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2018年5月31日  日常風景

【芸術学コース】作品の制作年と作品解釈について―横山大観筆《柳蔭》をめぐって

 みなさん、こんにちは。芸術学コースの三上です。今回は横山大観作《柳蔭》(図1)を例に、作品の制作年と作品解釈の関係について考えてみたいと思います。

 今年は日本画家横山大観の生誕150年にあたり、各地で記念の展覧会が開催されています。なかでも東京国立近代美術館の「横山大観展」は代表作を多く含む初期から晩年までの作品により、大観の作風をたどる充実した内容でした(本展は6月8日から京都国立近代美術館に巡回します)。大観が長い画業を通じ、いかに多くの作品を描いたのかを改めて感じました。

 さらに本展覧会はひとつの疑問を解決してくれました。というのも、本展でこれまであいまいだった《柳蔭》の制作年が大正4年であることが明らかにされたからです。以下、《柳蔭》の作品と制作年についてお話していきます。

 

 《柳蔭》は大正期の大観の代表作の一つで、大観作品の中でもかなりの大作です。

図1 横山大観《柳蔭》6曲一双、各195.4×545.4㎝、東京国立博物館蔵

図1 横山大観《柳蔭》6曲一双、各195.4×545.4㎝、東京国立博物館蔵(上:左隻、下:右隻)

 右隻の中心には柳の下でまどろむ童子が描かれ、左隻左から2扇目の上部では、童子の主人と思われる人物が歓談しています(柳の葉の奥で少し見つけにくいかもしれません)。柳の下で歓談する「柳陰清談」は、文人画でよく描かれてきた画題です。

 本作品のみどころはなんといっても作品全体を覆う柳の葉で、その前に立つと柳に包まれているような爽やかな気持ちになります。所蔵先の東京国立博物館でも、よく初夏の時期にあわせて展示されていますので、見たことのない方は、一度ぜひ実物を見ていただきたいと思います。その際は、作品の近くに寄って、柳の葉の大胆なタッチと、それと対照的な幹の細かな描写に注意してみてください。

 

 私が本作品をよく知るようになったのは大学院修士課程の時、明治から昭和初期にかけ、横浜で活躍した実業家であり、芸術のパトロンとして知られる原三溪(18681939)の研究を始めた時でした。修士論文で原三溪の古美術蒐集と近代美術家支援に取り組み、三溪自筆の史料の分析を行う過程で、本作品が三溪旧蔵品であり、特に三溪とゆかりの深い作品だったことが分かりました。

 本作品については、以前から伝周文筆《四季山水屏風》(東京国立博物館蔵、図2)と非常に似通っており、大観が《四季山水図屏風》からインスピレーションを得て《柳蔭》を描いたこと、原三溪による注文制作だったことが作品解説で指摘されていましたが、それ以上の検討はされていませんでした。

 

 

図2 伝周文《四季山水図屏風》室町時代、重文、6曲1双の内右隻、150.0×355.4cm、東京国立博物館蔵 

図2 伝周文《四季山水図屏風》室町時代、重文、6曲1双の内右隻、150.0×355.4cm、東京国立博物館蔵

 そこで両作品を詳しく比較してみると、《四季山水図屏風》右隻の左から二扇目(図3)には、柳の下で休憩する童子とその主人という、《柳蔭》と同じモチーフが描きこまれていたのでした。

 

図3《四季山水図屏風》部分

図3《四季山水図屏風》部分

 詳細は昨年刊行した拙著(『原三溪と日本近代美術』国書刊行会)を御覧いただきたいのですが、《四季山水図》は三溪旧蔵品の中でも名品の一つとして知られた作品だったことから、大観は《柳蔭》を制作するにあたり、注文主である三溪の所蔵品から一部を引用しつつ、金地に柳を画面いっぱいに描き、まったく違う印象の作品を作り出したことを論じました。

 ただ、当時《柳蔭》の制作年は大正2年頃、とされていました。ところが三溪の自筆の美術作品の購入記録「美術品買入覚」には大正4年購入と記載されていたため、大正4年の制作なのでは、と考えましたが、それ以上の検討はできませんでした。

 その後、大観が晩年のテレビ番組で、「大正2年に三溪園に滞在して制作した」と語っていたことから、大正2年制作であるとされ、しばらく大正2年説が有力と考えられていました。ですが、その場合、三溪が購入するまでの2年間、大観の手元にあったことになるのがなんとも不自然でした。

