ひみつのアトリエ

この村に生息する本学教員は皆個性豊かな表現者であり研究者です。彼らにとって大切な「ひみつのアトリエ」を紹介します。普段なかなか見ることのできない先生方の素顔、意外な一面が見られるかもしれません。また、みなさんにとって何かしらのヒントが見つかるかもしれませんね。
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井上治

和の伝統文化コース


 研究者にとっての作品は論文ですので、アトリエというと論文を書く場所ということになるでしょうか。そうなるとまず研究室ということになりますが、私の研究室は瓜生山の上、大学正門から入るといちばん奥と言ってもいいような場所にあります。スズメバチをはじめ虫が多かったり、冬は水道管が凍って水が出なかったりと不便な点もありますが、デスク横の窓から外を眺めると山奥にいるかのような景色が広がっていますので、とても気に入っています。授業の準備などはすべてこの研究室でしてしまいます。しかし論文の執筆に関しては、ここで行うのは全体の三割くらいです。論文では調べる部分と論じる部分のバランスが大事です。近年は調べる部分が偏重されていますが、私は論じる部分も重視したいと思っています。史料が置いてある研究室では、主に調べる作業をすることにしています。
諸々の史料から集めた素材を適当にまとめて印刷し、その紙を持って外に出ます。そしてそれらの素材をどういう構造に組み立てるか、どういう論理展開にするか等々を歩きながら考えます。仕事の合間などに瓜生山キャンパスを徘徊して、何か思いつけば紙に書き込みます。さいわい左京区は散策の環境に恵まれていますので、時間がある日には哲学の道、吉田山、鴨川などにも出かけます。
論文の構想がまとまり章立てもはっきりしてきたところで、作品を仕上げる過程である推敲に入ります。文章を少し修正することで数秒間の論文よりも良いものに仕上がってゆく、お気に入りのカフェで珈琲を飲みながら推敲をしている時が私にとって至福の時間です。推敲のコツはいろんな人に成りきって自分の文章を読んでみることです。大学時代の恩師や親しい研究仲間の目で読んでみると、不思議なことに今まで見えなかった欠点が見えてきます。ということで私が論文を制作する場は研究室、屋外、カフェなどですが、いちばん創造的な作業をするアトリエは散策する環境にあるような気がします。