通信教育部

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2016年8月1日  授業風景

【文芸コース】「文芸III-1(エッセイ)b」スクーリングの授業風景

7月2日・3日に京都・瓜生山キャンパスで行われた「文芸III-1(エッセイ)b」の授業風景を、担当講師の寒竹泉美がお伝えします。

 

授業が始まる前の教室は緊張感に満ちていました。一年目の方が多く受講されていて、周りは知らない人ばかりという状況にあったからです。この空気を利用して、わたしはひとつの実験をすると宣言しました。始まって数分も経たないうちに、こんな指示を出したのです。

 

「今ここでひとり3分間のスピーチをすると仮定して、そのための原稿を書いてみてください」


突然の非情な指示にもかかわらず、せっせと原稿を書いてくれる受講生のみなさん。講師はうろうろ歩き回って手元をのぞきこんでいきます。案の定、多くの方が、自分の名前や出身地、この授業を取った目的や意気込みなど似たり寄ったりのことを、事務的な文章で書いていました。実験成功です。


普通は、自分のことをまったく知らない人たちの前で、何かを話せと言われたら緊張します。心がこわばって、自分をよく見せようとかしこまって、当たりさわりのないことしか書けなくなるのです。この原稿を元にスピーチをしてもらっても、少しも面白みがなく、誰が誰だか覚えられないでしょう。そんなことを解説しながら、次の指示を出します。


「では、次に、ここにいる人たちが全員、親しい気持ちで話をうなずきながら聞いてくれると想像して、もう一度何を話すかを考えなおしてみてください」


さて、この指示の後では受講生さんたちの文章はがらりと変化しました。大学に入学して三年目なのに人見知りで誰にも声をかけられないと告白する男性、大学の近くのスーパーの存在がいかに自分にとって大切かを語ってくれる女性など、人によって全然違う話題が書かれていて、どこかくすりと笑える個性豊かな文章に変わりました。


読者を信じて、親しい気持ちで、自分の心を開いて書いていく。これがエッセイの「技」のひとつです。このような気持ちでつづられた文章は、読んだ人をリラックスさせ、親しみと共感の気持ちを呼び起こしてくれます。まるで文章を介して、会ったこともない作者と友達になったような気持ちにさせられます。

 

 

ところで、小説や論文に比べると気軽に取り組めそうな「エッセイ」ですが、エッセイとはいったい何なのかピンとこない人も多いのではないでしょうか。というわけで、エッセイとは何かということを自作のゆるいイラストとともに図示して解説していきました。
エッセイスクーリング風景1

 

 

エッセイには心の動きを書くことが欠かせません。心が書かれていないと、ただの行動記録になってしまいます。しかし、心の動きや感情を書くことは、みなさんが思っている以上に難しいのです。いざやってみると、全然できなくて四苦八苦。それもそのはず。自分の感情を表に出すことを禁止されて大人になってきたわたしたちは、特殊な訓練を積まない限り、感情の語彙が小学生レベルで止まっています。しかも、小学生のときよりも心は鈍くいろいろなことに感じにくくなっていますので、小学生以下です。リハビリが必要です。というわけで、学生のみなさんには、少々スパルタなリハビリをこなしてもらいました。

 

 

 

エッセイスクーリング風景2
こんな課題を次々と。

 

じゃあ、書いてくださいと言うと、すごい集中力で、もくもくと書き続ける学生のみなさん。
エッセイスクーリング風景3

手が痛くなるほど書かされて、頭から湯気が出るほど考えさせられて、次々発表させられて、あっという間の二日間だったんじゃないでしょうか。最後に推敲を経て完成したエッセイは、ひとつひとつの作品が生き物のように息づいて、書いた人のひととなりが見えてくるものに仕上がっていました。

 

 

書くことは、とてもしんどいです。でも、書き終わったときには、他の経験では味わえない充実感があります。大げさに言うと、生きていてよかったという気持ちがします。
なぜでしょうね。その答えは、わたしも探し中です。ぜひ、書き続けてそれぞれの答えを見つけてほしいと思いました。

 

受講生のみなさん、二日間おつかれさまでした。

 

寒竹泉美

 

 

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