あわい
色彩の気韻
書画コース 横川京花
左から「色彩の気韻 ― blue ―」
910×727mm/彩墨,固形墨,顔彩
「色彩の気韻 ― yellow ―」
910×727mm/彩墨,固形墨,顔彩
大学生活の四年間は、私にとって大きな喪失と向き合う時間であった。コロナ禍という前例のない事態に加え、祖母と愛犬との別れ。生と死の境界線上に立ち尽くす中で頭に浮かんだのは、毎朝太陽に向かって何もない空間に祈りを捧げる祖母の姿だった。幼い頃は対象の見えないその行為が不思議でならなかった。しかし、大切な存在を失った今、私自身もまた自然と手を合わせるようになっている。祈りとは、目に見える現実と目に見えない精神世界の境界すなわち「あわい」に身を置くことではないかと考える。現代社会では、SNSをはじめとするテクノロジーの発達により日々膨大な情報が濁流のように押し寄せてくる。私たちは常に何かに反応することを強いられ、立ち止まって自分自身と対話する時間を奪われがちだ。だからこそ、物と物、人と人、あるいは時間と時間の「あわい」に身を置くことが、今の私たちには必要なのではないか。色や形に身を委ね、あわいに佇むことで、強張った心が静かにほどけていくような感覚を大切にしたいと考え今回のテーマにした。
この「あわい」の思想を視覚化するにあたり、指針としたのがルドルフ・シュタイナー(1861-1925)の色彩論である。彼は、色彩を単なる波長ではなく光と闇が触れ合う境界に生まれる生命的な現象と捉えた。卒業制作1では、色彩が生まれる前の「気配」を墨の濃淡や余白で表現し、卒業制作2ではその探究を動的な色彩そのものへと発展させている。
本作では「黄(放出の輝き)」と、「青(内面の輝き)」を基調とし、その両者を調和させる「赤」を加えた。さらに彼は生命が活動を終えた時に初めて物質としての形=像として目に映ると述べている。キャンバスに絵を描くという形式も、色が定着した瞬間に「死んだ像」となるが私はこの固定された形式の中で、いかにして輝きの色を息づかせるかを試みた。画面の中で黄と青を響かせ、色彩が“まだ像になりきらない”流動的な過程を描き出すこと。彩墨の重なりやにじみ、疎密の関係を空間に意識的に配することで、形を得る手前の揺らぎを可視化しようと試みた。
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