キャラクターデザイン学科

インタビュー

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2019年5月8日  インタビュー

ゼミ通ヒーローズ Vol.07

ゼミ通ロゴ

 

 

ゼミ通ヒーローズ Vol.07

五十嵐智哉とアクションゲームにおける自己表現について語るの巻

 

今回のゼミ通ヒーローズは村上ゼミ4年生の五十嵐智哉さんをピックアップ。

インディーズゲーム全盛期のこの時代に、学生でありながらハイエンドなメジャー路線のゲームを作り続ける彼の創作の神髄について触れていきます。

たまにはマニアックな話をしても良いかと思って専門用語満載のオタク談義になっているので、

よほどゲームや映像に興味がない人は別に読まなくてもいいです(笑)!

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ハッカソンの現場でゲームのプログラミングを行なう五十嵐さん。

 

 

村上 今回はちょっとマニアックなゲームの話を掘り下げてみようと思ってるんだけど、まず五十嵐の一番好きなゲームって何?

 

五十嵐 「聖剣伝説」とか「スターオーシャン」「テイルズ」シリーズみたいな、アクション要素の入ったRPG(ロール・プレイング・ゲーム)が好みです。

もちろんストーリーも好きなんですけど、それ以上にそのゲームの世界に入り浸れる時間が好きで。

RPGって、装備を買い集めたりして拠点にずっと留まることもできるじゃないですか。

でもアクションゲームって次から次へと通り過ぎていくので、

やっぱり自分のリズムで自由に遊べるものが好きなんだと思いますね。

 

村上 最近はその辺の要素が融合してるゲームが多いよね。「スーパーマリオ・オデッセイ」だと、アクションゲームでありながら、

まず拠点があって世界各地を旅してスターを持ち帰って拠点をカスタマイズするとか。

 

五十嵐 リソースを管理して自分のオリジナリティを出すっていう所に魅力を感じてた気もしますね。そもそもアクションRPGが好きな理由が、

プレイヤーによって遊びの表現幅が変わるというところなんです。

RPGでも装備品やステータスの振り分けによってキャラクターを自由に変えられるので人によって遊び方が変わりますけど。

この表現の幅を、RPGとアクションを組み合わせると更に大きな幅になるなと思って。

 

村上 表現幅というと、ゲームを能動的にする要素として「自己表現」というのがあるよね。

例えば「ストリートファイター」みたいな格闘ゲームで遊んでるときに、小パンチを連打して勝つという方法もあるけど、

やっぱりケンを使うなら昇龍拳でフィニッシュを決めたい。

別にそうしろと命令されてるわけでもないんだけど必殺技で敵を倒したいっていうユーザーストーリーがあるよね。

 

五十嵐 実際に自分もそういう体験があります。

「エルソード」というネットゲームがあって、その中に「カウンター」っていう技があるんですよ。これは使うのが物凄く難しくて、

誰も使ってないようなものだったんですけど、うまく使えるとかなりカッコ良かったんですね。

ネットゲームなので主人公のエルスっていうキャラクターはたくさんいるんですけど、カウンターを使うエルスは誰もいないんです。

その中で僕はカウンターを使いまくって、その動画を配信したらそれが物凄く伸びて、チャンネル登録者数も増えたという時期があったんですけど、

そういったこともあって「自己表現」ができるってことがゲームで遊ぶ上でも作る上でもとても大事だと思ってます。

 

村上 アクションってビジュアル的にも特に分かりやすいもんね。

 

五十嵐 プレイスタイルも分かるし、何ならプレイヤーの性格まで見えてきますからね。

 

村上 アクションゲームって同時多発的に色んなことが起こるから、皆が同じプレイの仕方をしていてもバタフライ効果でどこかで差が生まれてくるし、

ただでさえその違いを見るだけでも面白いのに、一人の敵に対しても何通りもの倒し方が設計されてて、

特にオープンワールドのゲームなんかだとその違いを見つけるのが醍醐味みたいになってるよね。

君はそんなアクションゲームを実際に作ってるわけだけど、今度は作り手としての話を聞いていこうかな。

 

 

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イラストバトルイベント「MINUTE」の企画会議中の五十嵐さん(左)。

 

 

五十嵐 去年はUNITYを使って「ロプテトラント」というゲームを作りました。

 

村上 3Dのアクションゲームだったね。UNITYは大学の授業で習得した?

 

五十嵐 授業で習うのは2Dのみだったんですけど、今回どうしても3Dのアクションゲームが作りたかったので、3Dの処理に関しては独学で覚えました。

これに伴って、3dsMax3DCGを制作するツール)も今回の為に覚えました。CG制作の授業を履修してなかったので、結局これも独学で。

 

村上 なんでそんな面倒なことしようと思ったの?(笑)

 

五十嵐 ただ単に誰もやってないことをやりたかったんです。

さっきも出た「自己表現」の一つですね。

ゲームゼミの中で、3Dのゲームでしかもアクションゲームなんて面倒臭いものをなんで作るんだ!?て周りの人に言わせたかったんです。

 

村上 ストイックやな…。承認欲求が強い?

 

五十嵐 強いと思うんですけど…でもそれ以前に天邪鬼なところが大きいんだと思います。

「無理だ」って言われるとやりたくなりますね。

そこが創作の面白さかな、と考えてますし、面白いことをすると人も喜んでくれるんですよね。

 

村上 なるほど。では、そのゲームの内容を教えてくれる?

 

五十嵐 これは3Dアクションゲームなんですけど、やっぱり「エルソード」のカウンターが自分のルーツの一つにあるので、

これくらい難しいんだけど挑戦したくなる技を組み込むというのをやりました。

最近でいうと「ニーア・オートマタ」みたいにジャストで回避すると派手な演出があるとか、そういう要素を入れました。

昔のゲームにはそういうのってなかったと思うんです。

 

村上 回避とかガードといった動作を使って更にゲームを面白くするのって、今では主流になってるね。

 

五十嵐 はい。私が知る限り最初に出たのは「ファンタシースター」の中にある「ジャスト攻撃」ではないかと思っています。

逆に「ジャスト回避」の最初は恐らく「ベヨネッタ」ではないかと思うんですけど…どうでしょうか。

でもその辺りからアクションゲームの中では爆発的に流行った気がします。

それまでも「回避」はあるにはあったんですけど、どのタイミングで回避しても演出が同じでしたしね。

 

村上 アクションゲームというと「攻撃」に重きを置く傾向があってプレイヤーもそこにしか注目しなかったけど、

「回避」っていうつまらない動作に別の要素を入れて更に面白くするっていう発想だよね。

 

五十嵐 これって実は最近ではなく「インベーダー」の頃からあったんじゃないかと思います。

あのゲームは敵がどんどんプレイヤー側に迫ってきて危ない状況になっていくじゃないですか。

でもある一定の場所まで下りてくると逆に無敵ゾーンみたいなものが出来るらしいんですよ。

そういうリスクが極限まで高まると最高のリターンが得られるっていう仕組み自体がこの頃からあったんじゃないかと思います。

 

