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2019年2月9日(土)~2月17日(日)に開催された卒業展 / 修了展の様子をアップしています。 ご来場頂きまして誠にありがとうございました。 来年度は2020年2月8日(土)~2月16日(日)を予定しています。 どうぞお楽しみに!

2018年度の展示風景

京都造形芸術大学の卒業展・修了展の特徴とは?

京都造形の卒業展・修了展では、学生たちが授業や学生生活に利用している80,000㎡の大学キャンパス全体を使い展示を行います。
出品者は788名。次世代を担うアーティスト・研究者の作品を楽しみに、1万7000人を超える多くの人が訪れます。 卒業展・修了展を「アートフェア」としても展開。作品を購入することもできます。

開催概要

2018年度
京都造形芸術大学 卒業展 大学院修了展

期間
2019年2月9日(土) – 2月17日(日)
10:00-18:00
入退場自由 ※入場無料
会場
京都造形芸術大学 京都・瓜生山キャンパス

イベント

ご挨拶

京都造形芸術大学卒業展 大学院修了展は、東山連峰瓜生山の麓にあるキャンパスで開催されます。
学部の4年間あるいは大学院の2年間、学生たちは悩み、怒り、泣き、喜び、そして笑い、ひたむきに青春を駆け抜けてきました。「美とは何か」、「愛とは何か」、「いかに生きるべきか」を問い続け、それぞれの制作に取り組んできました。その集大成としての作品・論文が結集しキャンパス全体が一瞬の輝きを放つ美術館となる、それが本学の卒業展 修了展です。
展覧会が終われば、学生たちは社会に出ていきます。再び、別々の場所で自らの道を切り拓き、新たな輝きを生み出していくことでしょう。

この時、この場所には、788名の青春のかたちがあります。
そのエネルギーを体感し、メッセージを受け取ってください。
みなさまのご来場を心からお待ちしています

卒展委員長 荒川朱美

2018年度優秀作品

出展学科

卒業展、修了展では、13学科21コースに加え大学院の作品もご覧頂けます。絵画や立体だけではなく、マンガや小説、映画など幅広い分野で若きアーティストの作品を楽しめることができます。気になる学科、コースへ足をお運び下さい。

アクセス

京都造形芸術大学 瓜生山キャンパス
京都市左京区北白川瓜生山2-116
TEL:075-791-9122

2月17日(日)にお越しの方へ

2月17日(日)は京都マラソンが開催され、大規模な渋滞が予想されます。
下記手段でのお越しがオススメです。

京都マラソンに伴う京都市内の交通規制についてはこちらからご確認ください

※所要時間はあくまで参考としての標準時間です。マラソンによる交通規制等により所要時間は変わりますのでご注意ください。本学には駐車場がありません。車・オートバイでの来学はご遠慮ください。

美術工芸学科 油画コース

中澤 ふくみ【ある町A町】

人が神に取って代わる世界
人がすべてのものを想像する世界
ここでは人が人以外のものとも自由に交配できる
生活、労働、また娯楽の効率化、利便性の向上をはかるために
嬉々として自身の身体を変形させる
そのような世界に住まう人々の日常を描く

W100×D20×H70cm|和紙、墨、のり、アニメーション

コメント

墨絵という伝統的な描写で描かれたポストヒューマン的な人体は、膨大な数重ねられ、物体化される。その過程で失われた記憶はアニメーションとして示され、損壊と再生の物語が内容と形式の内に精緻に循環している。

美術工芸学科 池田 光弘

マンガ学科 ストーリーマンガコース

中野 紗季【シラセルモノ】

作品のコンセプトは「人はいつか最期を迎える、もし最期がいつかわかる世界ならば…」です。誰かの最期を変える物語です。

B5・80ページ|CLIP STUDIO PAINT EX

コメント

学長賞の本作は「すべての生なる者は死に抗えない…この世に生を受けたその瞬間から死に向かって生きていく…」と言うこの重く、救いのないモチーフをしっかりとした画力と卓越した構成力で正面から取り組んだ作品です。
そして人はなぜ生きるのか、と言う誰もが一度は感じる疑問にひとつの答えを提示した作品でもあります。
人は愛する人のために生きるのだ…失敗や後悔を重ねても、それでもなお「愛する者の為に生きる」護り護られ、天命尽きるその時まで頭(こうべ)を高く上げ、生きるのである。
それが作者の出したひとつの答えであり読者の誰もが共感できるものではないだろうか。
これは愛する者の命の尊さと絆を見事に纏め上げた秀作です。

マンガ学科 細井 雄二

キャラクターデザイン学科 キャラクターデザインコース

粟田 恭一朗・吉田 光希【カナンの塔】

スマートフォン上で繰り広げられるは、幾万の歯車が噛合う女神の塔が舞台の新感覚パズルゲーム。いくつもの歯車が連動する世界で 貴方は主人公である小さな石人形RUNEと妖精INEをその指先で正しい選択に導いてあげてください。

