芸術時間

芸術とは美術館の中にあるものだけではありません。実は我々の身近な生活空間にもいくつも潜んでいるものでして、この村の住人は常にそれを探求しています。ここでは本学教員がそれぞれ見つけた「芸術時間」をコラムにしてご紹介します。
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久美浜セミナーハウス


日本海にあった小さなキャンパス


 平成が終わり令和を迎えたちょうどその頃、ひとつの思い出深い建物もその歴史に終止符を打った。
 京都の日本海を臨む京丹後市久美浜町にある「久美浜セミナーハウス」が建物の老朽化のためにその役目を終えることになったのだ。この施設はその名の通り、本学の学びのための宿泊機能を持つ研修施設。学生なら申請すれば利用でき、かつて通信教育部でもコマ撮りアニメーションや夏の日差しを活用したサイアノタイプ(日光写真)などを学ぶ演習授業がここを会場として開講されていた。
 教員の私にとっても大切な場所となった。今の通信生が聞くと驚くかもしれないが、二〇〇七年から五年間、私の所属コースの卒業制作スクーリング初回はここを会場に二泊三日で開講されていた。二〇一二年にコース主催有志参加イベント「遊学旅行」と姿を変え、八回を数えた。気付けばお世話になって十三年。延べ参加者は約二五〇人。遊学旅行という名の通り、全力の遊び心を持って自ら学ぶ研修旅行であり、美しい自然に囲まれながらも俗世間から隔離された環境の中で参加学生および教員全員が研究・創作に挑戦し、最終日の発表で幕を閉じるイベントであった。参加者の取り組みは漂流物を使った立体や写真・映像、製本、書などの作品制作に加え、協働作品への挑戦や吟行する者まで様々。(ちなみに筆者の成果は毎回三日間厨房に篭って作り続けた最大四〇名のごはん。)後の卒業制作へ影響を与える数々の名作や迷作が誕生した。都市生活者にとって無いもの尽くしの不便な環境だからこそ、雑念が取り払われ自らが何と向き合うべきか神経を研ぎ澄ます。その結果、予定調和とは無縁の創作に没頭できたのであろう。
 日本海の僻地での小さな出来事に過ぎなかったかもしれないが、満たされた現代生活の中でこのような体験の大切さを度々再認識させてくれる貴重なキャンパスであった。大学が新しい一歩を踏み出す区切りの今、その存在をここに残したく筆を取った。たくさんの芸術時間をありがとう。