
本作は、高校三年生の少女が、余命僅かとなった祖父との関係に向き合うことで自分のルーツを辿り、ひと夏をかけて自分を見つめなおしていくような物語です。
幼いころ、夏休みに訪れていた祖父母宅や周辺の田園景色が、原風景のようにずっと私のなかに染みついています。それをどうにか形にしたく、少しずつ取り出すように執筆しました。
本作の構想は中学生のころから頭の隅にありました。ですが、年を重ね「あの夏」を体験していた当時の年齢から遠ざかるにつれて、私のなかの原風景はぼやけてきてしまいました。また、自身の経験不足もあり、主人公と祖父との関係をどう描いたらいいかわからず、長年執筆できませんでした。
今回、卒業研究として執筆に取り組むことで、指導担当の先生方からの問いやアドバイスを受け、登場人物たちの自分だけでは気づけなかった側面や関係性を見い出すことができました。それによって、ぼんやりとしていた自分のなかのイメージを少しずつ描写にしていくことができ、同時に、ただ夏の景色だけでない物語にすることができたかなと思います。
芸術学科 - 文芸コース
鈴木里歩【学長賞】
東京都
夏の余韻
≪要約≫
<作品の狙い>
幼いころ訪れた祖父母宅や周辺の田園風景、山並などが、原風景のように私のなかに染み付いている。そこでの夏の体験や空気感をもとに本作の執筆に至ったことから、夏特有の気温や音、匂いや感触などを場面ごとに細かく描写した。
自身が高校時代に進路などで思い悩んだ経験から、子どもから大人に成長していく微妙な年頃の少女が悩む姿を描きたいと思い、主人公を高校三年生の少女とした。ファンタジー要素を交えながらも、悩む姿や迷う姿を等身大に描くことで、主人公・穂積が読者に共感され、好意を持ってもらえるキャラクターになるよう工夫した。
祖父と秋津という二人のキャラクターについても、主人公にとってかけがえのない存在であること、主人公を庇護する立ち位置であることが読者へ伝わるようにストーリー上での役割を持たせた。物語展開も、二人との別離=主人公の成長と捉えられるようなものにした。
一方、いとこの菊太については秋津とは対照的な存在として穂積をサポートするキャラになるように、おばや友人みのりについては、祖父や秋津がいなくなった後に穂積を支える存在になるようにそれぞれ構想し、描いた。
<作品の抜粋>
どうしてみんな、笑ってるんだろう。
手を引かれながら古ぼけた赤い鳥居をくぐると、そこは光にあふれていた。神社の前の道いっぱいに人がいる。道の左右にも、いくつもの屋台がぎゅうぎゅう肩を並べていた。すっかり暗くなった夜の森のなかをオレンジ色の光がぴかぴか照らしている。屋台の先に吊るされた裸電球の光だ。時折、ガだかハエだかわからない羽のあるちいさな虫が、ぢぢぢぢ、と電球に寄って行っては、ぐるぐる店先を回っていた。(略)
きゃらきゃらという笑い声が、私の横をすり抜けて、夜空に響いて行った。すれ違う子たちはみんな、誰も彼も、楽しそうに笑っている。どうしてみんな、笑ってるんだろう。パパもママもいなくなっちゃったのに、そんなことは私以外の誰にも関係ないみたい。
「穂積」
まだ聞きなれない声が私を呼んだ。おそるおそる振り返ると、おじいちゃんが私を見ていた。おじいちゃんはその場にしゃがみこんで私と目を合わせると、うん? とにっこり笑って首を傾げた。
「なにかいいものあったか?」
「……わかんない」(略)
ちいさく首を振ると、おじいちゃんはちょっとだけ悲しそうな顔になった。
すぐそばには、この通りに並んだなかでもひときわまぶしい屋台があった。オレンジ色の裸電球のほかに、それよりは小さく、カラフルな光がたくさんついている。きいろ、ピンク、きみどり、みずいろ。色とりどりなそれに目がチカチカした。
よくよく見てみれば、それはまるい輪の形をしていた。光るプラスチックの輪っかが、店先にいくつもぶらさがっていたのだ。(略)やがて、おじいちゃんがまた私の前にしゃがみこんで、なにかを差し出した。それはただのプラスチックの細い棒だった。
「光ってない」
「輪っかにするんだよ。ぱきんってやってごらん」
ぴかりともしない棒を前に頬を膨らませていると、おじいちゃんの手が私の手に添えられた。(略)
ぱきん。かるい衝撃とともに、なにかが折れた音がした。とたん、さっきまでただの棒だったものが、ぼんやりと淡い光を放ち始める。店先に並んだものよりもいくらかちいさいその光は、うすむらさき色をしていた。
「わあ、きれい」
「きれいだな。穂積、紫色は好きか?」
「わかんない」
わからないけど、好きかもしれない。そう続けると、そうかそうかとおじいちゃんはにこにこ笑って、なんどもうなずいた。
「じいちゃんは、この色がいちばん好きなんだ」
ほら、貸してごらん。そう言って私の手から輪っかを取り上げると、おじいちゃんは、私の手首にそれをはめてくれた。(略)
「やっぱり、子どもは光るものが好きなんだな。藤時も、小さいころそういうのが好きだった」
おじいちゃんの声は、わっと激しくなったお囃子にかき消されてしまった。聞き返そうと、腕を振り回すのをやめておじいちゃんに向き直る。
ぽふり。私の頭に手を置いて、おじいちゃんは言った。
「子供と虫は光に集まるんだぞ、穂積」
なあにそれ、と笑った私とは対照的に、おじいちゃんは、なんだか急に怖い顔になってしまった。そうしてもう一度、おまじないのように繰り返した。
「いいかい、ようく覚えておきなさい、穂積」
子供と虫は、光に集まるんだ、と。