自分にも言ってるみたいな。

 

J:そうそう、今まで話してなかったんやなって。今まで言わずにわかんないってなってて。高校の時、わかんないってのが口癖やった。

 

K: (笑)

 

J:高校の友達にあったら、わかんないって(口癖)言われていじられる()

 

K:そんなに()

 

J:そういう意味では自分を通して理解すること以外のことが増えた。こういう考えの人もいるんやって。どんどんそういう機会増えてきたかな。

 

J:自分一人では、わかんないってことを解消するのがどうしてもできなかった。絵描いて、集中してるのが強くなってしまって、自分がどうやって見られてるんやろっていうのは、先生やって見えてきた。みんな誰もが自分に対して必死なんやなって。

 

K:確かに。

 

J:俺だけじゃないし、みんな平等に自分のことが大事やなってわかるやん、先生やってたら。生活する面でも制作する面でも。先生になってすごく自分が成長した気がする。たいした感じじゃないねんけど。

 

K:先生楽しんでるんですね。

 

J:僕はね。新たな発見もある、母校やから今まで教えてもらった先生がいるのも大きい。昔の作品を見られてるし、最近の作品を見られてるし、色々話せるし。

 

K: 芸術センターとかでの仕事も、いろんな人と話して為になってた?

 

J:そうだね。

 

K:書店(仕事先)の方はどうですか。

 

J:芸術センターと違って、より普通というか。なんで海老の絵描いてるんですかって聞かれたり()

 

 

菴懷刀逕サ蜒・3716

 

 

K: (笑)

 

J:私海老好きですよ。とか言われて、いや、好物とかそういうことじゃなくてって()とか(話して)

芸術と言うこと自体を完全に見る立場からから入っている人たちで、今まで出会ってこなかった人たちとまた出会っているという感覚がある。発見もいっぱいある。さっき言っていたことでさ。サービスしすぎると見る人は、冷めるみたいな。それぐらい分かりますよ。みたいなこと。やっぱりそうなんやなと思ったし、芸術は日本で伝わっている部分と日本独自で備わってる部分はあるからさ、勘違いはあるけど。それぞれにあるんやなってすごく感じた。職場には僕と同じようにダブルワークのひともいるし、なんかいろんな人がいて、話すのが面白い。

 

…END 

 

■卒業生インタビュー■

 

#01 西垣 肇也樹   NISHIGAKI Hayaki 

 

#02  神馬 啓佑  JIMBA Keisuke

 

#03  井上 裕葵 INOUE Yuki

 

      

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2018年4月27日  インタビュー

【油画】卒業生インタビュー ♯01

#01 西垣 肇也樹   NISHIGAKI Hayaki 

25

 

……

2012年

京都造形芸術大学大学院  修士課程

芸術研究科  芸術表現専攻  洋画領域  修了 

 

2014年~2017年

京都銭湯芸術祭  企画運営

 

2017年

「市展、京展 80年記念展」須田賞

「渋谷芸術祭 SHIBUYA ART FESTIVAL 2017」大賞、Shibuya for SNBA賞

 

他、展示・受賞歴多数

 

————————————————

 

西垣 肇也樹:N

蒲原 早奈美(聞き手):K

 

Ⓚ なぜ文字の作品を?

  2013年かな、瀬戸内芸術祭のプロジェクトに参加してて。バイクで行ったんよ。ほんなら、瀬戸芸1回目は島本来の感じがまだ残っていて、アートが入っているんやけど、そんなにまだ島自体がこう、若い人もあんまり住んでいなかったし、豊島美術館とかもまだなかったんよ。それが3年たつと変なもので、島にお客さんがくるから、バス停やご飯屋さんがいっぱいできていたり。標識とかもできてて。そんなん島に住んでる人はわかってるから今までなかったんやけど。とにかくそういう文字情報に溢れてた。アートの島になることによっていろんないいこと、島全体が明るくなって、過疎地域に人が入ってきて、いいこともあんねんけど、かたや豊島美術館の周辺の段々畑に畑の人が、自分の敷地内に倉庫を立てたんよ。それが景観悪くなるからってなんとかしてくださいって言われたりとか。豊島は産業廃棄物の問題があって、島以外から何かが来るっていうことに慎重な感じなっていて。こういうのが始まって潤沢になるけど、瀬戸芸に対してシビアに見ていて。そういうところから見ると、こうやって人がたくさんくるのって、産業廃棄物がたくさんきていた時代と、どう変わっているのだろうとか考えるようになって。そういう思いとかを作品に込めれないかなって。ウィルスが増殖するみたいな。島になかったものが増えていってるっていうのも素直に表した。バイクで色々回ってキャンプして、寝泊まりしながら描いてたかな。

Ⓚ そういうのってそこの地域の人と喋ったりしてリサーチしたり?

