ひみつのアトリエ

この村に生息する本学教員は皆個性豊かな表現者であり研究者です。彼らにとって大切な「ひみつのアトリエ」を紹介します。普段なかなか見ることのできない先生方の素顔、意外な一面が見られるかもしれません。また、みなさんにとって何かしらのヒントが見つかるかもしれませんね。
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石神裕之

歴史遺産コース教員


 詩人、寺山修二は『書を捨てよ、町へ出よう』(芳賀書店、1973年)と題する本を書きました。戦後日本が高度成長を遂げた一方で、ベトナム反戦運動、成田闘争など、閉塞感のある時代。この本は若者たちを開放し、自由な世界へと誘うものとして、広く読まれました。

 書(物)という定型的なものの見方から離れて、現場と向き合うという姿勢は、筆者が専門としている考古学において、とても重要なことです。

 みなさんのなかには、考古学者と聞くと、映画のインディー・ジョーンズ(Indiana Jones)のようなトレジャーハンター(Treasure hunter/宝探し)や、象牙の塔と呼ばれる大学の「研究室(書斎≒アトリエ)」に籠もり、土器をひたすら見続けている老人といった、対極的イメージをもたれる方もあるかもしれません。

 いずれのイメージも、当たらずといえども遠からず。実際の考古学者は、研究室を出てフィールドワーク(fieldwork)に励む一方で(むろん映画のようなアクションシーンはありません。とても地味な発掘作業です)、研究室で独り黙々と遺物と向き合い、何時間も破片を接合し、図面を描いたりしています。

 つまり私たちのような考古学者は、定型的な研究者像に同じく、「研究室(書斎≒アトリエ)」に籠もり、書物を読みふけるときもありますが、その大半の時間はまさに外へ出て、研究活動を行っているのです。ただし寺山の言うように「書」は捨てず、書もしっかりと持って出かけていきますが。

 そんなわけで、今回の「ひみつのアトリエ」はフィールドが舞台です。私自身、研究の基本は現場にあると思っています。そうした意味で、私の「アトリエ」は全国各地に存在しています。

 たとえば、山のようにうず高く積まれた墓の写真。これは福井県小浜市のとある寺院の墓地です。いわゆる「無縁墓」の増加は、昨今、社会問題にもなっていますが、そうした無縁となった江戸時代から今日までの墓が何百と集められています。

 その無縁墓をはじめとする北陸各所の墓標を黙々と調査することを、弘前大学の先生とともに、この2年ほど行っています。私はあくまでも「調査要員」ですので、まさに朝から晩まで学生さんと共に、ひたすら戒名や没年等が記された墓碑銘を読んでいきます。

 2人一組となって、1日およそ100基以上は調べるという厳しい調査で、そのシステマティックな調査方法と学生さんの動きは見事です。小浜では市内の総数6千基近い墓標がことごとく調査され、考古学界では、弘大の調査が入ると「ぺんぺん草も生えない」と揶揄されるほどです。

 こうして収集したデータをもとに、墓標から江戸時代の社会や生活の実像が様々に浮かび上がります。墓標形態の地域差や戒名に見る階層差、あるいは地域独自の石材の使用など、文書史料では書かれていない、様々な事柄が明らかとなります。

 もう一枚の写真は、京都市内の某所で最近行った調査の様子です。拓本をとって、墓標の大きさなどの計測をするなど、基礎的なデータ収集をしています。

 最後の二枚は、10年ほど前に筆者が関わった東京都港区・青山霊園に位置した、とある大名華族(明治以降に公爵などの爵位を授与された大名家のこと)の墓所の改葬に伴って立会調査をしたときのものです。

 写真6の真ん中、石室内にいるのが筆者です。「墓荒らし」をしているような雰囲気ですが、これは石槨(せきかく)の副葬品になどを取り上げている様子です。

 無縁化や管理者不在となっていく墓所が改葬されていくご時勢ですが、華族という旧貴族の墓でさえ、いまや破壊されていっています。

 ちなみに写真は、最後の藩主の正室の墓所。亡くなったのは明治ですが、石槨が作られている、江戸時代さながらの墓です。貴重な資料ですが、近代の遺構なので、文化財とはならず、詳細な調査を行えないまま壊されました。

 このように現代社会との密接なつながりを、考古学という学問はもっています。遺跡調査も9割近くが何らかの開発行為に伴って行われていますが、オリンピックへ向けた建設ラッシュで、発掘が追いつかない状況もあると聞きます。

 考古学も最近では、刊行された報告書をもとに研究することが多くなりました。発掘件数が多すぎて、すべての発掘に参加することが出来ないからです。それは現場からの逃避であり、学生も研究者もそれが当たり前になっています。

 今一度「町へ出よう」といった寺山の言葉を、研究者の一人として肝に銘じて、各地の「アトリエ」に行き、研究を進めたいと思っています。