ひみつのアトリエ

この村に生息する本学教員は皆個性豊かな表現者であり研究者です。彼らにとって大切な「ひみつのアトリエ」を紹介します。普段なかなか見ることのできない先生方の素顔、意外な一面が見られるかもしれません。また、みなさんにとって何かしらのヒントが見つかるかもしれませんね。
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上村博

芸術教養学科教員


 「ひみつのアトリエ」ですか! それを聞いてちょっと困りました。このタイトルはもともと染織の先生のコラム名を借りたものだと記憶しています。染織の先生なら、たしかに「ひみつ」がぴったりです。きっと人里離れた森の奥に隠れ家があって、そこの鍵のかかった地下室では、大きな鍋の中で鉱物や植物がぐつぐつ煮込まれているのでしょう。しかし、私は秘密の研究室を持っているわけではなく、また誰も知らない資料群にアクセスしているわけでもありません。
そもそも、研究とは隠れたものを顕わにする仕事なので、ひみつがあってはならないのです。芸術家や企業の開発者や錬金術師であれば、ひみつは有効でしょう。それは最終の成果物さえ出来が良かったら問題ないからで、またその成果をもって世を驚かせるには、それを作り出すプロセスはなるべく秘めやかなものが有効だからです。ところが研究は違います。誰も存在をしらない書庫で得た情報をもとに論文を書いても、それは他者が当否を検証できません。情報源もデータの処理方法もすべて白日のもとに公開されたものでなくては困ります。
さて、私の研究はご多分に漏れず、ひみつでもなんでもない平凡な作業で、たいがい図書館とか喫茶店とか公園とか待合室で、文字を読んでは文字を記すような地味なことをやっています。とはいえ、そんななかにも、お気に入りの場所はいくつかあります。たとえば最近たまに使うのが横浜開港資料館の閲覧室です。資料館や図書館の使い方としては、やはり目当ての資料があって、それを一直線に探し求める、という場合が多いのですが、この開港資料館はちょっと別の使い方をしています。何か特定の文献を見たいというよりも、思いもかけない掘り出し物を探しに行く、あるいは単に時代の空気を感じ取りに行くような使い方です。ここは横浜関連の古い新聞、雑誌の複製が開架で自由に閲覧できるのが便利で、出張ついでに時間がとれれば、ここに立ち寄ってページをめくっています。現在の研究テーマに直接役立つ情報がたちどころに手に入るわけではありませんし、思いもかけぬ新しい発見もそうそうありません。しかし、ゴミのような情報、雑音のような情報が案外大事な気がしています。
何かを探す、調べるというときには、どうしても自分の知っていることから出発せざるを得ません。そして知っている範囲は限りがありますので、調べのつく範囲も往々にして狭いです。検索エンジンでネット上のデータを調べるのが癖になってしまうと、ますますその傾向は助長されます。おおよそ見当のついていることはたやすく見つかり、知らないことは知らないまま放置する、ということになりかねません。たとえばある土地についての情報はwebでもある程度得られますし、ネットでももちろん雑音的な情報はひっかかってくるでしょう。しかし現地で得られる雑音的な情報は、それはもう膨大なものです。記号のかたまりのような文献ですら、紙質やインクの匂いから隣り合った無関係の記事、雑誌の広告など、たっぷりと雑音を提供してくれます。これといった目当てなく雑誌のページをめくっていくと、途方もない無駄な作業をしている気になることがありますが、また同時に、それが長い目で見ると有益かもしれないという思いもあります。
たとえば、明治45年2月の『実業之横浜』誌には、最新の科学によって人体が光線を発していることがわかったとか、パリで影の写真が流行っているとかの記事、に混じって連載小説「吾輩は犬である」が収まっています。また、同誌の後継である『大横浜』誌の大正8年1月号には、女性の職業を紹介する記事があり、タイピストの話が載っています。当時横浜には900台のタイプライターがあり、それは東京や神戸(750台)よりも多いそうです。月給は外国商館で35円、日本の商店で25円ほど。ただタイプライターで浄書するだけでなく、英語を聞き取ってタイピングするなら120?130円とのこと。情実で雇用する日本商店ではなく、能力しか評価しない外国商館で鍛えられた横浜のタイピストは非常に重宝され、遠く神戸からも引き合いがあるとのこと。
しかしまあ、本当にどうでもいい雑談の種のようなものですね。いつか何かと繋がるかもしれませんし、繋がらないかもしれません。