ひみつのアトリエ

この村に生息する本学教員は皆個性豊かな表現者であり研究者です。彼らにとって大切な「ひみつのアトリエ」を紹介します。普段なかなか見ることのできない先生方の素顔、意外な一面が見られるかもしれません。また、みなさんにとって何かしらのヒントが見つかるかもしれませんね。
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「亀屋清永製 清浄歓喜団」 実家から借り出した不動明王の画像を茶室の床の間に掛け、清浄歓喜団(せいじょうかんぎだん)をお供え


栗本徳子

歴史遺産コース


 光と陰翳が被写体に優しく届く 颯々庵

私のような歴史や美術史の研究や書き物をする者にとって、「アトリエ」というお題は、難しいものです。執筆という孤独な作業の最中の、書物の積み重なった机や整理の行き届いていない本棚をお見せするのも、お恥ずかしい以外の何物でもありません。
 そうした私にとって、近年、苦しくも楽しく仕事に没頭できる大切な場所が、学内にあります。あえてそこを「アトリエ」と呼ばせていただきましょう。
 それは、千秋堂の茶室、颯々庵(さつさつあん)です。
 大学のホームページ上のWEBマガジン『瓜生通信』で、京都の季節の行事と和菓子を紹介する記事に、3年半ほど前から関わることになったのですが、その時、学生の活動の手助けとして、毎月どのお菓子とどの年中行事を取り上げるのかという企画と写真撮影のディレクションを担当したことが始まりでした。
 その初回から、撮影の場所は、颯々庵。必要なお皿や小物を私が手持ちのものを持って行って、取っ替え引っ替え、その構成に関わってきました。
 食いしん坊でお菓子好きというだけの、写真にはまったくの素人である私が、ただお菓子が美味しそうに見えてほしいという単純な思いだけで、当時まだ写真学科の学生だった高橋保代さんに、いっぱい口出し、ダメ出しをしながら写真を作ってもらってきました。「もっとこんな風に撮ってほしい」「もっと光を取り込んで」「対象を上から撮る説明的な写真はいらない、もっとローアングルで迫って」などなど、なんとも偉そうなことに。
 とてもセンスが良く、また私の無茶な要求に素直に応じて、じつに真摯に撮影に取り組んでくれる高橋さんは、いつも素敵な写真に仕上げてくれるのです。おかげさまで時に他所から使わせてほしいと大学の方に問い合わせが入るカットも出てきました。
 その和菓子記事の企画が1年経った頃、突然、学生のサポートとしての黒子ではなく、私が全ての記事を書くという別企画に転じることになりました。こうして今も連載している「京の暮らしと和菓子」は、現在フリーカメラマンとなった高橋さんと二人三脚で取り組み続けています。特に今では、いっそうお菓子の撮影には時間をかけることになり、毎回、数点のカットのために数時間を要することになっています。
 颯々庵の松林を抜けてくる光と影は、私たちの撮影の基本を支えてくれています。その淡い光を高橋さんがうまく捉えてくれて、お菓子は輝き、その陰に質感が宿ります。はたまた私の思いつきで、家から重いこたつや座布団まで運び込んで和室の設えを作ったりすることもあります。なかなかおおごとになるのですが、やはりほかの場所では決して得ることのできない上質の空間を作ることができます。
 勝手に茶室をアトリエなどと不謹慎な言い分とお叱りを受けるかもしれませんが、まごうことなく高橋さんと私にとっては、どこよりも大切な、和菓子撮影の「秘密のアトリエ」に違いありません。