01 大学院に進んだ理由
舞台芸術と絵本。
これまでの学びがひとつになった、
新たな表現。
シルク・ドゥ・ソレイユの舞台に衝撃を受けて、韓国の大学で舞台芸術を学びました。舞台は総合芸術で、制作に関わる人も多いため、もう少し1人でじっくりつくることと向き合ってみたいという気持ちが起こってきました。卒業後、京都で日本語を学びながら1年間を過ごし、「京都に残りたい」「自分の物語をつくってみたい」と思い、本学の修士課程に進学。今の社会現象や日常で感じた疑問をテーマに、絵本の制作に打ち込みました。しかし、いざ自分の物語を書こうとしても、自分が何をつくりたいのか、それをどう表現したらよいのかが、なかなか見えてきませんでした。修了制作展で絵本をより楽しんでもらえる展示の方法を考えるうちに、「読むときや場所、状況によって、読み手の受け取り方も変化するのではないか」という着想を得ます。本を空間へと展開する作品をつくり、論文にまとめてみたい。そう考えて、博士課程へ進むことを決意しました。
02 大学院での学び
能動的な「鑑賞者」が
「読者」に変わり、
「役者のいない戯曲」がはじまる。
博士課程では、著名な戯曲のテキストを空間に配し、鑑賞者が自由に、能動的に動きながら「役者のいない戯曲」を体験する作品を制作しました。鑑賞者はまず読者となり、テキストからの情報と、空間から感じられる様々な情報とを同時に読み込み、頭の中で「新しい文学」をつくっていく。舞台であれば役者が声や体を使って一つひとつの場面を表現します。そのプロセスを頭の中で行うことで、読者自身が役者になります。作品『桜の園』は、展示会場の「和中庵」に戯曲のイメージを感じ取り、障子にセリフの一部を入れました。『オイディプス王』のテキストを貼ったビニールカーテンを何枚も連ねた作品『YOUR TRAGEDY GAVE ME THE COMFORT』では、人との間に幕1枚を挟むことで安心するという、コロナ禍の不思議な現象を取り込みました。
03 現在の活動
作品を裏付ける論理の確立が、
制作の原動力になった。
修士論文と博士論文があったからこそ、私は作品をつくることができたと思っています。私はもともと、じっくり考えて納得しなければ、つくることができない性格でした。頭の中でおぼろげなイメージにとどまっていたものを、できる限り明確な言葉に落とし込み、どう人に伝えるかを追求することで頭の中が整理され、納得して制作に向かうことができるようになりました。論文が書けると制作が進み、制作が進むと論文が書ける。一歩一歩交互に踏みしめるように歩き続けて、自分の世界が広がったと感じています。この経験を通して、「これからも研究・制作を続けていきたい」「将来は大学で論文を指導できる人になりたい」という新たな目標が見えてきました。
04 大学院の特徴・メッセージ
作品をつくり続けるために、
一から自分の目で見つめ、
考える力を養う。
私が大学院で得た一番大きなものは、「考える力」です。大学院では、研究する内容はもちろん、その方法や手段、スケジュールもすべて自分で考えなくてはなりません。研究が行き詰まった時も、打開策は自分で見出すしかない。それには柔軟に物事と向き合える「やわらかさ」のようなものが求められます。大学院ではご指導いただいた先生方の考えのやわらかさに驚き、同時に自分の頭の固さに気づかされました。「これが当たり前」という考えを脇に置いて、一から自分の目線で見てみると、今までとは違う側面が見えてくる。それが研究や制作に反映されます。私たちは誰かに頼まれたからつくるのではなく、つくりたいものを制作する原動力を、自分自身の中から出し続けなければなりません。大学院は、その格好の鍛錬の場だと思います。
姜 亞妙
芸術研究科 芸術専攻 2020年度修了
韓国の大学で舞台美術を学んだ後、本学の大学院へ進学。修士課程では絵本の研究と制作に取り組み、読書と展示を組み合わせた独自の作品に辿り着く。博士課程ではその研究をさらに進め、博士論文『芸術体験としての「読書行為」における読者の役割』を執筆するとともに、空間に戯曲のテキストを配し「役者のいない戯曲」を体験する作品を発表。主な作品に『ゴドーを待ちながら356』『桜の園』『YOUR TRAGEDY GAVE ME THE COMFORT』などがある。
博士課程 Doctoral Course
新たな挑戦の3年間
博士課程へ進学をする人は、多くの場合、自分自身で新たな道をきりひらくことができる力をもっているはずです。にもかかわらず、博士課程に進学するのはなぜなのでしょうか。 ここには、3年間という時間を使って新たな挑戦をする機会と、その挑戦意欲を育てる環境があるからでしょう。実際、本学の博士課程は、これまで誰も踏み込んだことのない、新しいテーマを追求し、そして成果を世に問うてきた人を多く輩出しています。 博士課程の学生に接する教員たちは指導者であると同時に、現役の制作者や研究者として、新しいものを生み出すという目標をもち続けています。この点からすると、学生と教員は同じ立場にあるわけです。教員は学生一人ひとりと向き合い、意見を交わし、新しいものをつくりあげていこうとする学生の良きアドバイザー、という姿勢をもっています。 博士課程進学者は、こうした機会を存分に活かして、自身を大きく成長させて欲しいと思います。