村上 なるほどね。当時の話だから、意図して組み込まれた仕様なのか単なるバグなのか、そこは定かではないね。

昨今のゲームだと、極限まで行くと最大のリターンが、ていうのはどれも当たり前のように入ってるね。

 

五十嵐 実は「ロプテトラント」には「回避」と「カウンター」の両方が盛り込まれてるんです。

「回避」の方が使いやすくて、いつでも発動できるものなんですけど、これを今までだと「ジャスト回避」にすることでバランスをとっていたんですね。

でも表現の幅という意味でいうと、少し練習したら結局みんなできるようになってしまうんですよ。

で、ここから更に表現の幅を生み出すなら、更に難しい仕掛けを用意してやろうかなと思って「カウンター」を入れました。

 

 

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五十嵐さんの作品「ロプテトラント」

 

 

村上 今だと超大作化がどんどん進んでいて、アクションの中にもそれなりのオマケがないといけない。

最近だと分かりやすいのは「FINAL FANTASY XV」。

戦闘システムにはかなり複雑な要素がこれでもかと盛り込まれてるんだけど、やりようによっては、

ただただ闇雲に斬るだけでも頑張れば勝てる。

さっきのストリートファイターで小パンチ連打で勝つような感じだね。

でもそれじゃ気持ち良くないしつまらないからジャストで何かをするとか、それに伴ってリターンも大きくなるという付加価値が積み重なっていって、

うまくなればなるほど遊びがどんどん深まって面白くなっていく。

初心者もコアなゲーマーも皆が平等に楽しめるように表現の幅が盛り込まれてる。

 

五十嵐 プレイヤーが付加価値を作るって言いましたけど、プレイヤーがクリエイティブなことができるっていう点がすごく面白いなと思います。

現実社会だと、みんな何かを表現したくてもそれができない環境にあるような気がしたんです。

そういった社会に抑圧されたものを表に出していいんじゃないかと常に思ってるので、能動的な何かを仕掛けるというのはいつも考えてます。

ゲームにはそういうアンチテーゼとか風刺の要素ってどこかに入ってると思いますね。

 

村上 ゲームの形にする時点で何らかの風刺やメッセージは含まれると思う。何かを訴えたいからモノを創るわけで。

 

五十嵐 特にゲームって「見る」だけじゃなくて「体験」して初めて伝わるものだから、制作者の意図はダイレクトに伝わりやすいですよね。

 

村上 テーマ性以前に、特にアクションゲームを作る時って、間とかリズムの調整が物凄く大事で、これがゲームの面白さを左右する全ての要素だと言ってもいい。

 

五十嵐 そこは重要視しますね。学生作品にありがちな「攻撃しても何の隙も生まれない」とか

「いつの間にか敵を倒してた」「理由はわからないけどゲームオーバーになってた」というようなザツなゲームにはしたくなくて。

 

村上 そういうのって、単純作業であってゲームじゃないもんね。

 

五十嵐 はい。単にボタンを押してるだけですからね。間とリズムを考えることによって初めて体験というものが生まれてくるので、これは本当に重要ですね。

実際にその調整にはかなりの時間を費やしました。

 

村上 どうやって調整した?

 

五十嵐 まずは自分の感覚を信じてっていうこともありますけど、「回避」っていうアクションに対してはこれくらいの隙が必要だとか、

カウンターに対してはこれくらいの見返りが必要だとか、これは自分の経験則によるものなんですけど、リスクとリターンの釣り合いをとるように意識しましたね。

 

村上 レベルデザインはどうしてる?

 

五十嵐 えーと、結構コアな話しちゃっていいですか?(笑)

 

村上 もちろん。今回オタク枠だから(笑)

 

五十嵐 今回は、攻撃して仰け反る敵と仰け反らない敵の二種類を用意しました。なぜかというと、まず仰け反る敵が相手だと攻撃ボタンを押せば絶対に勝てるんですよ。

相手は延々仰け反るわけですから。でもそこで敵の数を増やすことによって、他の敵も攻撃を仕掛けてくるから必然的にそれを避ける「間」が生まれるんです。

攻撃の隙があるので。まずここで敵の数を調整しました。逆に一人だけ仰け反らない敵がいるとしたら、プレイヤーはこの敵に振り回され続けることになるので、

他の敵が仰け反る敵でもアクションとして活きてくるわけですよ。こういったことを何度もシミュレーションしながらレベルデザインを調整していきました。あとはその敵の配置ですね。

 

村上 これは半年で作った体験版だったので敵は二種類だけだったけど、もし製品としてリリースされるのであれば、敵は何十種類と出てきて、

飛び道具を撃ってくるやつがいたり、通常の武器では倒せないやつがいたり、そこでもまたレベルデザインは変わってくるよね。

 

五十嵐 もちろん、そうなりますね。

 

村上 改めてスーパーマリオなんかを見てると、本当に上手く作ってるなって思うよね。こいつは踏める敵で、次にカメ。

カメは甲羅が固いから踏むだけではダメ。

ここらで遊び方や敵の特性を学習して、慣れてきたころに羽の生えたカメが出てきたりね。

飛んで敵を踏むのが楽しいゲームなんだと思わせておいて、今度はトゲが生えてて踏むことが許されないやつが登場する。

一旦慣れたアクションに対してその逆をいく敵がどんどん出てくる。

このレベルデザインが秀逸すぎて、もう30年以上も前のゲームなのに、

全ての面白さがここで完結してしまってるような感じがする。

 

五十嵐 ストーリーや世界観を考えるよりも、レベルデザインを考えてる時が一番楽しいですね。

そのアクションを通してプレイヤーにどんな驚きを提供するかが決まってくるわけですから。

私が常に拘っている「プレイヤーは表現者であってほしい」が中心にあるので、レベルデザインを考えることは必然なのかなと思いますね。

ただ、王道路線のゲームにプレイヤーが慣れてしまったので、あえて逆に従来のレベルデザインの常識を覆す

UNDERTALE」なんていうインディーズゲームも出てきましたね。ゲームそのものを皮肉交じりにメタ的に表現したタイトルなんですけど。

ボスキャラが、バトル開始と同時に一番強い技をバンバン放ってきたりするんです。

その時のセリフが「なぜ誰も最初に一番強い技を使わないのか疑問だ」ていうのがあって、

そこに踏み込んできたってことは他のクリエーターも王道ゲームに飽きを感じてたのかも知れないですね。

 

村上 ゲームのアイデアが枯渇してきてるから視点を変えてメタ的な表現も含めていかにプレイヤーを裏切るかが問われてきてるね。

そんな状況下でできることって何?てなった時に、「風ノ旅ビト」や「GRIS」みたいなアーティスティックなインディーズタイトルが流行ってくるんだと思う。

 

五十嵐 今のインディーズ人気はすごいですよね。ゲーム人口も増えましたしね。

 

村上 UNITYが基本無料ということもあって、ゲーム開発に対する間口が一気に広がったっていうのも大きいね。

イラストの世界にSAIClipStudioが登場したことでデジタル作画の敷居が下がってイラストレーター人口が増えたのも同じで。

制作費100億円を投じてメジャーのAAAタイトルを作るのは個人作家には無理ってことで、

低予算で独自性の高い演出が可能なインディーズに流れていくんだと思う。

でもそんな中で五十嵐は更にその裏をかいて学生でありながらメジャー志向のゲームを作ったね。

真正面から斬り込んできた印象があるね。

 

五十嵐 はい、まさに私の天邪鬼の一面によるもので、意図的にそうしてます。

 

村上 今度は、アクションゲームを作る上で外せないのがエフェクト(特殊効果)ね。実際に現場で作っててもかなり楽しい作業の一つなんだけど、

学生のうちってゲーム用のエフェクトを作る授業がないからこの面白さが分かる人が少ないのが残念。

 

五十嵐 今回はマテリアルとシェーダーを買ってきて、それらを組み合わせてパラメータを調整して独自のエフェクトを作りました。

 

村上 ゲームの中でエフェクトがもたらす効果ってどんなものがあると思う?

