芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
backnumber

“Unknown Fire”「 _MG_6416」, 2014年 (撮影地:福井県三方郡美浜町)


火と水を繋ぐもの


 真冬に掲載されるこの稿を翠薫る七月に書き始めている。京都に夏の訪れを告げる八坂神社の祇園祭。山鉾の巡行に一週間ほど先立つ初旬の祭礼に神輿洗い式がある。これは八坂神社を出た神輿が四条大橋の中心に至り鴨川の水で洗われるというものだ。実際にはそれに先立ち、本殿前でご神火を移された大松明が、後に神輿が通るのと同じルートを往復する。まるで神輿が通る路を火で浄めるかのような行いだ。
 祭礼ではこのような火と水の浄化と霊力の結びが顕なものが多い。京都だけでも水源地である鞍馬や貴船、岩倉といった地に火祭りがあり、南に目を転じれば伏見に三栖神社の炬火祭などがある。祇園祭と並ぶ
夏の風物詩である五山の送り火も盂蘭盆会や施餓鬼の行事という側面を超えて、鴨川をはじめとする水に満たされた都全体を浄める行いとも捉えられるかもしれない。範囲を関西圏に拡げれば、那智の滝や熊野灘に面した熊野には複数の火祭りがあり、祭礼ではないが四天王寺の亀井堂も印象的だ。金堂の地底の青龍池を水源とするという伝説の白石玉出の水が流れる亀井の水は、石造りの大きな亀型の水盤に溢れ、周囲には夥
しい数の蠟燭に火が灯されている。その姿は四天王寺を建立した聖徳太子が生まれ育った明日香の亀型石造物を彷彿とさせ、日本仏教の草創期における仏教渡来以前の祭祀の影響も併せて考えてみる必要がある
ように思われた。
 冬の終わりにはお水取りの別名で有名な東大寺の修二会がある。松明の走る二月堂前の良弁杉の元には閼伽井堂があり、若狭井から汲み上げた水が祭礼に使われる。その井戸は遠く若狭まで繋がっているとされ、
若狭神宮寺の閼伽井で汲まれた水が遠敷川の鵜の瀬にてお水送りされることで奈良に届く。若狭はそのように清浄な水を産する土地だが、現在の福井県は古代を彷彿とさせる海辺の風光の中に原子力発電所が点々と存する地でもある。核エネルギーという制御の困難な現代の火を、津波という荒れ狂った水が襲ってから数年が経過した。穏やかな若狭湾の浜辺で深夜一人何ものかへの祈りを波へと唱えながら、古代と現代を繋ぎ地方と都市を繋ぎ人と自然とを繋ぐ水と火のことを想いつつシャッターを切った。