芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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大きさ3 ㎝ほどの彩り豊かな芥子面


伏見稲荷の芥子面


 おかめ、ひょっとこ、大国、恵比寿。華やかに美しく彩られた小さなお面たち。彼らに出会ったのは、数年前の京都伏見稲荷。連れ合いと二人で本殿のお参りを済ませ、美しい鳥居の林を抜けつつ、お狐様の住まう稲荷山を散策した。帰り道、ふと脇参道の土産物屋を覗いてみると、お決まりの菓子や神具類が売られる傍らに、伏見人形が置かれていた。
 「祖父が作っていたのですが、もう制作をやめてしまったので、この在庫がなくなったら、おわりなんです」と店の方にいわれる。裃狐や富士見西行といった伝統的な伏見人形もさることながら、この小さなお面に心惹かれた。狐に猟師、庄屋といったお座敷遊びの「狐拳」を題材としたものや、金太郎さん、鍾馗さまなど、モチーフはさまざまで興味は尽きない。彩色のきめ細やかさは、まさに芸術作品の域である。
 「じつは祖父の家を建て替える際に発掘された、型や人形を自宅で展示しているのですが、ご覧になりますか」。店の方のご厚意に、「ぜひ」と即答した。花魁や狐などの土人形のほか、人形の型を作るための「原型」の人形もあり、驚いた。彩色こそ失われているものの、その造詣の精緻さからは、当時
の職人の確かな技術を見ることができる。そうした技は、今日まで変わることなく伝えられてきたのだ。
 伏見には古くから土器を焼く職人たちが集住し、太閤秀吉が伏見城を構築したおりには、ここで瓦を焼いた。その彼らが手遊びとして人形を作り、稲荷の参道で売るようになったことが、伏見人形のはじまりと
いわれている。その後、土人形の技術は全国へと広がっていった。ちなみにこのお面は、「芥子面(けしめん)」と呼ばれ、指先に唾をつけ貼り付けて遊んだと、近世後期の随筆『嬉遊笑覧』には記されている。
 「このお面、買います」。帰宅後、さっそく彼らの居心地が良いようにと額縁を特注し、丁寧に納めた。いまも日々眺めては、モチーフの意味をあれこれ考えて楽しんでいる。