 

五十嵐 ゲームの良いところって、コンシューマゲームでいうとコントローラーがあるところ。

その時に、今回私が作ったゲームだと回避のアクションがあるんですけど、画面効果が「スロー」と「エフェクト」を合わせた時だけ手応えが変わるんですよね。

攻撃をヒットさせたときに弾けるエフェクトがあるから快感が得られるし、カウンターの時にも弾く快感が得られるし。

そこから追撃した際の打撃感とか、単純にアクションが派手に見える上にプレイヤーが強くなったように感じられます。

「ロプテトラント」では様々なエフェクトを駆使して、ゲームの爽快感や達成感を表現した。

 

 

村上 そういうものって現実世界には存在しないし、実写映画でも格闘シーンでエフェクトなんか出てこない。

鉄製の武器が重なった時に火花が散ったり殴られた顔のアップで汗が飛び散ったりっていうのはあるけど。

ゲームの場合はあり得ないような魔法効果とか自然現象までもがリアルに感じられるよね。

 

五十嵐 不思議ですよね、その感覚。でも子供の頃ってよくやりますよね。

格闘の真似事をしていて、殴るとき「ビシッ!」て声出したり。

何か見えないものが見えてるんじゃないかって思いますよね。

 

村上 イメージの補完を楽しんでるんだろうね。おっさんたちは「ドット絵のゲームの方が面白いと感じてた」とノスタルジーに浸るけど、

情報が少ないから自分の想像で補完して勝手に面白いと思い込む。その前に日本は漫画文化だから記号化されたものを自然に受け入れるのかも知れないね。

 

五十嵐 ダメージマークを記号として見てたりしますよね。どんよりした時には顔に縦線が入ったり。

海外のゲームだと、エフェクトはある程度ありますけどフォトリアルな方向なので日本のゲームほど派手じゃないですよね。

人を殴ってもエフェクトなんか出ないですし。水たまりの上を歩いた時に波紋が広がったりしますけど、

あれも状況描写をリアルに表現するためのものであってイメージ補完の目的ではないですね。

 

村上 日本のゲームってデフォルメされたキャラクターが多いから、派手なものは派手に、ていう記号の集合体なんだね。

この間Switchのスマブラ(大乱闘スマッシュブラザーズ)をやったけど、エフェクトが派手すぎて自分がどこにいるか分からず全くついていけなかった。

これが分かる若いプレイヤーってすごいなって思ったね…。

 

五十嵐 あれは正直やりすぎだと思います(笑)。

 

村上 あとアクションゲームを語る上で重要なのが描画フレーム。映像系の人だと24フレームとか29.97フレームの映像に馴染みがあるけど、

ゲームって基本が60fps1秒間に60枚の絵を再生しているという意味)。

 

五十嵐 ハイエンド系だと30フレームが主流になってますけど、これは映画のルックに近づける目的ですね。

 

村上 まあ、ポリゴンを使ったゲームだから30フレームで成立してるだけで、2Dゲームなら60じゃないと動きがガックガクになって単なる処理落ちにしか見えない。

昔「バーチャファイター」の1作目が30フレームで登場して、この時でも結構なインパクトがあったのに、2作目が60フレームになって、

あの滑らかな動きを見たときの衝撃と興奮は今でも忘れられない。

でもPlayStation3が出てまた30フレームに戻って、より映画的な動きにしていく方向になったけど、

解像度が上がってビジュアルも緻密でフォトリアルになった分、さほど違和感もなく受け入れられたね。

 

五十嵐 フレームレートを落としてもじゅうぶん綺麗に見えますからね。

モーションブラー(映像の残像処理)をかけてより実写映像的に見せるものも増えてきましたし。

60フレームだと元が滑らか過ぎてブラーの効果があまり出ないんですよね。

 

村上 PlayStation2くらいのハードスペックというか描画ポリゴン数だと60フレームにした方が見栄えがするね。

 

五十嵐 PlayStation4の緻密さで60フレーム描画されたら画面酔いしそうですね。

メインストリームとしてはそこは反比例していってる感じがします。

でもアクションゲームとしてレスポンスを重視しようとしたら60フレームの方が良いわけですよね。

ゲームにもよりますけど。で、そこが30に戻ってるってことは、

「見せる」ことを重視していて「遊ぶ」ことから離れていってるともいえるわけですよね。

 

村上 さすがに「ストリートファイターV」みたいな格闘ゲームは60フレームを維持してるね。60分の1秒の間合いで技を出し合うわけだから。

フレームレートが落ちた時点でゲーム性が損なわれてしまう。

 

五十嵐 フレームの話とはまた変わるんですけど、3Dゲームを初めて作るときって、ジャンプの処理で苦戦しますね。

2DXY軸に加えてZ軸が増えるので、物理演算を考えるとその処理も複雑になっていくんですよね。

2Dの頃は簡単だったんですけど、3D対応に慣れていないと変な方向に物凄く高くジャンプしてしまったりとか、制御が面倒臭いんですよね。

ゲームデザイナーとしては、ここを辛抱強く乗り越えられるかどうかが問われてきますね。

アセットを作ることがまず大変なので、よほど好きじゃないとキツいです。

 

村上 でも五十嵐はそれを独学だけでやってのけたわけで。

 

五十嵐 周りを見ていて「3Dアクションって難しいから頓挫しそうだよね」ていう雰囲気とか、

「学生だからこれぐらい」という無意識の抑圧があって、勝手に天井を作ってる気がしたので、まずそれをブチ破りたかったんですよね。

後輩たちもこれを見たら「なんだ、できるんだ」って思ってくれると思ったんです。

これに挑戦してくれたらゲームゼミのポリシーである「必ず先輩を越える」っていう目標が明確になるかなと。単純に希望が持てますよね。

 

村上 ゲームを面白くする要素に「達成可能な目標設定」とか「アンロック」があって、要は「今はここまでしか進めません。

でもあることを習得すると鍵が開いて次へ進めます」ていうのがあるけど、まさにそれを後輩に示してくれてるわけね。

 

五十嵐 はい、そこは意識して頑張ってみました。実際ゲーム作りって、それそのものが一番楽しいゲームだと思ってます。

 

