芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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瓜生山にかかる虹の半径は? その円弧の中心には何が?


数学者からの贈り物


 数学が得意というわけではないのだが初等幾何学というものが好きだ。初等とある通り定規とコンパスで作図できるレベルのアナログな幾何学のことである。デザインの根拠となる大切な学問でもあるが、それ以前に私が純粋に折り紙や積み木などのカタチ遊びが好きでワクワクするのである。 
中学生の時だったろうか、B4用紙を半分に折るとB5用紙のサイズになる相似を実体験しとても新鮮に感じた時、初めて白銀比と言うものを知った。カタチの面白さに目覚めた瞬間なのかもしれない。その後、黄金比というものを知る。レオナルド・ダ・ビンチの描いた両手を広げた全裸の男性の人体構成図でご存知かもしれない。アテネのパルテノン神殿やミロのビーナス像もこの比率でプロポーションが説明可能なものとして有名である。人体や自然界もこの黄金比に支配されているという解釈もあり、あまりに神格化され過ぎでは、という議論はさておき、この黄金比を実際のデザインに活用したのが、大学時代、私のアイドルだった建築家ル・コルビュジエである。
 当時、フランスを訪れて彼の設計した建物を見てまわったが、なるほど美しいと感心した。帰国後、私も自分なりの秩序を考えながら設計やデザインを学び勤しんだ。そんなある日、二十六歳でこの世を去った天才数学者フランク・ラムゼイの存在を知る。彼の残した業績のほとんどはちんぷんかんぷんであったが、ある一言だけが鮮烈に頭に残った。
〝Complete disorder is impossible.〞
 一見、無秩序な状態の中にも秩序は見出せるという彼の理論の核となる言葉で、その発想のきっかけは、ある夜ボーッと眺めていた星空だったと言われている。そのロマンチックさも含め、この言葉を知ってなぜか気楽になって毎日が楽しくなった。目に飛び込む全てのカタチの意味の探求は今も続いている。 
昨今、デザインは美しい形の創出だけでなく仕組みを作る役割も求められているが、どちらの課題でも困難であるほど心の奥底で楽しむ自分がいる。今月はそんな私を支えてくれているラムゼイに改めて感謝しながら風景を眺めることにしよう。