芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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シリーズ「OWNLAND」より


「大切にする」ということ


 写真の歴史は1839年に始まったとされ、180年もの長きに亘り、時代を写し続けてきました。昔の写真は数多く残存し、今も保存されています。写真の保存に関しては様々な研究がなされ、私も学生時代に多くのことを学びました。化学反応を起こすことによって画像を浮かび上がらせる写真は、さらに化学の力でもって画像を固着させます。ここに湿気や熱など何らかの外的圧力が加わると画像は再び反応してしまうため、負荷を最小限に抑えて保存することが写真には求められます。
私は、大学卒業後の5年間を海外で過ごしました。まだデジタルカメラが普及し始めたばかりの時代で、現地に数軒あった写真関連のお店もフィルムのみを取り扱っていました。「取り扱っている」とはいえ、現地の物価水準では写真は非常に高級品であり、”写真を撮る・撮られる“ことは、日常生活の中ではめったにない大イベントです。
現地では、多くの人々と出会いました。その中の一人の男性が、一枚の写真を見せてくれたことがありました。彼は、私が現地を訪れるずっと前から日本人と共に仕事をしてきた男です。その写真は、十数年前に撮影されたもので、山村無医地区にて医療活動を行うため、豪雪の山岳地帯を移動する最中に撮られた一枚でした。写真には苦楽を共にした仲間が写っており、彼はその写真をとても大切にしていました。その時に気付いたのですが、彼はその大事な写真をいつも胸のポケットにしまい込んでいるのです。十数年間、胸ポケットから繰り返し出し入れされた写真は、四隅がボロボロで画面も傷んでいましたが、彼にとってはまさに肌身離さず持ち続けている、大切な写真なのです。彼の写真は、私が知っていた写真保存の定義における「大切に扱う」という意味に、新たな視点を与えてくれたのでした。
温度や湿度を管理し、PHを調整した保存箱に収納される写真。彼の胸で毎日を共にする写真。皆さんは、どのように大切にしていますか?