本文へ移動

朴の花咲く頃

日本画コース 土谷 規子

コース奨励賞

162.4 × 112.4 cm
紙本 / 岩絵具、水干絵具、墨、膠、金砂子

 6月の札幌、爽やかな風を感じての日課である犬の散歩は殊更に楽しい。散歩のコースは近くの平岡公園。高速道路が公園を二分するように突き抜ける。普段は、手前の運動広場や遊具広場がある方の比較的人気の多い遊歩道や原っぱを散歩している。時折、気が向くと高速道路の向こう側まで出かける。片道30分程度なので、犬を遊ばせて戻って来るにはちょうど良い散歩コースである。そこには梅林があり、梅の花の頃は、一週間ほど『梅まつり』が行われ多くの人がお花見に集まるが、それ以外はあまり人の姿はない。
 6月のある日、お散歩日和に心が弾み梅林まで足を延ばしてみた。梅の花はとうに散って、趣のなくなった梅の木の横に大きな朴の木を見つけた。新緑の頃、朴の木は若々しい葉をひらひらと風に揺らしている。虫食いはわずか。芳しい香りが漂っており、それは朴の花の香りと知る。通常背が高くなる朴の木は花を咲かせても、はるか上方にあるため気づかれないことが多い。その大きな朴の木は、斜面に沿って幹が伸び、枝を伸ばしている。斜面を登った途中のちょうど人の目線の高さに白い可憐な花を咲かせていたのだ。その白い花は、朴の葉が茂る中に実に奥ゆかしく控えめに咲き、その香りは鈴蘭のように芳しいのである。開花は2週間くらいであろうか。何度も写生に足を運んだ。その後の本画制作では、思い通りの色に辿りつけず、迷いに迷い苦しんだ。大きな朴の木の幾重にも重なる若い葉の鮮やかな新緑をみずみずしく描くことができたであろうか。そして、そこに佇む我が家の犬の背中が、揺らめく朴の葉に色を添えることができたであろうか。背景の色や地面の影や空気のさまが邪魔をしないでいることを祈る。
 堀辰雄の小説に「朴の咲く頃」があることをこの度知った。あの文豪が朴の木のことを小説に書いていたとは知らなかった。恐れ多くも、堀辰雄の小説のタイトルにあまりに似ているが、ここは勘弁してもらい使わせて頂こうと思う。
 この絵の朴の花の香が観る人の心に届き、若い朴の葉の揺らめきとそこに佇む我が家の犬の満たされた心が伝わりますように。

土谷 規子

日本画コース

このコースのその他作品