Ⓝ そう。島民の集まりとかに参加してさっき話したこととかも聞いたり、資料館にいったりとか。処理場とか、そういうのも船で見にいって。なんかこう、勝手に1人で島民と話してたわけじゃなくて、そういうツアーに参加して、みんなで考えるみたいな。これまでは、大学やからおっきい作品かけたし、作る場所もあったり、展示もできたけど、卒業するとそれらがなかなか難しくなる。展示する場所をまず決めなければいけない。島で展示するなら島の話を聞かなければいけない。ただ展示して終わりじゃなくて、ちゃんとリサーチして関わるっていうのに移行したんかな。その時はわからなかったけど、油絵の具でやってた表現は、しっくりこない感じがあって、そういう豊島で生まれた作品は違う考え方というか。作品を展示する場所に合わせて作るみたいな。設定し始めたかな。

 

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Ⓚ それからは?

Ⓝ 次は京都銭湯芸術祭かな。風呂がもともとなかったから銭湯よく行ってたし、学部時代から。銭湯で展示したらどうなるかなって純粋に思ったりとか敷いている時もあって。

 

(パンフレットに掲載)

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22

 

Ⓚ 話変わって、このスタジオハイデンバンについて。

Ⓝ 京都銭湯銭湯芸術祭もスタジオハイデンバンも繋がってて、京都でしかできないっていうのをやりたいっていうのが第1にあって。東京でも京都でもどこでも展示できるっていうのは、一体自分が京都にいる意味はなんなんやろうって問いから発信しているところがある。なんか、社会から隔離された環境で制作するっていう美学が、自分の中であって、とにかく1人で黙々とやっているのがかっこいい、みたいな。それやってみたけど、現代に合わないところがあって。そしたら大庭さんから、1人やってても、生涯やって行くんだったらあまり意味がないよって喝入れてもらって。周りにいろんなことしている人がいるんだったら、それを巻き込んで行かないと、って。その中で誰か売れて来たりしたら、他の人にも光が当たるかもしれないし、仕事とかもシェアしたりもできるかもしれないし。そういうことを考えておかないといけないって。自分が、1人でやることができないってわかってきたし、環境をリセットしたほうがいいと思って。とにかく、みんなでスタジオ構えるってことを考えた。京芸はそういう人たちいたけど、京造には、スタジオを一から構えてる人いなかったから、初めての試みとしてやってみようかってなって。大庭さんにも相談して、スタジオの絶対条件とかも考えていった。作るときに、まず絵で生活できるように、っていう意識を持つことを (つまり趣味としてやらないってこと)共通意識として持つことを条件にして。最初にオープンスタジオをしたときに、コレクターとか美術関係者とのつながりのある場所にして行くことを目標にした。1回目はターゲットを学生中心にしてギャラリーとかにも告知して。 2回目は淀スタジオとコラボして、アートフェア形式にした。ターゲット絞ってアートを買ってくれる人を呼ぼうって感じにした。片付けて、ホワイトキューブにしてやった。あと、ディレクションを間に入れてやった。27くらいの同世代の人にやってもらって、お金のこともやってもらったり、システムづくりもしてもらった。京都のスタジオで、販売っていうことをしているのは、ここ以外聞いたことなくて、その状況はいかんってなって。名和さんとかに聞いたら、美術関係者、結構京都来てるのに、どこに行ったらいいかわからんってなってるらしくてける、SANDWICHにしか行かないと。京都こんな感じかってなるらしくて。卒業した人たちがピックアップされる場所は少ない。自分たちが自分たちの方法でやるっていうところがないから、作って行ったほうがいいんじゃないかって考えた。ハイデンバンは若いスタジオやから、どんどん繋がりを作って行かなきゃいけないし、京都の中心の場所になっていってほしいって気持ちもあるから、みんなが作品を持って来て展示して買うこともできる、ディスカッションもできる場所になるようにと思って。そういう場所が必要だと思って、メンバーでときには喧嘩して、作って行った。3年で、ARTIST FAIR KYOTOに呼ばれる人も出て来ているし、少しずつ結果は出て来ていると思う。京都の一つのポテンシャルを持つスタジオになりつつあると思う。

 

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Ⓚ あと、最近ゴジラの作品になった経緯とか聞きたいです。何でゴジラ何ですか?