パズルゲーム|Unity Photoshop Illustrator

コメント

ゲームは「作り手と遊び手」「遊び手と登場人物」「遊び手と遊び手」という複雑な相互関係が様々なインターフェースによって連結されて成り立っている。このインタラクティブ性こそが総合芸術である。複雑に絡み合う歯車は社会そのもののメタファーである。歯車に翻弄される主人公ルーンを描くのではなく、プレイヤー自らが神の手となって歯車を操り、社会を突き動かしていく。そして数々の歯車を乗り越えてルーンは上の世界を目指していく。その様はまさに作家自身の社会への強い想いの表れであろう。四年間迷うことなく確固たる信念をもって邁進し続けてきたこの二人の芸術家には、これからもリアルな歯車の頂点を目指してほしい。

キャラクターデザイン学科 村上 聡

情報デザイン学科 イラストレーションコース

角田 麻有【new pop illustration】

ポップなモチーフやシュールなモチーフを画面上で組み合わせ独自の世界観を表現する。シンプルな構図の絵と複雑な構図の絵を大きな壁面の中にレイアウトすることにより、インスタレーションを作り上げる。

イラストレーション|W8000×D30×H3000mm

コメント

この作品にはコンセプトと言われるものは存在していない。イラストレーションにコンセプトは必要がないからである。イラストレーションのコンセプトは発注者が作るものである。イラストレーションに必要な要素は、アイデア、作者の世界観、テクニック、そしてコミュニケーション能力と時代性である。この作品にはアイデアがある。構図の面白さ、全く関係性のないモチーフを組み合わせる事により鑑賞者に謎解きのような思いをさせ、いつの間にかニヤッと微笑まされている。この作品にはコミュニケーション能力も備わっている。どれを見てもハッピーな気持ちを共感させる。そして時代性も!ここで言う時代性とは、世の中がアナログへ回帰しているという点である。そして、この作品が光って見えるのは、作者が描きたいものを描きたいように正直に描いたから、それが鑑賞者に伝わってくるからである。

情報デザイン学科 ヒロ 杉山

プロダクトデザイン学科 プロダクトデザインコース

東山 桐子【melt - 日常使いするための新しいプリンターの提案】

一般家庭では特定のタイミングでしか使用されてこなかったプリンターを、日常的に使用するような仕組みを考えました。それぞれのアプリからひとつのプリンターに家族の日記を印刷し共有することによって、新しいコミュニケーションの取り方を提案します。

家電、アプリケーション|W100×D190×H120mm|ABS樹脂、プリンターユニット、感熱紙、LEDライト

コメント

本作品は、家族間の仄々としたコミュニケーションを現出するトリガーとして、現下の潮流であるペーパーレス化に対してペーパープリントの新たな在り方を示す機器として提案されたものである。特筆点は、ともすればICT等の最新技術を活かした機器やシステムの応用に帰結しがちな考察を脱し、家族の暖かさを現出するコミュニケーションの在り方探求からペーパープリントが介在する可能性に着眼した企画と云える。加えて、具現化のために、ターゲットユーザーに合致した機器構成や親しみやすい造形表現と検証を踏まえたSNSを介したオペレーションなどで新鮮なコミニケーションツールに纏め上げた点は秀逸で、特性を活かした温かみを感じさせる内容に仕上げられており、高く評価したい。

プロダクトデザイン学科 植松 豊行

空間演出デザイン学科 ファッションデザインコース

佐子 朋美【MAISON D'PULSE 維管束冒険服】

MAISON D'PULSE(メゾンドパルス)は戦う服をテーマにしている。今期は維管束を旅する服。ありえない世界に誰しもが一度は憧れて、勝手に想像することもあるだろう。ただその世界の話だが、本と一緒に服、ジュエリーで世界観を演出した。

本、服、ジュエリー|【本】16枚364×257mm 【服】EUR 38SIZE

コメント

服は立体的なパターンテクニックでアーキテクチュアルなシルエットを見せながら、独特な素材をうまく組み合わせオリジナリティを演出し、絵本では絵、フォント、印刷技法にまでこだわりを見せイメージを膨らませた。維管束を冒険するというコレクションテーマを絵本という媒体を用いながら服、ジュエリーはもちろん香りに至るまで綿密に創り上げた世界観は圧巻である。ブランドとしてのイメージ、販売戦略、今期のコレクションテーマ全てにおいて細部までしっかりと設定されているお手本のような秀作である。いつでもブランドを始められるであろう彼女のこれからの活躍に大いに期待したい。

空間演出デザイン学科 伊藤 正浩

環境デザイン学科 建築・インテリア・環境デザインコース

猪花 茉衣【跡と共に生きる】

遺跡は掘り起こされた後、調査が終われば新たに開発される施設の為に破壊され、二度と復活することはない。姿を失ってしまう時のかたちをキャスティングすることで可視化させ、現代の街であるべきだった生きた歴史を保存し共存する為の提案である。

