ひみつのアトリエ

この村に生息する本学教員は皆個性豊かな表現者であり研究者です。彼らにとって大切な「ひみつのアトリエ」を紹介します。普段なかなか見ることのできない先生方の素顔、意外な一面が見られるかもしれません。また、みなさんにとって何かしらのヒントが見つかるかもしれませんね。
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勝又公仁彦

写真コース


 生来の無精とわがままのため、生活も制作も同じ空間で思いついた時に思いついたことをやる(というかほとんど無為に過ごす…)ということが染み付いているせいか「アトリエ」と呼べるようなまさに秘密めいた創造のための空間を持った覚えがない。ところが偶然というのであろうか、この連載の番が回ってきたまさにこの2018年の8月、私は新しい場所を作り始めることとなった。新しい場所、といっても私にとって新しいだけで、実際の建物は大正時代に建てられた町屋、というか築100年を超える古家である。位置は下鴨神社と賀茂川にかかる出雲路橋の間。大学の前から西に延びている東鞍馬口通をまっすぐにいったところだ。特に古い家を探していたわけではないが、ひょんなことから私が借りることとなった。写真に関わっている者としては、そこはスタジオというべきなのかもしれないが、アトリエと呼んでも差し支えなかろうと思うのは、ここがまさに画家のアトリエであったからである。

 この家の前の持ち主は画家として活動していたが、病に倒れて10年間施設におられ、先般お亡くなりになられたという。お子さんはなく、相続された方は家を地主に譲渡し、私が借りることとなった。借りる決め手となったのは2階の広い一室。屋根裏部屋のように斜めに傾いた壁を持つ北向きの部屋は画室であった場所だ。床には滴った絵の具の跡が残っている。壁はキャンバスとしても使えるであろう粗い麻布で覆われている。ここにドローイングをしたり、地塗りをして絵を描くことも可能だろう。私自身は腕がないのでただ塗ることくらいしかできないだろうけれど。大家さんからは整備をそんなにしない代わりに好きに改装して良いと言われている。なので、ここのみならず屋内の壁に絵を描きたいとか、家を展示やパフォーマンスやイベントなどに使いたいという方がいれば、できるだけお使いいただきたいと考えている。また家の入り口近い一角には、Media Passageという出版社の製品を中心に他の版元も含めた小さな書店と雑貨店が不定期ではあるが開設される予定である。

 第一回印象派展が開かれたのは写真家のナダールのスタジオであったことはよく知られている。そこは人々が集い、情報を交換し、討議と批評のあるサロン的な空間であった。昨今よく言われるコミュニティの崩壊あるいはそのマイクロ化には様々な要因があると思われる。もしそれを問題だと思うのであれば、行政や他者にその解決を願うのではなく(そのようなものは既に期待できないのだから)自らがその主体となって場と心身とを開いていくべきなのかもしれない。大家さんからは地元の活性化も期待されているのだが、私にはその任は重すぎる。ただ当地は明治大正期に中京の文化人たちが移住し、ある種の文化ゾーンを形作っていたところであると建築史の先生から聞いたところでもある。そのような歴史性や磁場を活かし、芸術や文化に関する講座なども開くことで、そこから生まれる議論や実践や参加者同士の紐帯により社会変革への小さな一歩が刻まれることを期待している。通信教育部の学びを終えた方やこれから学習に取り組もうとされる方の受け皿や情報発信の場にもなるよう努めたい。したがってひみつのアトリエならぬ、開かれた交流の場として寄る辺なき人々(もちろん寄る辺のある方も)とともに機能することを願っている。ぜひコースを問わずふらりと遊びにいらしていただきたい。