村上 前回のゼミ通ヒーローズでも門瀬がハッカソンについて全く同じこと言ってたな(笑)。

 

五十嵐 まぁ、それ言い出したらこの世界にあるものは全部ゲームですけどね。

 

村上 人生がゲームだからね。文字通り死んだらゲームオーバーになるけど。

でもゲームにはGOOD ENDBAD ENDがあって、ゲームっていう作られたハコの中だとBAD ENDは本当にBAD

ゲームオーバー画面が出てタイトル画面へ遷移するだけ。

だけど人生の中でBAD ENDを迎えた時って、視点を変えるとそれは起死回生のチャンスだったり、

悔しさをバネにしてもっと努力しようとしたり。

だから人生にはBAD ENDって存在しないと思ってる。見方を変えると全てがゲームになって、

このあそびの力で社会をどこまで面白くできるかっていうのが大きな課題だと思う。

アクションゲームを作ってる人って、そのことを意識はしていなくても自然に理解できてると思うんだよね。

 

五十嵐 人生はゲームなんですけど、一つだけ間違いなく言えることは、「面白い」と「命」は等価値だってことですね。

面白いを生み出すことは命を生み出すのと同じくらい大事なことだし。人生を楽しめるってことは生きる理由そのものだと思うんですよね。

ゲームのいいところって結果が分からないところ。結果のあるものを作っても仕方がないからゲームを作るんだっていう気持ちがあります。

 

村上 まさにプレイヤーを表現者にするゲームね。じゃあ、表現者にさせるためのゲームデザインとは?

 

五十嵐 挑戦したくなる仕組みがあるってことですかね。

 

村上 じゃあ、挑戦したくなる仕組みとは?

 

五十嵐 無駄を愛せるかどうかですね。合理性ありきじゃなくて、人の生き方もそんなところがあって、無駄なく最短ルートで効率良く生きて、

果たしてそれは面白い人生なのかって思うわけですよ。紆余曲折全部ひっくるめて、合理的な観点からいえばそれらはすべて無駄なものになるわけですけど、

でもそれを愛してるから人生が面白いんだと思うんですよ。

 

村上 自分も昔から「遠回りこそ最大の近道だ」って思ってるから、それはよく分かる。

回り道すればするほどネタが蓄積されて、それが集まって次の作品作りに活かされるわけで。

人生で起こることは全てネタなので無駄に見えて無駄なものは何一つない。

 

五十嵐 ていうかゲームそのものが本来無駄なものなので(笑)。

 

村上 その無駄なものを止められなくなるくらい楽しいと感じてプレイヤーを長時間拘束するってすごいエネルギーを要する仕事だよね。

 

五十嵐 「ロプテトラント」だと「カウンター」がまさにそれに当たる部分なんですよね。

ぶっちゃけ「回避」だけでもゲームとしては成立しますから。

でも、自分を表現する自己承認のためにもあえてカウンターを使うっていう精神が無駄を愛するゲームデザインってことになるんだと思います。

 

村上 ゲームはなぜ夢中になるかっていうと、見返りがないから。無償の愛に対して夢中になれる。

 

五十嵐 歴史学者のホイジンガが提唱したホモ・ルーデンスの中で遊びの概念として同じこと言ってましたね。

 

村上 そうそう。報酬がもらえるよりも精神を満たすっていうことが生きる上で優遇されてるよね。だから人はゲームに夢中になる。

 

五十嵐 大昔ですけど、フリードリヒ2世が、何の言葉も与えないで育てた子供はどんな言葉を発するのか、ていう実験をしたらしいんですよ。

一切会話もしないし愛も与えない。ていうやり方で赤ん坊50人を一斉に実験に使ったんです。

すると、ちゃんと栄養を与えてるのに赤ん坊が全員死んだらしいんです。

これって結局「面白くない」から死んだんじゃないかって考えたんですけど、どうなんでしょうね。

さっき「生きる=面白い」って言いましたけど、「愛=面白い」とも考えられるかなと。

 

村上 ゲームって、ジャンルによって様々だけど、何らかの欲求を満たすものでしょ。

衣食住みたいに物理的に必要なものじゃなくて、精神を満たすものがないと人って崩壊するんだと思う。

 

五十嵐 無音室に監禁された人間が発狂するみたいな感じですね。

 

村上 大人になるとそれまで生きてきたノウハウから、精神を満たす何らかの方法を考えるけど、

赤ん坊って泣く以外に発散できないから、自己表現としての死なのかなっていう気もするね。愛なくしては生きられないっていう。

 

五十嵐 ゲームでいうところの愛は「面白さ」。

そう考えると、人は無駄を愛するっていうのも頷けるんですよね。

 

村上 要するに無駄じゃないってことだね。

 

五十嵐 社会にとっては無駄だけど、人としては必要なもの、ていうことですよね。

 

村上 ゲームっていう響きが生む誤解もあるんだろうね。

勉強以上に夢中になっちゃうから教育者から敵視されて当然だし。

それでもアクションゲームを作ってる人がゲーミフィケーションを本気で考えたらすごい事が起きるんじゃないかって思うね。

60フレームの間で同時多発的に色んなことが起きて、そこまで計算してプレイヤーの感情曲線をデザインするアクションゲームのデザイナーだったら、

世の中で起こるありとあらゆる問題に立ち向かうだけの力を発揮できるんじゃないかと思うんだよね。

 

五十嵐 その通りだと思います。アクションゲームは人を幸せにすると思ってますよ。だから私は好きなのかも知れないですけど。

 

村上 数年前に「ゼルダの伝説スカイウォードソード」っていうwiiのゲームをやっていて、横で幼稚園の娘が見てたんだけど、

父親がwiiリモコンを振り回してる姿を見てたまらなくなったのか「やりたい!」って言いだしたのね。で、リモコンを貸したら、

敵を倒すでもなく謎を解くでもなく、ただ同じところをグルグル走り回るわけ。そのあと地面に植えてある大きなカボチャを見つけて、

それを持ち上げて近くにいたおばあちゃんの頭に投げつける。するとおばあちゃんが悲鳴を上げる、という一連の動作を見て延々ゲラゲラ笑ってるわけ。

正直時間が勿体ないからリモコン返せって思ったんだけどね…。

でも、自分がとったアクションに対しておばあちゃんの「悲鳴」という即時フィードバックがあって、

反応を示してくれたっていう喜びが次の行動を促すという流れを生んで、もっと難しいことをしてみようと試行錯誤を始めた。

この様子を見たときに、無駄の中から精神を豊かにする方法を自分で発見して、能動的に難しい課題を見つけようとしてるんだ、って思った。

こういう力をもっと社会で活かせたらなって思うよね。

 

五十嵐 そのへんの話、これから卒業制作を進めるにあたって復習したいのでまた授業覗きに行ってもいいっすか?

