芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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スリー・マハー菩提樹の落葉


菩提樹の葉から教わったこと


 研究のために仏像を訪ね歩いていると、境内に植えられた菩提樹をよく目にする。奈良東大寺大仏殿前の菩提樹は栄西が中国天台山から持ち帰った菩提樹の子孫と伝えられ、その菓が京都市最北の名刹峰定寺の釈迦如来立像に納入されていたことは仏像研究者のあいだではよく知られている。
成道の地ブッダガヤの菩提樹は、その下で釈迦が悟りを開いたことから、インド・ガンダーラのストゥーパを荘厳する仏伝図浮彫において「降魔成道」や「梵天勧請」の場面で幾度となく登場する。筆者も日頃の授業や自分の研究でよく見るモチーフだが、昨年の二月に初めてスリランカを訪れた際、自分がいかにモノをしつかり見ていなかったことに気づかされた。
東洋の真珠の古都アヌラーダプラに仏教が伝来したのは紀元前三世紀、仏教の大外護者であったインドのアショーカ王の王子マヒンダ長老が布教のために来島したことにさかのぼる。さらに王女のサンガミッターはブッダガヤの菩提樹の苗木をこの地にもたらしたと伝えらえる。その菩提樹がアヌラーダプラのスリー・マハー菩提樹なのである。現地を訪れると高さ三メートル近い基壇中央に青々と茂る菩提樹の巨木が立っていた。しかし、ブッダガヤからもたらされた菩提樹は、その傍ら伸びる細い枝であることを現地の僧侶から教えられた。
根元の場所は宣ち入ることが出来なかったが、その枝は黄金の支柱で大切に支えられていた。当初は大木だったそうだが、今ではかろうじて細い枝が残るのみであるという。現在のブッダガヤの菩提樹はこのスリー・マハー菩提樹の分け木から育てられたそうだ。
参拝記念として落葉を頂戴することが出来た。ホテルに戻ってから早速ノートPCを開き、ガンダーラ出士浮彫「梵天勧請」にあらわされた菩提樹の葉と見比べてみた。驚くことにその形は一致していたのである。当たり前と言われればそれまでなのだが、やはり実物のもつ説得力は計り知れないと改めて感じた瞬間だった。