芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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常に、郷里・富士山に恥じない研究をと思っているのであるが、道は遠い


僕には、森林美学は科学にして林学そして造園学の哲学である


 19歳で森林美学(学んだ当時の科目名は森林風致工学)を学ぶこととなり、より深く学んでゆきたいと思ったのは20歳。そうこうしているうち、あっという間に還暦を過ぎてしまった。森林美学に対する学会の見方、学間上の位置づけは一言でなかなか言い表せない。森林美学は19世紀中葉にドイツで体系化された林学の一分野である。明治中期に林学を学ぶためドイツに留学した若き本多静六氏らは森林美学に出会っている。しかし、帰国した彼らが、森林美学を東京農科大学(のちの東京帝国大学農学部)で講義し、学会などで公に発表するようになったのは明治後期と10年以上経ってからであった。そもそも森林美学が体系化されたドイツにあって、林学の一分野として教育すべき科目か議論されていたという。そこでの論点は、「はたして森林美学は科学の分野であるのか」。科学の目を通してものごとを見る価値観が浸透し、近代化が進行していた当時のヨーロッパ諸国でのできごとである。当然、近代化を急ぐ明治期のわが国にあっても、そんな雰囲気がそのまま持ち込まれたのであろう。それが高度経済成長を経た今日、森林が有する多くの機能・効用は「森林の公益的(多面的)機能」として広く周知されるようになった。そのなかの快適環境形成機能のアメニティ、保健・レクリエーション機能、文化機能の景観(ランドスケープ)・風致などは、森林美学がこれまで追求してきた研究テーマである。僕は、森林美学は林学の一分野であり科学であると捉え、林学の一般的な教養・林分計測法を有している者であれば森林の風致的・景観的機能を高めるための取り扱いができるようにしたいと考え取り組んできた。数値データとして提示できる森林風致施業指標を考案し、発表できたのは2000年に入って数年経てからであった。森林美学を研究したいと思ってから優に30年あまりが経過していた勘定となる。その闇にも、多様な林分構造からなる森林にめぐり会い数値的データの蓄積ができた。それが僕にとってまさに芸術時間(11期間)であったといえる。今後、広菓樹林などまだまだデータの取れていない林相での野外調査を行い、林分構造と森林風致施業指標との関係を追及したい。そして、世界文化遺産に登録された富士山とその周辺の森林について、その美的取り扱いを科学的かつ哲学的に考察したいと思っている。