 

村上 別にいいけど、そもそもワケ分からんものをワケ分かる形にするのがゲームデザインだし、

授業を聞くよりもこれまでの経験を活かしてフィールドワークをした方が勉強になると思うよ。

任天堂の宮本茂さんがアスレチックランドで子供の動きを見て飛ぶことの喜びを見出してスーパーマリオを生み出したのと同じように。

例えば五十嵐が木漏れ日の中を散歩してたと仮定して、光の部分を歩いてるときの喜びと、影の部分を歩いてるときの喜びがあったとしようよ。

この差について何らかの発見をしたときに、この感覚をどうやって人に伝えるか。

どんなゲームデザインにしたらここで得た感覚を他人と共有できるのかを考えるのが大事。

でもそれを言葉で伝えちゃうと「説明」になるから、操作性だったり間合いだったり、ナラティブで体感させていくのが「表現」になる。

 

五十嵐 説明は極力排除して体感させたいですね。

任天堂のゲームなんかナラティブを追及してるから「やらされてる感」がないままちゃんと自己表現をさせてくれるからどのタイトルも面白いですよね。

 

村上 アクションゲームの話からあっちこっちへと無駄な話が展開されたけど、結局は全て「自己表現」という結論に至ったし、

無駄なものはないという伏線は一応回収されたかな。

というわけで、これまでの経験を活かしてこれから卒業制作を頑張って下さい。

では、ありがとうございました。

 

五十嵐 ありがとうございました。

 

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2019年4月16日  インタビュー

ゼミ通ヒーローズ Vol.06

 

門瀬菫と「ハッカソンという名のゲームについて語る」の巻

 

今回のゼミ通ヒーローズは村上ゼミ新4年生の門瀬菫さん(奈良県立奈良北高等学校出身)をピックアップ。

ゲーム制作授業のLA(ラーニング・アシスタント)を務めて1年生の指導も行なってきたゲームゼミの元気印。

先日関西のゲーム系ゼミを持つ大学との合同ハッカソンを実施し、そこで得た気づきや学びを、ゲーム的発想によって掘り下げていこうと思います。

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ViViVit主催のUI展にて。作品を出品する門瀬さん。

 

 

村上 一年生の頃、毎週ゲームの企画書を作って持ってきたりして、ものすごくモチベーションが高い学生だなと思って驚いたけど、

そもそもゲームを作りたいという気持ちはどこからきたの?

 

門瀬 昔からプレゼント選びが好きだったんですけど、それって相手がどんな反応をするかが楽しみだからするものじゃないですか。

自分の好きなものをあげるんじゃなくて、相手に何をあげたら一番喜んでくれるかなって考えるのが結構好きだったので、

その感覚がゲーム制作の授業で引き出されたのかなと思いますね。

 

村上 授業のどのあたりで引き出された?

 

門瀬 一番よく覚えてるのは、先生が「ゲームのキャラクターは記号である」って言った時ですね。

この言葉が印象深くて、今までビジュアルとストーリーが面白いからゲームは面白いんだって思ってたんですけど、

「あ、違うんだ!」って、ちゃんと面白い仕組みがあるからその上にキャラクターが乗ってるんだって思いました。

それで「人が面白いと感じるものを作りたいな」と。

 

村上 キャラクターデザインという名の学科に入ってきたのに、いきなり「キャラクターは記号だ」って言われて、「は?」ってなったクチだね。

 

門瀬 そうです。最初ここはゆるキャラとかご当地キャラとかを描く学科なのかと思ってましたもん。

それで入学したら全然絵を描かせてもらえない(笑)。でも知らないことを知るっていうのが単純に楽しかったですね。

ゲームっていう身近なものなのに、全く違う視点にさせられるし、驚きがたくさんあって面白いです。

 

村上 全く未知の領域を学ぶんじゃなくて、ゲームっていうあまりにも身近なものの固定概念が覆されるわけだから、衝撃はそこそこ大きいかもね。

 

門瀬 「面白い」っていう感覚って、今までは素直に「面白い」だけだったんですけど、「なんで面白いのか」って考えたことがなかったんですよ。

ゲームって面白くて当たり前だと思ってたので。でもその当たり前を作るためにこんなに大変な思いをするんだって思って、

もっと楽しくなってズブズブとハマっていきました。ゲームプランナーは面白いぞっていう村上先生の洗脳がかなり効いてます。

あとはグループワークで「脱出ゲーム」を作るって聞いてたので、ここにも魅力を感じてました。

 

村上 グループワークっていう言葉に嫌悪感を抱く人が多いかと思ってたんだけど、あんなに楽しんでやると思わなくてこっちも驚いたね。

 

門瀬 グループワークじゃないと自己顕示欲が満たされないんですよ。

 

村上 グループワークの話が出たので、先日他大学と合同で行われた「ハッカソン」の話を聞いていこうかな。

 

門瀬 合同でハッカソンをやるのはもう二回目ですね。

 

村上 そうだね。まずハッカソンの概要について聞かせてくれる?

 

門瀬 一般論でいえば、エンジニアが集まって、一日という短い時間の中で新しい技術を生み出すっていうものですよね。

 

村上 エンジニアに限らず、一般の主婦とか学生がそこに加わって、短時間でアイデアをひねり出すようなこともあるね。

で、今回は他大学と学生同士だけで行なったと。

 

門瀬 そうですね。Connectという関西の学生ゲームコンソーシアムがあって、まずは学生同士で何かをやろうってなって、

立命館大学のゲームゼミの方から「学生対抗ハッカソンをやろう」とお誘いを受けまして。

で、一か所に集まるのは難しいからSkypeを使って互いの現場の緊張感が伝わるようにしてやりました。

対抗と言いながら勝敗を決めるようなものではなく創作意欲を刺激し合うような形になってます。

今回は立命館大学、和歌山大学、そして京都造形大でネットを通じて実施しました。

 

村上 そこで作った作品は?

 

門瀬 京都造形大は人数が多かったので3チームに分けたんですけど、その中で私たちのチームは「ただいまらそん」というアナログゲームを作りました。

ハッカソンというからには本来デジタルゲームを作るべきなんですけど、同じチームにプログラミングが出来る人がいなかったので…。

今回与えられたお題が「かえる」ということで「蛙、帰る、変える、買える」と色々解釈できるようにひらがなで提示されたんですけど、

そこで私たちは「家に帰る」というキーワードから、「一番早く帰宅できた人が勝ち」というだけのルールで、コマを進めたりライバルの邪魔をしたり、

また思わぬ出来事が起こったり、というのを楽しみながら場を盛り上げていくゲームを考えました。

 

村上 見た目は「どこにでも動けるすごろく」みたいになってたね。

 

門瀬 そうですね。このゲームの面白い点は、「進む」とか「邪魔をする」といったイベントカードを盤面に配置していくんですけど、

伏せた状態で配置されてるので、それが良いカードなのか悪いカードなのかを予測しながら進めるドキドキ感でした。

 

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大詰めを迎えカオスと化したハッカソンでの制作現場。

 

 

村上 去年のハッカソンで作ったゲーム「プレゼント大作戦」と基本構造が似てるのかな。

 

