芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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西湖からみた雷峰塔


西湖


 中国浙江省杭州市にある西湖は、古来より風光明媚な景勝地として名高く、多くの文人墨客に愛されてきた。西湖十景の第一として有名な「蘇堤春暁」は蘇東坡が築いた堤防に植えられた柳と桃の木が織りなす春の景色であり、五月には白楽天が築いた白堤の柳の新緑が湖面に映える。夏になると「西北風荷」で有名な湖畔の曲院周辺に群生する蓮の華が一斉に開花し、あたかも浄土のような光景が目前にひろがる。こうした西湖の蓮を題材とした京都の夏のれんこん菓子が和久傳の「西湖」であり、その独特の食感を知っている人は多いだろう。
 西湖は清朝になると北京に住した歴代の皇帝たちが江南の水と緑に憧れて何度も訪れるようになった。それに目をつけた江北揚州の塩商人たちが皇帝に揚州も気に入ってもらおうと地元に西湖さながらの湖をつくり、その長細いかたちから痩西湖と名付けた。西湖にこだわったところが面白いが、揚州といえば奈良唐招提寺を建立した鑑真和上の故郷であり、東山魁夷は痩西湖の美しい湖畔の柳が並ぶ景色を御影堂の障壁画に描いた。毎年六月五日〜七日に鑑真和上像が特別公開されるが、そのお厨子を安置する松の間の「楊州薫風」がそれである。痩西湖を訪れると、実景と「楊州薫風」が見事に重なり、想いは一気に唐招提寺へと誘われる。
 わたしが専門とする仏教美術にとっても西湖は大変重要である。十景のうち「雷峰夕照」で有名な雷峰塔の塔址から銀阿育王塔と呼ばれる特別な舎利容器が二〇〇〇年に発掘された。高さ三五・六センチ、従来知られている同形の舎利容器の約一・五倍の大きさで、銀製に鍍金が施された豪華なつくりであることから、呉越王の銭弘俶が開宝元年(九七七)に本塔を創建した際に納めたものと考えられている。この舎利容器は自分の研究にとって必要なことから数年前から西湖を何度か訪れるようになったが、回数を重ねる度にこれまで学んできたことが見事に繋がり、旅の楽しみが増えるばかりである。芸術を研究する醍醐味とは、そんなところにもあるのだろう。