ひみつのアトリエ

この村に生息する本学教員は皆個性豊かな表現者であり研究者です。彼らにとって大切な「ひみつのアトリエ」を紹介します。普段なかなか見ることのできない先生方の素顔、意外な一面が見られるかもしれません。また、みなさんにとって何かしらのヒントが見つかるかもしれませんね。
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川村悦子

洋画コース教員


 芸大を卒業したのは遥か昔、もう40年も前になります。卒業後アトリエをどう確保するか、私もずいぶん苦労しました。芸大生の頃は四畳半一間の下宿で寝起きしながら描いたこともありましたし、アトリエにまつわるエピソードは事欠きません。現在は自宅真横の敷地にアトリエを構えて10年が経ちました。タイトルにあるような秘密めいたことは何にもないのですが、アトリエは自分の分身のようなもので公開は赤面します。いろいろな画家のアトリエを拝見する時、そこには画家の性格や精神が垣間みられるようで興味深いのですが、反面絵の鏡のようで怖いです。従って今回はアトリエでの仕事や私の道具たちを紹介しましょうか。 
最初の写真①は絵の下塗をしているところです。制作に入る前の下塗は最も楽しい作業の一つで気持ちよく刷毛はすべり、画面はまっさらで奇麗です。ここに何を描くのか(それは置いといて)、遠足前の眠れぬ子供のように下準備の時は心弾みます。これから始まる悶々とする時間を前に入念な準備体操って感じです。写真②はパレットナイフ。画材のなかでこれだけが何処にも散逸せずに、40年間ずっと私の傍らに居続けています。元は左右対称の形でしたが、すっかり磨り減って鋭利なナイフのようになりました。私の大事なお守りになっています。写真③のこれらの筆は安価なもので、加筆用の筆ではなく、下塗用でもなく、固くて毛先のしっかりした先端部を下にして叩くように使います。何のため? 作者一人の妄想ですが、この筆で画面に空気を吹き込むためです。絵に何層もの白くて半透明の層を敷くことで、私なりの絵画空間を模索します。人様には勧められない手法ですが、素材や道具との長い対話のなかで生まれたものです。アトリエで過ごす時間は潤沢にあるわけではないのですが、それだけにここに入ると、もう一人の自分に会えるようで私に取って至福のときなのです。