門瀬 そう、同じなんです。「プレゼント大作戦」の時は、お題が「あげる」で、「プレゼントをあげる」っていうテーマにしました。

要は1点から5点までの点数がついたプレゼントカードがあって、たくさん集めて合計点の高かった人が勝ち、という単純なルールです。

毎ターンごとに手元のプレゼントカードを他人にあげたり、自分のものにすることもできるんです。そしてそのプレゼントには宝石みたいな「プラスの物」と、

石ころみたいな「マイナスの物」が混在してるんですね。そのプレゼントを表を向けて置いたり伏せて置いたりして、

果たして自分の手元に集まったプレゼントの点数は何点なんだろう?という遊び方をします。

 

村上 さっき話してた「基本構造が似てる」部分って、その「プレゼント大作戦」と今回の「ただいまらそん」は両方とも自分の枠があって、

まずはターンごとにアイテムを配置していくという基本ルーチンがあるということ。そのアイテムにはプラスのもの、つまり進むものとマイナスのもの、

戻るものが混在していて、それがどちらか分からないというドキドキが得られるってことね。

 

門瀬 それがランダムではなくてプレイヤーが任意に仕掛けるので、それを読み解くというのが共通する面白さですね。

アイテムの中身を知ることもできるんですけど、それによって貴重な1ターンを消費してしまうという駆け引きもあります。

危険を冒して近道をするか、ターンを消費してでも安全に遠回りをするかというトレードオフがポイントです。

 

村上 途中までは淡々とアイテムを配置していくという、言い方悪いけど作業的なルーチンが続くよね。

でも途中から徐々に邪魔の要素が加わってきて、それまでコツコツと蓄積してきた要素が一気にひっくり返される。

大富豪でいうところの革命にあたる要素だと思うけど、常に革命が起こることを予測しながら進めなければいけない緊張感があるね。

 

門瀬 相手の行動の裏の裏まで読まなきゃいけないので、相手の表情を読み取る力も求められますね。

 

村上 対戦相手によっても大きく戦況が変わるような奥の深いゲームになってるけど、あれをゼロから考えてルールを固めて、

絵を描いてレベルデザインを含めてたったの8時間でゲームとして遊べる形に完成させるというあの凄まじい集中力(笑)!

 

門瀬 確かにものすごい現場になってましたね(笑)。

 

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完成作品をSkypeで他大学にプレゼンする門瀬さん

 

 

村上 その場で組んだメンバーだからほぼ初対面同士でもあるよね。しかもその場でお題が発表されるから何も準備ができない状態で。

それでどうやってチームをまとめて、全員のモチベーションを保てたのかな。グループワークという名のゲーム性について考えてみようか。

 

門瀬 ハッカソンって、不思議なことに途中で疲れないんですよ。朝から晩までアドレナリンがものすごく出てる状態なのでただただ楽しくて。

でも終わった瞬間にとんでもない疲れが一気にきますね。

 

村上 大学の授業って80分とか90分とかあって、30分間同じリズムの語り口調で講義を受けたらかなり辛いよね。

「ゼルダの伝説」で遊ぶときは同じ姿勢を保ったまま34時間周りが見えないくらい画面に食い入る状態になるけど、ハッカソンもこれに近いのかな。

てことはハッカソンってゲームなんじゃないかな。なんであんなにのめり込むんだろうね?

 

門瀬 時間制限がある制作って、かなり追い詰められるけど楽しいんですよね。

例えばスーパーマリオで後ろから壁が迫ってくるようなステージがあるじゃないですか。

あれに対してプレイヤーってあまり不快感を覚えなくて逆に面白い要素として捉えますけど、これに近いんですかね。

 

村上 強制スクロールのゲームと同じ構造でありながら強制感がない?まあ、実際に死ぬわけじゃないしね。

 

門瀬 後ろから迫ってくるから逃げるけど、でもそれが面白いと感じられるゲームデザインになってるじゃないですか。

死にたくないから時間を短縮するためにどのルートをとるかっていうのを瞬間的に判断しながら動きますよね。

瞬間的にすごいアドレナリンが出るので、その感覚が楽しい追い詰められ感になって、ハッカソンにも同じことが言えるのかなと思います。

短い時間でやるので、とにかく計画を立てるんですよ。

私がグループワークをするときに意識してるのは、「やらされる」っていう強制感を与えないようにする工夫です。

 

村上 どうやって?

 

門瀬 「一人ずつ案を出していこうか」というのもアリなんですけど、今回だったら「かえる」っていうところから一人ずつアイデアを出させるよりは、

一つの案を紙の真ん中に書いて、それを外側に広げていくやり方の方が良いんじゃないかと思って。

「プレゼント大作戦」の時だったら、プレゼントの中身が見えてる方がもらった時に嬉しいのか、見えない方が良いのか、そういう疑問を一つ投げかけて、

それに対してグループメンバーがその時の感情とか状況についてディスカッションしてどんどんイメージを広げていったんです。

だから一人の話から広げる形の方が、議論じゃなくて対話をしてる感じで盛り上がっていくので、それに伴って皆のテンションも上がっていくんですよね。

一旦テンションが上がるとアイデアが連鎖反応を起こしていくんです。

それが少し引いてきたと思ったら、その段階でのアイデアを一旦まとめて、そこから次のステップの対話に入っていくということを繰り返して企画を立てていきました。

 

村上 それによって普段あまり話さない人も話すようになる?

 

門瀬 さすがに初対面となると初めはなかなか出ないです。私のチームは5人で、1年生1人、2年生3人、そして3年生の私を入れて5人です。

最初は冷え切った状態から始まりましたね。

 

村上 でも最終的にはあれだけヒートアップしてたね。

 

門瀬 いじられたら面白いんだけど自分から一歩を踏み出せない人っていうのがいるので、

 

そういう人を最初に見つけていじるんです。その子が話し始めると周りに反響してどんどん話すようになってくるんですよ。

身内みたいな空気で二人で盛り上がるっていうのは絶対ダメなんですけど、まず私が2年生に冗談を言って笑わせたら、

他の2年生が絡んできて、そうなると話したことがない1年生も入り込める空気ができるんですね。

そこで「どう思う?」って話を振ると、それだけでしっかり答えが返ってきます。

やっぱりグループワークでは空気ってすごく大事だなって思いますね。

発想力が凄い人っていうのもいるのかも知れないですけど、グループワークするときって、

結局全員が育ってきた環境が違うので価値観も違うっていうのが見えてそれが面白いじゃないですか。

だから全員が話せるような空気作りができたら絶対にどこからか面白いアイデアが出てくると思います。

 

村上 チームリーダーになったからそれをしなきゃいけないと思った?

