芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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アルジェのウアリ・ブーメディアン空港にて


フライング、フライング。


 もう十数年前のことである。アムステルダムのスキポール空港を歩いていると、"FlyingDutchman"という垂れ幕がひるが『
えっていた。「フライング・ダッチマン」とは、十八世紀イギリスで記されたオランダの幽霊船伝説だが、リヒャルト・ヴァーグナーの楽劇『さまよえるオランダ人』DerfliegendeHollander (一八四二年)で今も世に広く知られている。勿論、オランダの航空会社のマイレージなので、そのまま「空飛ぶオランダ人」にかけた洒落である。
垂れ幕を見ながら、「さすがはかつて大航海したオランダ人。オランダ人たちは今も空を飛んでいるのか」と感心した。アタッシュケースを手にして空中飛行する背の高いオランダ紳士の図が思い浮かんで、本当に世界を股にかけて、いそがしいことだなぁ、と嘆息したその瞬間、あら不思議。なんとオランダ人の姿がいつのまにか大きな鞄を抱えてスクーリングにやってくる通信教育部生たちに置き換わった。あぁそうか!通信で学ぶみなさんもフライング。異郷の空を行き来して、鞄を抱えて旅をする。フライングの旅が続くのもご苦労さま。ときどき休んでお茶でもしましょう。やがて気がつくと、「フライング・カフェ」という催しがはじまっていた。「空飛ぶカフェ」あるいは「さまよえるカフェ」なので、教員と学生が居合わせたらどこでもカフェだ。いまも複数の学科で続いている。
「フライング」には「慌てた」というような意味があるせいか、日本では規則違反の早まったスタートという意味で使われることもある。フライング・カフェも入念な準備をせずに始めた当初はフライングだったかもしれないし、うっかり勢いで入学してしまった学生もフライングを後悔しているかもしれない。しかし人生、飛び出すことが必要な時だってある(一応、右左は確認したほうがよい)。
そういえば、これまた昔、アラビア語は勿論、フランス語もろくに話せないのに、調べたいことがあって意を決し、アルジェリアに行ったことがある。案の定、飛び込んだ異国ではいろいろハラハラさせられた。どうにか無事に用事を済ませ、ほっとして帰りの空港でカフェに入りお茶を飲む。ふと気づいたら、何とその店の名は「フライング・カフェ」。