芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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大日如来(左可視光・右赤外線画像) ※奈良県教育委員会協力


デジタル画像が繋ぐ鎌倉時代と現代


 奈良県生駒市にある真言律宗長福寺は現在解体修理をしている。お寺の創建は飛鳥時代とも奈良時代とも言われているが、一度荒廃し鎌倉時代に現在の本堂が建てられた。今回の解体修理に伴い堂内の彩色の調査を行っているが、現状は護摩を炊いた時の煤や経年変化による変退色で一目では本来の図像や色彩がはっきりとは判別しにくい。しかし、そうした状況の中でも一つ一つ確認して行くと両界曼荼羅五尊、来迎図、迦陵頻伽などが描かれている事がわかり、当初の荘厳な空間はどれほど素晴らしいものであったかと思う。
 最初はこの彩色の調査も現状からわかる範囲での図像を写し取りながら記録する程度のものと思っていた。しかし柱などの丸い部材では地塗りの漆に細かい亀裂があり、剥落止めを施してもなお、容易には触れがたい。そんな折、奈良教育大学の青木智史氏の協力で、高画質の赤外線撮影が可能となった。柱も十六分割に撮影し展開図として編集をしてもらうと、その図様がはっきりと確認され、調査の質が格段に上がった。この赤外線撮影写真を元に実際の柱と見比べながら図様を写し取っていく。現状のままでは見辛い描線もくっきりと確認でき、絵仏師の技量の高さがうかがわれる。黒く変色して解り辛かった仏顔も気品のある目鼻がデジタル画像を通してそこに表れた。この時代の作画工程として、最初に墨による下描き線を入れるため表面の輪郭線が剥落していたとしても透けた下描き線があるべき形を示してくれる。また一方では水銀朱や鉛丹などの鉛由来の顔料が赤外線では白っぽく写り見えにくい事に気がつく。実際の柱を見ると朱の輪郭線はしっかりと見えたのでこれも加える。実物と可視光線の写真、赤外線の写真それぞれを見比べながらそこにあったであろう図像のあるべき姿を探っていく。
 鎌倉時代の絵仏師の息遣いを感じられるのも、現代の画像技術あってこそだ。その不思議さに感動を覚えながら描線を追っている。