芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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大野俶嵩『華厳』


芸術と生き方


 大野俶嵩という画家が世を去って、もう10年以上の時が過ぎました。大野先生は私の恩師であり、私の人生の指針を作ってくれた人です。80歳で亡くなる瞬間まで、ひたすら自利を捨て、謙虚な生き方を実践された画家でした。
 戦中に学生時代を送られた大野先生は、終戦後日本画の前衛グループ「パンリアル美術協会」の一員として活動し、その作品は海外で高く評価されました。当時の作品はドンゴロスを樹脂で固めたものをキャンバスに張り付けた、抽象的な半立体表現が中心でしたが、「物質」をとことん追求し尽くした先で、今度はそれまでの自分を徹底的に否定して、細密な写生をもとにした深い精神性のある植物画へと移行します。そしてその後、その植物画は徐々に「写生」を超え、宇宙の響きを内在する仏性を現す、独自の形を持つに至ります。
 私はもともと気が弱く、なかなか自分から人に話しかけられない性格でしたが、美大の3回生になった初日、初めて担任としての大野先生に対面した時に、『どうしてもこの人にだけは教えを請わなければならない』と、理由もなくその思いで頭がいっぱいになりました。必死で勇気を振り絞って緊張の極みで先生に話しかけ、そのままお話を聞かせていただきながら、自分が乗るはずではないバスに同乗して河原町までそのまま降りられなかったのを覚えています。私が本当に絵を描いていこうと決心したのはその日でした。
 先生は「芸術をする者には人間と宇宙に対して大きな責務がある」と言われました。その言葉通り、先生は最後まで命を削るように、他者のための祈りと芸術の神への奉仕として絵を描かれました。私は先生からいただいた沢山の言葉の意味と、芸術の持つ力と役割についても、ずっと考え続けています。本当に、芸術作品には作ったその人が如実に表れます。うわべだけではない美を創出するためには、どこまでも厳しい自己鍛錬が必要なのだと、日々、思い知らされています。