芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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子供たちと、うさぎを描いてみる


デッサンウサギとの出会い


 言語に強い劣等感をもっていた少年期や、 大人になって人と会話をすることに恐怖感を抱きながら悶々と過ごした青春期は、自分の将来が楽しい人生になるとはとても思えなかった。高度成長期、団塊の世代は競争 心を煽られながらエネルギッシュに動いていたが、人とコミュニケーションが苦手な落ちこぼれにとって、社会人になることは苦痛以外のなにものでもなかった。そして受験地獄 を経験して気付いた唯一の活路が芸術系大学に行こう!であった。それは作品を造ることで人と話さないで済む。作品を通して人と 接する方法があるのではないかという漠然 とした理由からであった。専攻はどこでもよかった。鉛筆デッサン以外やったことのない人間が突然、好きかどうかも解らない彫刻科を受けてしまう。競争率の低いという情報 を信じたことと、立体の世界という未知への 挑戦に少し魅力を感じたからであろう。  入試当日、黒板に書かれた「ウサギをデッサンせよ」という課題に一瞬「しめた!」と 思った。デッサンなら自信があった。だが驚 いたのは画用紙も鉛筆もなく今まで見たこ ともない大きな土の塊がドンと置かれたこと である。デッサンは平面の世界と信じ込んで いたから何が何だかわからない。仕方なく隣の受験生のやり方を見ていた。その間何もしないわけにいかないから自分は手のひらに乗る小さなウサギを作り出した。しばらくする と見事に可愛いウサギができたではないか! その時初めて粘土でデッサンするということ が理解できたのである。見様見真似で後半一 気につくりあげた「立体ウサギ」は、平面ウサギ以上に生き生きと私にデッサンの可能性 を目覚めさせた。デッサンは平面であれ、立体であれ、目と手の基礎がしっかりしていれ ば同じようにできるのだ。そして偶然と思え る立体との出会いは、その後の人生が素材との出会いをつくり、造形物と空間の関係性を気付かせ、空間は時間をつくることだと思う ようになった。 今私はこれも思いもかけない成り行きで、 教育という道に身を置いている。  相変わらず苦手な人前で話すという機会は皮肉にも増えているが、芸術という道を選んだことだけは幸運であったと思っている。