ひみつのアトリエ

この村に生息する本学教員は皆個性豊かな表現者であり研究者です。彼らにとって大切な「ひみつのアトリエ」を紹介します。普段なかなか見ることのできない先生方の素顔、意外な一面が見られるかもしれません。また、みなさんにとって何かしらのヒントが見つかるかもしれませんね。
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早稲田大学 中央図書館


金子典正

芸術学コース教員


 大学院時代、研究に必要な本を思うままに好きなだけ買うことは当然できなかった。恩師の研究書と最低限必要なものだけを購入し、あとはもっぱら大学の図書館を利用していた。自分の研究に役立つ論文を大量にコピーし、あるいは腕がもげそうになるほど本を借りて帰る。「美術史は体力勝負だ」とよく言うが、いま思い返すと、われながらよくやったなぁ~とつくづく思う。
 そうした時期が大学院を出たあとも長く続いたため、いつのまにか図書館のどこにどの本があるのかをすっかり覚えてしまった。図書館自体が自分の書斎のようであり、それはそれで快適で、時間が許す限り調べものを続けられた当時がいまではとても懐かしい。地下二階の研究書庫から三階の雑誌書庫まで何度も往復し、本や論文に囲まれながら一つの真実を追い続ける時間は至福の時間なのである。
 やがて研究助成金や研究費が得られるようになると、ある程度本が自由に買えるようになった。我慢してコピーで済ませていた数々の名著が、背表紙を並べて自分の本棚に並んでいる光景を初めて見た時は、それはもう神々しく、嬉しくて、それだけでなんだか自分が少し偉くなったように感じたものだ。一冊、一冊、欲しかった本が本棚に増えていった頃、自分の研究が大いに進んだ記憶がある。常盤大定、中村元、山崎元一、山崎宏、塚本善隆、宮崎一定、出石誠彦、小杉一雄、安藤更生といった当時購入した本はいまでも宝物であり、わたしの研究の出発点でもある。忙しい日々を送っていても、そうした本棚の本をみると、この道を志した頃の自分を取り戻す。自分らしく生きることを教えてくれる。なんとありがたいことか。
 時間があるときにじっくり読み直してみると、以前は気付かなった研究のヒントが山ほどころがっている。50年前に比べれば、現在の出土遺物の量は比較にならないほど増えている。いまある材料でもう一度本質的な問題を考え直す必要性を恩師は日頃から口にしていた。まだまだやれることは残されている。これからも粘り強くひとつひとつ丁寧に考えて行きたい。