芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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「NASA Graphics Standard Manua|」1976年発行 (NASA公式ウェブサイトより引用 https://www.nasa.gov)


ワームとミートボールの宇宙旅行


 クラウドファンディングサイトで書籍を入手した。クラウドファンディングとは不特定多数の人がインターネットを経由し組織や個人に資金協力することである。活動や研究への支援という幅広い意味があるのだが、今回のケースを簡単に言うと、クラウドファンディングサイトにAさんが参加「こんな製品を作りたい。一口いくらで出資しませんか?」と呼びかけ、目標金額に達すると出資者にAさんから製品が届くという購入型プロジェクトである。見込み生産システムが主流である日常のなかで、適切なコ ストで独創的なアイデアを形にできる受注生産の仕組みは新鮮で魅力的だ。 二0一五年にプロジェクトをフォローし翌年春に届いたものは『NASAGraphics StandaManual』という米航空宇宙局(NASA)が七六年に発行したグラフィック使用規格書の復刻版である。アポロ計画以降の一九七四年に生まれた「ワーム」と呼ばれる赤い曲線のロゴタイプを中心に、指定カラー、使用書体、印刷物のグリッドフォーマットなど、オフィス用紙からスペースシャトルまであらゆる媒体でのデザインルールを網羅したグラフィックスの解剖図とも言える。眺めているだけでもうっとりするが、当時の僅少な発行部数を考えると貴重な内部資料であろうことに興奮する。この「ワーム」 ロゴとは一九九二年でお別れとなるが、約四半世紀ぶりの帰還を喜び九千人近くの出資者が集 まった。ロゴやマークは組織や団体にとって非常に大切なものである。組織の思想や理念、戦略など多くの情報が凝縮された視覚言語であるため、細かな点でもイメージがぶれるような誤った使い方は許されない。また、外部に発信することのみならず内部の意識を高めるためにも機能する。共同体に帰属意識を保たせ、他者と差別化を図るためのシンボルとしてはヨーロッパの紋章や日本の家紋などもそうだ。 その後、一九互九年に採用された「ミートボール」と呼ばれる青い円形に包まれたロゴが周期 彗星の如く戻り現在に至る。これには諸事情あ一九るようだが、「ミートボール」を愛し続ける熟練スタッフと「ワーム」を支持する若手スタッフの構造となり、組織再編成の動きのなか最終的には鶴の一声で着地したようだ。 私はというと「ワーム」のシンプルで未来的なかっこよさに一票なのだが、意外にもNASAは保守的だった。SFの舞台では人工知能が宇宙船で暴れる二〇〇一年にも「ミートボール」が機体に輝いていたのかと想像してみた。