芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
backnumber

私が蒐集している護符の一部


街角のお札


 三千世界のカラスを殺し、主と朝寝がしてみたい
 これは花街での遊女と、馴染み客とが交わした朝の睦言の情景を詠んだ都々逸で、高杉晋作が作ったものといわれています。この都々逸を噺のおちとして使っていたのが、古典落の「三枚起請」。年期が開けたら一緒になろうと、三人の男性に約束していた遊女の噺です。さて「三枚起請」にある「起請」とは、正しくは起請文といい、いまでいう宣誓書のことです。江戸時代までの宣誓書は、誓いを保証するため神仏に対して約束を行いました。そのため、牛玉宝印と呼ばれる神仏が宿る護符(お札)を宣誓書として使用します。牛玉宝印は熊野三社や東大寺などで現在でも頒布されています。牛玉宝印に限らず様々なお札が今でも多くの社寺で刷られており、よく見かけることが出来ます。
 古くから日本ではこうしたお札が様々な箇所に貼られてきました。今日でも京都などの古い街並みを歩くと、厄災を除き福を喚ぶものとして、玄関にお札が貼られているのを見かけます。お札の有効期間は概ね一年とされており、歳が明けると改めて求めなければなりません。残念ながら古いお札は焼失してしまうのです。こうしたお札のある風景は、我々にとってありふれたものですが、海外の人々にとって珍しく貴重な文化と映ったようです。そのため、お札は海外でより多く保存されています。代表的なものがフランスにあるフランク・コレクションと呼ばれるもので、1950年代にベルナール・フランク氏が蒐集したものです。コレクションのお札を丁寧に分析すると、社寺参詣客を求めて利益譚を作り出し、意匠に
凝ったお札を作成していたことが分かります。お札は民衆の信仰文化を知る貴重な歴史遺産といえるでしょう。街を歩き、ふと見つけるお札も、来年には消えゆく運命かも知れない。どうしたら残していけるだろうかと、考えながら街を歩いています。