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ふれる

写真コース 塩澤 朋子

 日本語には、主語を置かなくても成り立つ文が多い。
「私が見る」「私が感じる」と明示しなくても意味が自然に通じてしまうこの言語のあり方には、「私」と「世界」を厳密に切り分けるよりも、両者がゆるやかに連なっているという感覚が、日常のうちに織り込まれているように思える。
私はその感覚を、写真表現の過程に重ねている。  

制作のなかで身体を動かすとき、外にある光と、身体の内側に生まれる感覚とは、いつのまにか区別がつかなくなる。

世界と身体がまだ完全には分かれきらない緩やかな流れの途中で、そこに定まった意味を与えるのではなく、ほどけ続ける輪郭のなかに身を置いている。


世界と私を写真によってグラデーションでつないで見せる。

塩澤 朋子

写真コース

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