 

門瀬 それはないです。誰かのため、とかいう綺麗な話ではなく、単に私がそうじゃないと生きにくいからです。

強制して「お前、アイデア出せよ」っていうのと、アイスブレイクとして「今からマジカルバナナやろう!」

て言うんだったら出てくる案は同じだったとしても捉え方が変わると思うんですよ。マジカルバナナっていうコンテンツを使う事で、

楽しんでゲームに参加してるっていう状態でアイデアを広げていけるっていうか。

ゲームとかゲーミフィケーションの持つあそびの力によるものが大きいと思いますね。「ゲームって楽しい」っていう謎の固定概念がありますけど。

親が宿題をやれと言っても子供は動かないって、よく先生言ってるじゃないですか。

 

村上 なんだか村上イズムが浸透してきたな(笑)。

 

門瀬 ですね。単純なことなんですけど、何点取ったらご褒美あげるって言われたら子供ってすごく食いつくと思うんですよ。

でもそれって、つまらない事をやらされてるっていう強制感を感じさせないように親が必死で隠して餌で釣ってるだけなんですよね。

でも人間って嬉しい形で餌を置かれると食いつきたくなるじゃないですか。逆に背中を押されるとやる気がなくなるんですよね。

なのでグループワークでゲームの要素を使うってなったときに、とにかく「聴く」っていうのが一番大事なんだと思います。

聴いて話を引き出していくっていうか、あー、何言ってるんだかワケわからなくなってきました(笑)。

 

村上 要するに聞き手に傾聴の姿勢があるから、誰かがアクションを起こしたときにすぐリアクションがとれて、

それがゲームていうところの「即時フィードバック」や「称賛演出」につながって、話し手は「聞いていただけた」っていう喜びが得られるから頑張ろうという気になる。

そこで褒められた日にはもう舞い上がっちゃうよね。ってことね。

 

門瀬 そう、それ!それ言いたかったんです(笑)!

 

村上 で、さっきの話で一つ気になったんだけど、「前に餌を置かれると燃える」でも「背中を押されると嫌がる」って話。

脱出ゲームを作る時は実はこれ逆なんだよね。脱出した先に何があるかはどうでもよくて、後ろから「時間」というものが迫ってきてるから、

そのネガティブな要素がモチベーションにつながって脱出しようとする。つまり中が嫌だから外に出る。でも今の話だと、目の前に餌があるからそこに行きたくなる。

この時に発せられるエネルギーって全然違うように感じるね。

 

門瀬 脱出ゲームの場合は、ゲームである以上「脱出しなければならない」っていう使命感はあるんですけど、答えを自分で発見した感覚があるから面白いんですかね。

 

村上 結局ゲームだから答えは用意されていて、自分で解決したかのように演出されてるだけなんだけどね。さっきの、餌で子供のやる気にさせる親と同じで。

 

門瀬 そうなんです。作り手の掌で転がされてるんです。でも転がされてるって感じないように設計されてるからあれは面白いんだと思います。

あたかも自分が凄いことを思いついたって錯覚させられるんですよ。

 

村上 昔から、「ドラゴンクエスト」は自由度が高くて自分でストーリーを作ってるように感じて楽しいのに対して、

他のRPGは一本道のストーリーをなぞるだけだからゲームとは言えないよね、みたいに批判された時代があったけど。

先日もゼミ通ヒーローズの中井涼の対談の中で「パワポを使った時点で授業は一方通行になるから聞く気をなくす」みたいなことを言われて…。

 

門瀬 それと同じだと思います。自己統制感があるからゲームが面白くなるんだと思います。

 

村上 答えはあるのに自分で発見したように見せる演出がゲームを面白くする一方で、ハッカソンの場合はそれこそ答えはない。だから面白いのかな。

 

門瀬 確かに何でもアリなんですけど、そこに時間制限があるからそれがゲーム性となってハッカソンっていうイベントが面白くなってるのかなって思います。

やっぱり何かを捻り出さなきゃいけないんですよ。「出来ませんでした」はダメなんで。

 

村上 これがプロの開発現場なら「出来ませんでした」はリアルに致命傷になるけど、ハッカソンの場合は出来なくても何の罰則もない。

なのにどうして「出来ませんでした、はダメ」になると思う?

 

門瀬 上からの強制力ではなくて、クリエーターとしての自分との闘いなんですかね。

チーム対抗って言ってますけど実はそこはどうでもよくて、時間内にゲームを完成させるっていうゲームに打ち勝つことができるかっていうことなんだと思います。

 

村上 やっぱりゲームなんだ(笑)。ルールは「8時間でゲームを完成させる」なんだけど、それが「作用」なのだとしたら「反作用」って何?

 

門瀬 テンションですかね。私が高いテンションを保てても周りがついてこれるかっていう問題があります。

ハッカソンそのものがゲームという捉え方ができるって言いましたけど、私にとっては、ハッカソンの中でのグループワークがゲーム作りなんですよ。

えーと、ややこしいですね。ゲームを作るっていうんじゃなくて、グループワークという名のゲームを作って私がグループメンバーを躍らせるっていう

シミュレーションゲームを楽しんでるって感じなんです。

 

村上 ややこしいけどよくわかる。キミも成長したな(笑)。

 

門瀬 とにかくみんなを気持ち良くさせるんですよ。気付かないうちにちゃんとやれるようにレールを敷くっていう感覚ですね。

そもそもゲームって義務がないからつまんないと思ったら途中でやめるじゃないですか。

ハッカソンもそれと同じだと思ってるんですけど、

それは私が許せないので。でも私一人ではゲームは作れないから、皆を動かすんです。

義務感はないけど途中離脱したくないような状況づくりをするというゲームですね。

 

村上 スタッフは駒なんだ(笑)。

 

門瀬 いや、…言い方悪いですけど、…えーと、そうです(笑)!

 

村上 マイルドな言い方すると、サッカー選手と監督みたいな感じね。ハッカソンの中で二重にゲームが行なわれているって感じか。

 

門瀬 グループワークで話し合いをしてる時に私が何か面白いアイデアを思い付いたとして、それをぶつけるのってあまり得意じゃないんです。

なので皆が分からないように私の意見に近づくように誘導していくんですよ。これが楽しいから私はグループワークが好きなんです。

リーダーっていうと、RPGなら万能で皆を導く勇者タイプのイメージがあるんですけど、私はそうではなくて、

列の一番後ろにいるんですけど道は変えさせねーぞと(笑)。

でもそれはそれでwin winだと思うんですよね。とにかく気持ちよく冒険はしてほしいんです。

それは私があまり発想が得意じゃないからなんだと思います。

 

村上 後輩たちからすると門瀬の存在って「発想力豊かな先輩」って位置付けられてるよね。

 

門瀬 いや、それは違いますね。今回のハッカソンでは私はほとんど意見は言わなかったですし。

 

村上 でもそれって良いアクティブラーニングの特徴でもあるんだけど、「教え込む」じゃなくて「学びたくなる状況を演出する」ができたってことじゃない?

 

門瀬 一歩引いて全体を見る方が面白いんですよね。芸大に入学してよく分かりました。

元々兄(キャラデ卒)って私にとって絶対的な存在で、なんというか天才肌なんですよね。

それに対して私は凡人なんですよ。それは私の思い込みじゃなくて、自分を客観的に分析した結果で。なので発想力があるっていうよりは、

そう見せる「フリ」がうまいんだと思います。周りの人のエネルギーを吸い取って、発想力という名の殻を作ってるんですよ。

 

村上 やっぱり演出って大事だね。

 

門瀬 そうですね。人の力を使ってそれを増幅させて、発想力が高いキャラのように見せるんです。

 

村上 極真空手よりも合気道に近い感じかな。相手に攻撃させて受けて倒す、みたいな。

 

門瀬 まさにそんな感じです(笑)。で、今回のハッカソンで一つすごく嬉しかったことがあるんですよ。同じチームにいた1年生の後輩が、

別のチームの子に「うちのチームはどんどん進んでいってすごく楽しいよ」って伝えてたらしいんですけど、それが一番嬉しかったですね。

 

村上 それは門瀬個人が褒められたということじゃなくて、チーム全体が評価されたってこと?

