芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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ナマコ(撮影筆者)


ナマコの思い


 ナマコはヒトデやウニとおなじ仲間(棘皮動物)だというが、なかなか信じられなかった。幾何学図形の模範生のヒトデや棘で覆われた威嚇的なウニは、どこまでもぐにゃぐにゃと無防備に見えるナマコに、似ても似つかぬものに見えるからである。
とまれ、ヒトデは綺麗な放射対称形をしていて、上下はあるが前後はない。ちなみに口のあるほうが下で肛門が上である。ウ
二はヒトデの五本の腕が反るようにせりあがった形をしていて、一見わかりにくいが、やはり五角形の放射対称形をしていて、上下はあるが前後はない。
ところが、ナマコは、形態上、それらの垂直軸上に居座っているはずのものが、横にごろんと転がってしまったものということができる。だから、芋虫などとおなじように口が前で肛門が後という前後ができてしまい、放射対称形というよりも左右対称形という紛らわしい様相を身に帯びてしまうことになった。
ナマコは海底でほとんど動かず、砂を食べて生活しているという。その中の有機物を吸収してはまた砂を吐き出す。敵がやってきても、すばやく逃げる脚も、身を護る殻も棘も持ち合わせてはいない。
しかし、その皮膚がまことに巧妙にできていて、敵が触れると硬くなる。だから、岩間に隠れたナマコを引っ張り出そうにも、隙間いっぱいに体を硬くしたそれを容易に引き出すことはできない。それでも力が加われば、今度はみずから皮膚を溶かして、体の一部を切り離してしまう。いわば分身の術で、ほんのちょっとの自己犠牲をしては、しばらくしてまたその部分を再生していく。横にごろんと転がってしまったナマコは、無防備に見えても、なかなかの智恵者といわなければならない。世の中をかしこくくらす海鼠哉(子規)ナマコの思いを思いながら、献杯。肴はもちろんナマコ。業のなんと深い人間か。でもこれがまた絶品ときている。(参考文献・本川達雄『世界平和はナマコとともに』)