芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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描くNさん


高齢者と造形活動


 最近、高齢者福祉施設で造形活動をおこなうことが多い。 そもそもの目的は、高齢者対象の福祉レクリエーションの造形活動がどのようなものかを調査するためであるが、今や目的以上の貴重な時間になっている。
 過日の造形活動は、写真や落ち葉を自分好みに並べ、カラーコピーすることや描いたりするもの。参加者は材料について詳細に質問される。初めてのことだから当然なのだが、つかの間でも楽しんでいただくために伝え方は重要である。「それで、何をするん???」とワクワク感まで伝わってくることもある。
 まず用紙に材料を並べる。この材料の写真や落ち葉、ただものではない。「〇〇で見つけた!」「この色がいい!」「毎年あるねん…」「その葉は〇の木や、春には〇〇な花が咲く…」等と始まり、家族、孫、友達のこと、ご自身の若い頃のこと、当時の日本、戦争に行かれたこと、お話は時代や国を楽々と超える。すべて皆さんの実体験なのだ。時には、絵を描く中で培った想像力がお話を繋ぐことに大いに役立つ。
 もちろん「どうしよう」「分からへんな」と言いつつ手も動かしておられる。92歳の造園師だった方は、似ている色だろうと差し出した色鉛筆は断られ、ご自身の意図通りの色を求められる。描かれた木の幹、枝、葉、色も生態通りの見事なもの。その周囲に描かれた石積み法にも種類があるとのお話。思わず見入ってしまう。小学校教師だった方は、無表情で会話もままならないが、ピアノの前に誘導すると唱歌を歌い弾かれる。すると皆さん、自然に歌いだされる。思わず聴き入ってしまう。
 生きていくために必要な多くのことを忘れておられるのに、芸術的な思考や感性はまさに今も息づいている。きたる私の高齢期、「それでも描いている?」と私自身に問いかけ、絵と向きあう今の姿勢を正す。
 完成作品群、どの作品にもこれまでの皆さんの多様な人生がしっかり重なっている。高齢者の皆さんと共におこなうこの時間、私の人生にもしっかり重なっている。