  1番最初に描いたのは、ここのオープンスタジオの時。文字の作品も並行してたから、鉛筆でゴジラ描いたのが最初かな。絵をやめようって思ってたことがあって。京都銭湯芸術祭やりながら、そっちの方向(企画など)もありやなって。絵を描くだけじゃなくてもクリエイティブにできるし、別に絵を描くことだけが全てじゃないってずっと思ってて、常に思うけど、最終兵器で、ゴジラは最後に描こうと思ってた。

Ⓚ いつから思ってた?

Ⓝ 学部の時から。友達にもその時ゴジラ描いたらええやんって言われてて。それは別に描いたら終わりって意味じゃなくて、好きなものをさ、描くのって怖くない?例えばさ、目覚まし時計にさゴジラ入れてしまうと、嫌いになりそうやん。そういうもので、向き合うと見えてくる嫌なものって絶対あって、極力避けたかった。

Ⓚ ゴジラ好きなんですね()

Ⓝ ゴジラ愛がすごくて、それはやりたくなかったけど、大学院の時に1つ見つけた巨大な油彩っていうのが、どこかで具象のアンチテーゼで描いてたところがあるから、最後にこう、出しきれないってのがあって、じゃあ、根元的に続けられるものとか、ほんとはよく知っているものじゃないと戦えないし、継続できないと思ったときに、やっぱりゴジラっていうのが1つあると思って。最初鉛筆やったけどアウトプットが弱いと、違う表現方法を模索しなければとなって、ゴジラを素直に出したほうがいいんじゃないかって、中途半端に書くならちゃんと向き合って描いたほうがいいってなって。まず、和紙を使う、保存のきくように墨で描く、いわゆるゴジラってわかるように描くって決めて。

Ⓚ 筆で描いている?

Ⓝ そう。どちらかというと古い人間だから、パソコンも使わないしシルクスクリーンもしないし、絵を描くことが好きやったから、自分の手だけで描くっていうのが、素直に自分の描きたいものと対話している感覚があるから。学部までカラーで、顔リリーズの時モノクロになって、大学院でまたカラーで、文字のシリーズからまたモノクロになって、交互になって来てて。

Ⓚ 今度フランスで展示があるって。

Ⓝ この前終わったで。ルーブル美術館の地下にあるギャラリーで展示した。海外に出す機会が増えつつあって、一昨年もニューヨークに行ってんねん。1枚作品送るってのは何かしら出て来てるから。そういうのもある。

Ⓚ 今後、まだわかんないとは思うんですけど、やりたいこととかありますか?

Ⓝ ローバーミニって車好きで、高校の時から買おうと思ってて。でも生産終了してて、修理するのもめっちゃかかるねん()今まで絵を描くモチベーションってのは、あれの修理代に当てるっていうのもあったのよ。それができないくらい壊れて来てて、手放すことになって。もっと絵が売れて、また車を買うってのがモチベーションになってる。車なくても絵描けるんちゃうかなって思うけど、絵を描くことってもっと正義のように思ってたのよ。描くことこそが正しいと思ってたけど最近、柔軟に考えられるようになって来て、昔のように、シンプルに描く理由みたいなものが出て来たほうがいいのかなって思って来ている。

 

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Ⓚ これ一応受験生向けのパンフレット用なんですけど、受験生へ何かありませんか。

Ⓝ 若えなあって。Youtuberよりも夢あるんじゃないすかって()

いやー夢ないかなあ()

Ⓚ 自信なくなってきてる()高校生の時に思ってたこととか。今だからこそ、みたいな。

Ⓝ わからんけど、科学的に証明されて来ていることって多いけれど、月にも行っているし。その中でクリエイティブするってすごく難しいと思うのよ。情報に溢れかえってて、検索したらすぐ答えがわかってしまう、それを同じく言うのって意味の無いことってずっと思ってて。絵を描いたり、見に行ったりしてもまだわからないことが多くて。思考するってことは、どうとでも捉えられるってことだから、それだけは知ってほしいと言うか。影響だけではなくて、自分で考えることのが大切だし。絵が得意だけじゃできないのが美術だと思う。日本の教育上さ、上手に描ける人が褒められて、こっちの世界に行くってなっちゃうけどさ、もう少しこう、医者か画家になりたいんですってくらいの振り幅で考えるといいかなって思う。絶対医者になったほうが収入上かもしれんけど、幅広い見方で美術を見てほしい。もっと違う視点で美術をやってほしい。なんか苦労話とかよくあるやん。自転車操業的な話をいうと、芸人とかと遜色ないとか。でも目に見えて面白いんじゃなくて、生き方として面白いところがあるから、狩猟生活に戻った感じ。今から、マンモス狩ってくるわ的な。生々しいリアルな生き方やなって。そう言うのに興味ある人がおるかわからんけど()

