芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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鳥取県の弓ヶ浜海岸にて 2019 年撮影


今年も訪れたいと願う場所


 気づけば定期的に訪れている場所というものが、皆さんにもそれぞれあるのではないでしょうか。私も幾つか思いあたる場所があります。その一つは、鳥取県の弓ヶ浜半島というその名の通り、弧を描いたような曲線が美しい砂州で、『出雲国風土記』の国引き神話にも登場します。美保湾に面した全長約20kmにも及ぶ風光明媚な海岸は、訪れる者を魅了してやみません。 他方で此処は、植田正治(1913-2000年)が好んで撮影した場所としても知られています。数々の前衛的な演出写真は(植田調)と呼ばれ、世界的に高い評価を得ています。世を去った後も、写真集などが数多く出版されるほど人気があり、いまも時代に求め続けられる写真家といっても過言ではないかもしれません。植田正治といえば、鳥取砂丘を舞台にした作品が有名ですが、実は初期の代表作も含めて、境港の自宅からほど近いこの海岸沿いの砂浜でも数多くの名作が誕生しています。
 植田正治に関する授業や講座を通じて、山陰に足を運ぶようになってから、かれこれ年以上が経ちます。様々なゆかりある場所を巡りましたが、改めて振り返ると、弓ヶ浜半島の海岸には毎年訪れていることに気づき驚きました。学生時代に初めて訪れた時には既に、撮影で使用された砂浜の多くは埋め立てなどで、当時の景観は失われていました。それでも何かしら吸収したい一心で模倣や検証などを行い、植田調を自分なりに紐解いて一筋縄ではいかない奥深さに感銘を受けながらも、表現様式などの特異性だけではなく、氏が語る「写真する」ことの一端に触れる感動や学びを、広がる砂浜の上で心に刻んだのを憶えています。いまでも訪れるたびに昔の記憶が脳裏に浮かび、懐かしくも身の引き締まるような思いがします。
 何かしら結びつけてくれる縁があるのか、それを窺い知ることはできませんが、定期的に訪れることになったこの場所のかけがえのなさを、回数を重ねるごとに深く感じると共に、今年もいつもと変わらず訪れることができればと切に願うばかりです。