芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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ル・コルビュジエの設計になるロンシャンの礼拝堂(撮影:筆者のiPhoneによる)


ロンシャンの礼拝堂にて


 一昨年(二◯一六年)の夏、ル・コルビュジェが設計したロンシャンの礼拝堂を訪れた。フランス西部のフランシュ・コンテ地方にあって、パリからだと新幹線TGVと在来線を乗り継いで五時間ほどかかるだろうか。スイス、チューリヒからだとバーゼル経由で三時間ほどで行ける。チューリヒの東にあるザンクト・ガレン修道院の附属図書館にも行きたかったので、スイスを拠点にすることにした。
在来線のロンシャンは無人駅でしかも乗降客は一人もいなかった。ぶらぶら歩いて村に入り、宿に荷物を置いて主人に聞くと、山の上の礼拝堂まで近道で二◯分だという。森の中の山道を登って、急に視界が開けるとそれはあった。
この礼拝堂は、もともと巡礼の地であったロンシャンに中世に創建されたものだが、第―一次世界大戦時にナチス・ドイツの空襲で破壊された。戦後、村人たちと神父が再建を企て、ル・コルビュジエに設計を依頼し、一九五五年に竣工した。ル・コルビュジエは機能性と合理性を追求したモダニズムの建築家だが、この礼拝堂はその作風から少し離れて、ポスト・モダンっぽい味わいがある。上部に反り返った灰色の大きな屋根を、どっしりとした外壁が支えている。外壁は化粧漆喰で白く塗られており、ところどころにランダムに窓が穿たれている。礼拝堂の正面から見上げると屋根は巨大な蟹の甲羅のようにも見える。南側にはル・コルビュジェが抽象画を色彩豊かに描いた回転式の扉があるが、そこからは入れずに裏の通用口から内部へ入る。
内部はいっさい照明器具を使っていない。だが、分厚い壁の奥に開けられたあちらこちらの窓からの外光が、壁の通路の中で散乱して堂内を柔らかに照らす。正面の祭壇を前に八列の信徒用のベンチが据えられているが、これもル・コルビュジエのデザイン。尻にしつくりと馴染む曲線をそなえる。
普段着姿の男性―一人、女性二人が現れ、祭壇左側の聖歌隊席に上がった。宗教的な行事とは関係なく、愛好家の練習のようにも見えた。モーツァルトの、たった四十六小節の合唱曲(モテット)「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を歌い始めた。私は無信仰者なのだが、この宗教合唱曲を聞くたびに、いつも込み上げるものがあって、喉が詰まってくる。午後二時から二時間もこの礼拝堂で過ごしてしまった。