芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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お漬物の器


お漬物の器


 写真の器は、いつから家にあったのかわかりません。私が十歳の頃には家にあったと思います。乳白色の釉が全体にかかっていて見込みは淡い紅色をしていて萩焼のように見える。子供の頃、この器はお漬物を盛るための器だと漠然と思っていました。私は今までに何度か引越をしました。その度、なんとなくこの器も新しい場所に持っていって使っていました。考えると40年以上使っている軍になります。
この器を意識するようになったのはいつの頃からだっただろうか。大学で陶芸を始めた頃は立体作品を中心に制作していたのでこの器に特に思い入れもなくなんとなく使っていました。この器を本当に意識するようになったのはこの10年くらいだと思います。―つの物を長い間見続けているとその物を深く理解できるようになってくると感じます。陶芸に関する知識や技術、経験値があがってくると10年前には見えていなかった物が見えてくる様に思います。ある陶芸家の作品集を見なおしてみると学生の頃には理解できなかった作品が、こういう事を表現されているのかと少しずつ分かってくることがあります。手づくりだけどたぶん大量生産品であるこの器の魅力とは何なのだろうか。長い間使っているので愛着があるだけなのだろうか。今、この器を陶芸作品として改めて接してみると、この器は、丁寧に作られているけど作り手の欲や作為といったものが感じられない。たぶんこの器を作った職人は毎日、百も二百もロクロで器を作っていたと思います。作り続けているうちに手がこなれてくる。しかし、手は抜かずに丁寧に仕上げる。良いものを作ろうという意識はあるが、良い評価をうけたいという欲は感じられない。そして、まだまだこの器を作った職人の技術は私より上だなと感じる。そんなことを自宅で子供の頃から使っている器について考えていると、若い頃、人とは違うもの、オリジナリティのあるものを作らなければならないと思い込んでいたのに随分考え方も変わってきたなと感じています。陶器の持つ宿命とはいえ、もし、この器が割れてしまったら悲しいだろうなと想像しながら、やはり、今でもお漬物を盛るために使われる事が多い器です。