Ⓚ すごいマイナスな()

Ⓝ いやでもこれ生きてるって意味で、すごい哲学的で面白いと思うで。マイナスに聞こえるけど、どこかに属して働くのではなく、自発的に行動しなきゃいけないから。外でて、狩に行くみたいな、そう言う意味で根元的な、本能的なものに近いから、そう言う意味で面白いよな。人類が作った社会システムを半分無視しているところでもあるし、社会の隙間みたいなところでやるから生きていることを実感するみたいな。わかりますか?20パーセントくらいか。

Ⓝ言ってて俺もわからんくなってきた()今の高校生言っていいかな()弥生時代以前の狩をしたい人たちは芸術家になろう、やな()いい言葉やな、是非載せてよ是非!()

Ⓚめっちゃ気にいってるじゃないですか()

Ⓝ狩猟民族に戻りたい人はアーティストになろう、か。()

 

…END

 

■卒業生インタビュー■

 

#01 西垣 肇也樹   NISHIGAKI Hayaki 

 

#02  神馬 啓佑  JIMBA Keisuke

 

#03  井上 裕葵 INOUE Yuki

 

 

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2016年3月15日  インタビュー

【染テキ】みのうらさんの友禅レポート

こんにちは。卒業展も無事に終わり、4年生のみんなは卒業式の1日だけとなりました。

あぁ。寂しいですね。

いろいろと写真を見ていた時に、

ふっと。

あ!みのうらさん(3年生)が友禅研修に行った時のレポートがあった!ことを思いだしました。

是非、皆さんにご紹介したいと思います。

 

それでは、みのうらさん、よろしくです。

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染織テキスタイルコース3年箕浦です。

私は昨年の10月から12月の約3ヶ月間、

京都市産業技術研究所がやっている京友禅(手描き)技術研修の基礎コースに参加してきました。

この基礎コースは京友禅の流れを知る、ということで教材を用いながら一連の工程を職人さん指導の元、

ざっと一通り教えていただきました。

 

友禅染は完成までに幾つかの工程に分かれており、京都は各工程が分業されています。ざっくり流れを言うと、

下絵→糸目糊置き→伏せ糊置き→色引染→蒸し・水元→挿し友禅→金彩→完成

という感じです。今回は職人さんが考えたデザインを元に38㎝×90㎝の裂作品を制作しました。

 

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まず最初に見本を元に白生地に筆で写し取っていきます。

花びらの柔らかさや草のシャープさを意識しながら描いていくと良い、とアドバイスを受けながら進めていきました。

 

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写し終わったらゴム糊を用いて輪郭線(糸目)を引いていきます。この糸目糊の工程が研修の中で一番難しいと感じました。

手に力が入ってしまって均一で真っ直ぐな線を引くのが本当に難しい・・・!

 

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伏せ糊をした後に、引染で先に背景を染めていきます。

この時は堤染工さんへ研修生皆で行き染めました。

 

蒸して色を定着した後に余分な糊を洗い落とします。

写真はないですが、蒸し・水元の工程を丸京染色さんへ行き見学させてもらいました。

 

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色挿しの工程です。まず染料と胡粉の白を使って見本を元に色を合わせてから染めていきます。

真っ白の布に色が入るのがとても楽しかったです。特にぼかし(グラデーション)が綺麗に出来た時は嬉しかったです。

 

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最後に金彩の工程です。

必要のない場所に金が付かないよう保護シートを貼ってから金箔を貼っていきます・金箔は薄くてとてもデリケート。

少しの風でも飛ばされてしまうので細心の注意が必要です。

 

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こちらが完成作品です。完成した姿を見るとやはり出来たという達成感やもっとやりたいという気持ちが出てきました。

そして何より一つの作品が完成するのに手間や時間がかかることを身を持って実感しました。友禅染の着物が高いのがよく分かります・・・!

 

今回参加した研修で多くの職人さんが言っておられた「モチーフの質感や画面の強弱のバランスが大切。」という言葉が印象に残っています。この言葉を意識しつつ、今後の制作にも活かしていきたいです。

 

この友禅研修は将来の後継者を育てる、という目的もあります。もし興味がある、将来やっていきたい、そんな方がいれば毎年やっているので是非参加してみてください。

 

ありがとうございました。

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