1/100 建築模型|W2000×D1500×H1000mm|スチレンペーパー、スチレンボード、プラ板、ダンボール

コメント

見たこともないものを現前化させ、そして瞬時にそれが受容され理解され、そして魅了してしまう、それが卒業制作の目指すところであり、醍醐味であると言えるだろう。猪花茉衣のこの作品はまさにそのようなものであった。古都京都の時間的積層性は、もちろん現存する個別の寺や庭などでも認識できるが、各時代の遺構発掘調査図を現在の地図に重ねると眩暈がするような網状組織性が現れる。開発の度に失われる痕跡をモノとして現象させ時空間の混成系を可視化する手法を、悔恨的・時代遡及的に提案したのがこの作品である。ともあれ、公開講評会における長坂常氏の「こんな場所があれば行ってみたい」というコメントはこの作品への最大の賛辞だった。

環境デザイン学科 小野 暁彦

舞台芸術学科 演技・演出コース

高橋 空【かわらせくんの研究(役者)】

某・世界最難関大学を首席卒業し、関わった研究には必ず飛躍的進歩をもたらしてきた伝説的研究者…かわらせくん!日々研究に励むかわらせくんは、ある日ふと気づく…自分が本当に知りたい真理は何であるのか、ということに。

コメント

「俳優の仕事」は、「自分」という場所から「演じる役」という場所まで、旅をすることだ。雨にも負けず風にも負けず山あり谷ありの道を旅するには、しっかりした計画、歩むための確かな技術と知識、そして、歩み続ける意欲と勇気と体力が不可欠だ。「かわらせ君の研究」での高橋は、見知らぬ場所を目指して旅に出た。旅の途中で、時に立ち止まって目標を再確認したり、時に道に迷って後退したり、と悪戦苦闘している高橋を目にした。しかし、常に果敢に立ち向かい、前向きだった。そして、常に知的で冷静だった。そして何より、常に楽しそうだった。結果として、誰よりも遠い遠いゴールに見事辿り着いた高橋を高く評価したい。

舞台芸術学科 平井 愛子

こども芸術学科 こども芸術コース

中島 萌香【故郷とわたしのつながり】

わたしは故郷の兵庫県宍粟市が好きだ。そこにいる人、ある自然、思い出はわたしの宝物であり、成長させてくれたものでもある。そんな故郷の人々と関わり、故郷の植物や和紙を使って、ちぎり絵で大好きな風景を描いた。

平面|W1822×H1350mm|紙、植物、浸染用液、障子用のり

コメント

眼下に広がる田園、山、そして、見上げれば果てしない空。変わりゆくもの、変わらないもの、変えたくないもの。そこに立つ「私」を育んだふるさと。いつも、ありのままの私をうけいれてくれたこの大地。ふるさとの自然との対話をくりかえしながらできたこの作品からは、ふるさと、自然への畏敬、感謝、そして人と自然との共生を感じる。
素材には地元の和紙を使い、染色も地元の草木で行っている。京都での学びを終えた後は、ふるさとへ帰って恩返しをしたいという。「私」と自然との対話に終わりはない。

こども芸術学科 浦田 雅夫

文芸表現学科 クリエイティブ・ライティングコース

石川 悟【伝播通信】

コメント

著者が2017年から翌年にかけ、タイ、カンボジア、ミャンマー、インド、ネパールをめぐった旅行記。筆舌に尽くしがたいヴァラナシの光景、インドの物乞いの少女、カンボジアのトゥクトゥクの運転手はじめさまざまな人々との出会い、姿を消したカトマンズで食堂を営んでいた家族──印象に残る場面は枚挙に暇がないが、本作を通読して驚かされるのは、旅の魅力を十二分に感じさせてくれるこれらのエピソードを、ひとつのテーマのもと、旅行記というひとつの作品としてまとめた筆者の力量である。そのテーマとは、「人はなぜ旅をするのか」。読者は旅の経験だけでなく、著者が問い続けるこの問いをも共有する。そして旅へと誘われるのだ。

文芸表現学科 河田 学

アートプロデュース学科 アートプロデュースコース

川名 佑実【衣服における「第二の皮膚」概念の系譜とその更新のあり方 ―ISSEY MIYAKE《Tattoo Body》から《A-POC》、そしてSOMARTA《Skin》へ―】

コメント

1980年代から1990年代の日本では、ファッションを批評する言葉の一つとして「第二の皮膚」という概念が鋭い切り口を提供していた。その後この概念はいかなる意味内容の変遷を遂げ、今でもなお批評言語として有効なのか。こうした問いの解明に取り組む筆者は、「第二の皮膚」を語る言説と「第二の皮膚」を体現した衣服との間を往還しつつ、現在における「第二の皮膚」概念の限界と可能性を剔抉する。ファッション批評の現状に一石を投じたいという批評意識にも貫かれた意欲的な学術論文である。とりわけ、SOMARTAの《Skin》を実際に身につけその肌触りから説き起こしたことは、観念的な議論に走りがちな筆者にとっても大きな挑戦だったにちがいない。

アートプロデュース学科 阿部 将伸