 大正2年制作説はしばらく続きましたが、先に述べた東京国立近代美術館の「横山大観展」図録の作品解説、年譜の記載によりようやく解消しました。年譜の出典に根拠となる資料(『絵画叢誌』336号、大正48月)も示されていることから、《柳蔭》の制作年は大正4年であると決着をみたわけです。その雑誌で、大観は横浜へ出かけ「一双六間の柳の大屏風」に高額な緑青(緑色の岩絵の具)を漲らせ、原氏に対する年来の約束も済んだ、と語っています。

 大正2年説も同4年説も、いずれも大観本人の談によるものですが、大正2年説は晩年の大観の記憶によるものですから、大正4年説のほうが有力であることは言うまでもありません。しかも三溪の購入記録にも大正4年とあるため、《柳蔭》の制作年は大正4年と結論づけられたのでしょう。

 

 以上のことから、絵画作品の制作年を決めるのはなかなか難しいものだ、ということがわかるでしょう。大観本人にとって、大正2年でも4年でも大した問題ではなかったのかもしれませんが、研究者にとって、作品の制作年は、作家の作風を知る上でとても重要なものなのです。展覧会で公表されていない作品の制作年を明らかにするのは難しいため、今回のように明確になるのはむしろ珍しいことかもしれません。

 なお、これまで刊行された作品集や図録では大正2年制作と記載されているものもありますから、年譜、作品、作家の情報は常に最新のものからチェックすべきこともわかりますね。

 話を《柳蔭》に戻すと、大正2年か4年か不明な時期には、大正2年に制作されたと想定した上で、大観が大正2年に没した岡倉天心を追慕して《柳蔭》のモチーフにその思いを込めて描いた、という論文も書かれています。

 私は《柳蔭》を大観が三溪のために描いたのだと理解していましたので、本論文を読んだときとても新鮮に感じました。近代の芸術作品は作者の意図を込めて制作するのが一般的ですが、《柳蔭》は注文制作であるがゆえに、私は三溪の存在を中心に考え、それ以上踏み込んで考えられなかったのかもしれないと反省するのと同時に、作品解釈がこんなにも自由な美術史という学問の面白さにも触れた思いがしました。

 さて、《柳蔭》の制作年が大正4年と分かった現在、この論文は無意味なものになってしまったのでしょうか。私はそうは思いません。もちろん論文の大前提となる制作年を修正した上で再考する必要はあります。しかし、《柳蔭》が三溪による注文制作であり、三溪のために描かれたとしても、そこに大観が自身の思いを込めるのは可能だからです(もっとも、先の大観のあっけらかんとした口ぶりからすると、そこに深い思いを読み込むのは難しいかもしれませんが)。もし大観が《柳蔭》に天心への思いを込めたとしたら、天心と旧知の仲だった三溪はむしろ喜んだかもしれないな、などと勝手な想像をふくらませています。

 

 以上、最近私にとって年来の疑問のひとつが解決しましたので、それについてお話してきました。作品を読み解く面白さを少しでもお伝えできたでしょうか。

 本学の芸術学コースでは、芸術学や美術史を学ぶ上で大切な基礎から応用までを学ぶことができます。みなさんにも、本コースで芸術学を学ぶ楽しさを知っていただきたいと思います。

 本学芸術学コースのスクーリング「芸術学Ⅱ-3 芸術史:日本芸術史の諸問題」では、原三溪と美術について詳しく講義し、受講生がそれを受けてディスカッションする時間も設けています。詳細は以前のブログでも紹介していますので、こちらを御覧ください。

 

 秋以降の入学説明会のミニ講義でも三溪について取り上げますので、興味のある方は御参加ください。また、三溪の作った三溪園を、新入生を中心にしたスクーリング「芸術学研修」で例年秋に訪れています。四季折々に美しい三溪園ですが、秋の紅葉は格別です。もし入学されたらぜひ御一緒しましょう!それではまた。

 

 追伸:ウェブマガジン『アネモメトリ』にも原三溪と荒井寛方について書いています。よかったらご覧ください。

 

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芸術学コース主催「第三回 芸術をめぐる(おいしい)お話の会」
1、「頭の哲学と肉の哲学(ロゴスとレンマ)-からだにやさしい哲学を求めて-」(梅原賢一郎)
2、「ヒトはなぜ絵を描くのか」(斉藤亜矢)

日時:2018年7月7日(土)14:00 ~ 17:00

場所:瓜生山キャンパス(教室は当日掲示)

※事前申込不要。参加無料。一般の方、他コースの方を含めどなたでもご参加いただけます。「芸術学コースでどんなことが学べるのか」「どんな先生から学べるのか」気になっているという方にもお気軽にご参加いただける雰囲気です。

 

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