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アートライティングコース

2019年05月15日

【アートライティングコース】「利害を離れた、見識のある観客が、絵筆は執らなくても、生来の感覚で判断し、規則に拘泥することなく行う批評」(E.ラ・フォン・ド・サン=ティエンヌ、1747)

この春、通信教育部にアートライティングコースが開設されました。「アートライティング」とは、芸術にかかわる著述を指していて、批評、評伝、記録資料など、さまざまなジャンルを包含しています。このコースは、各地の大事な文化芸術を発見し、語り伝える人材を育てることを目指して作られました。

しかし、ネットで手軽に情報発信できる今、ブログやSNSでは文化や芸術についてのコメントが溢れかえっています。わざわざ学校で学ぶほどのものでしょうか。

もちろん、大学で学ばなくても作品の批評や感想を述べることは誰にだってできます。またそうあるべきです。しかし、大学でアートライティングを学ぶ意味もたしかにあります。それはおおまかにふたつの点からそうです。

ひとつには、ある時代、ある地域の芸術は、それ固有の文化的な文脈を持っています。それにアプローチするには、いろいろと芸術の歴史や研究方法を学ぶことが有効です。いま現在の目線ですべてがわかるわけではありません。10年前のファッション、20年前の音楽だって、もう当時の意味がわからなくなっています。明治時代の版画とか、カリブ海のニシン料理などについては、なおのことそうです。それらを正当に理解しようとするためには、ちょっと地味ですが、資料の掘り起こしからはじめなくてはなりません。

もうひとつには、自分の意見を語るということが、実は案外むずかしいということがあります。大きなメディアのキャッチ・コピーや権威ある(ようにみえる)著名人の発言などに、いつの間にか自分も同調してしまいます。また意地悪な、あるいは感情的な反応が怖くて、自分の立場や主張を差し控えてしまうことだってあります。アートライティングコースでは、他者の意見を受け入れつつ、そのなかできちんと自分の意見を述べていくための練習も行います。



冒頭に掲げた言葉は、近代の批評家の嚆矢のひとり、フランスのエティエンヌ・ラ・フォン・ド・サン=ティエンヌ(Étienne La Font de Saint-Yenne,1688-1771)のものです。『フランスの絵画の現況に関するいくつかの原因についての考察』(1747)の序文に記されています。絵画評はそれまで専門的な職業画家や目利きが行っていたのですが、ラ・フォンは、アマチュアとして、一般観衆として、1746年にルーヴルで展示された絵画の批評を行います。そのことで画家たちの顰蹙を買うことになるのですが、それをあらかじめ見越して、自分の批評の必要性を語っています。そしてそこではあまりに技術的な規則を云々するよりも、偏見無く自分の感性でものを見ることの重要性を語ります。一般公衆の意見がしばしば不公正で予断に満ちているという危険性は十分に認めつつ、それでも批評の意義を説きます。

「自分自身の判断に他人のそれを従わせることほど馬鹿げたことはないだろうが、しかし他方で、批判的な、しかし謙虚で、激情や個人的利害なしの省察を示して、作者たちに短所を気づかせ、より一層の完璧さに向かうよう励ますことができれば、芸術や文芸の進歩にきわめて有益だろう。」

利害を離れた、見識ある意見はなかなか難しいものではありますが、大切なものです。

 

自由に発言するということは、近代になって当たり前になった、ただし非常に貴重で大事に扱わなくてはいけない権利です。政治的な権利でもありますが、政治と比較してもなお一層、明瞭な形でそれを体現しているのが、芸術という文化です。そして本コースは、まさにその文化を支える書き手を世界中に送り出そうとしています。乞うご期待!

 

(写真中の版画は大岸美香氏提供)

アートライティングコース|学科・コース紹介

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