 

門瀬 いや、ただ単に私の思い通りにいったっていう感覚です。あ、楽しんでもらえたんだ!っていうことが嬉しかったです。

 

村上 ゲームってプレゼントだと思っていて、人の驚きをデザインする仕事だから、思惑通りにいくと嬉しいよね。

 

門瀬 落とし穴を掘って、そこに誰かが落ちた瞬間の気持ち良さですかね。

落とし穴が見えないように周りをデコレーションしていって、気をそらして落とすみたいな。

 

村上 授業の頭でいつも言ってるけど、ゲームを作る人って、いたずら好きとか、良い意味で性格が悪い人が向いてるかなって。

でも、驚かすっていう欲求が強すぎてそれが仇になることもあるね。自分が外で見てすごく感動した映画があって、

これを嫁さんにも見せたいからあとでDVD買って一緒に観ようと思ったことがあって。同じ場面で驚いて、

同じ場面で感動して泣くっていうことを共有したいんだけど、見せ場が来て、嫁さんの反応をチラっと見たら映画観ずにめっちゃスマホ触ってたりして、

いやいや、ここ!ここっ!!てなるよね。この喜びを共有できない悲しさよ。

 

門瀬 めっちゃわかります。でもそれが面白くないですか?

 

村上 やだ。

 

門瀬 この人は全然違うんだ!って分かったらそれが新しい発見になるし。もちろんその瞬間は否定されたみたいで悲しくはなりますけどね。

 

村上 いや、だってさ、この映画を見せるためにだよ、時間を調整して、御膳立てして、テレビの前まで誘導して、

さあ見るぞって時によ、スマホかよ、ツイッターかよ、てなるよね。いや分かってるよ、どうせ俺の演出力不足ですよ。

 

門瀬 大人げないです。

 

村上 でも不思議な事に、自分が開発して商品化されたゲームがネットで叩かれても全然平気なんだね。無償でやるか有償でやるかの違いなのかな。

無償のものってそれなりのテンションで準備するでしょ。見返りがないから愛情で勝負っていうか。

でも商品開発の場合、ネットで悪口を書く人って「ちゃんとお金を払って買ってくれてんじゃん!」て思う。

しかもエンディングまで見た上で悪口言ってるから、こちらとしてはありがたやありがたやってなる。

俺、構ってちゃんだから悪口言われると燃える。

 

門瀬 (爆笑)

 

村上 授業中に学生に寝られたら少しヘコむかな(苦笑)。自分が感動して体得した内容を学生のみんなにも共有したいっていう気持ちで授業やってるから、

「よくも寝やがったな」ていう怒りではなくて、嫁のスマホ状態で「この喜びを一緒に味わえないのかぁっ!」って寂しくなる(苦笑)。

帰宅したらその日の晩は膝抱えて過ごす(笑)。

 

門瀬 …。

 

村上 さあ、もう何の話だかワケがわからなくなってきたね。今回はハッカソンを通して、人の気持ちを誘導するデザインというか、

そのデザインそのものが実はゲームであるという話を門瀬さんにしていただきました。では今日はありがとうございました。

 

門瀬 はい、ありがとうございました。

 

 

 

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2019年4月5日  インタビュー

ゼミ通ヒーローズ Vol.05

 

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中井涼と「学びという名のゲーム」について語るの巻

 

今回のゼミ通ヒーローズは、村上ゼミ3年生の中井涼さん(金沢辰巳丘高等学校出身)をピックアップ。

ゲーム開発会社Happy Elementsの合同授業やゼミ内プロジェクトの記事でもたびたび紹介されているゲームゼミの名物キャラですが、

今回は彼女の「学び」によってモチベーションを高める秘訣やあそびの力で日々を楽しくする方法についてお伺いしようと思います。

 

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ハッカソンにて、グループでアナログゲームを制作する中井さん。

 

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脱出ゲームで石鍋先生を壁に拘束する中井さん。

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台湾漫画博覧会にてステージ上でイラスト制作を実演する中井さん

 

 

村上 中井は色々な活動をしていて、とにかくアグレッシブなイメージがあるけど、具体的にはどんなことをやってる?

 

中井 ゲームゼミ以外の活動でいうと、LIMITSのオマージュとなるMINUTEっていうペイントバトルの監督をやらせてもらってます。

1年生の時は「見世物小屋プロジェクト(学祭で開催しているお化け屋敷の制作)」「京造イルミネーションプロジェクト」をやってきて、

2年生の時は「見世物小屋プロジェクト」のLA(ラーニング・アシスタント)もやらせていただきました。

あと、台湾研修とかオープンキャンパスのスタッフとかハッカソンとか、先日はイラストのグループ展とか色々やってましたね。

 

村上 それだけの活動をしていながら一切モチベーションが下がらないのが不思議なので、今回はその秘訣を教えてもらおうかと。

 

中井 はい、高校時代まではとにかくグループワークが苦手で、それを克服するためにプロジェクトの参加を決めました。

ここは学費が高いので(笑)、やれることは全部やってしまおうと思って。やっぱり1年生だったので最初は何でも楽しいじゃないですか。

学科で習うことも全部楽しくて、楽しいという気持ちがあるからやってこれたし、私は新しい環境というのが好きで、

ていうかずっとその場にいられない人なんで、新しい場所に行って新しいものを得てるという感覚があるから色々やっていけるんだと思います。

 

村上 楽しい=モチベーション、てことね。じゃあ「楽しい」とはどういうこと?

 

中井 やってる内容というよりは人との関りが楽しいんだと思うんですよ。結局授業だって先生とか周りの学生と関わっていきますよね。

プロジェクトに関しても、仲間がいなきゃ絶対にやれないものなので、

その仲間と連絡をとりあって協力して何かを作るというのが私的には楽しかったのかなと思います。

 

村上 寂しいんじゃないのか?(笑)

 

中井 そうかも知れないです(笑)。一人の時間も大切で、一人にもなりたいんですけど、…やっぱり寂しいんですかね。

でも、私の性格的に誰かとの関りを長く続けることもできないんですよ。すぐ自分から断ち切っちゃうんで。

今一緒にいて楽しければそれでいいかなと。

 

村上 ドライな関係やな…。お前は用済みだ、的な?

 

中井 いや、そんなんじゃないですよ(笑)。自分から連絡を取るっていうのが凄く苦手で、

特に仲が良くて好きな相手ほど連絡がとりにくいんですよ。自分が「どうせ私なんて」って思ってるから、

相手も同じように考えてるのかなと思うと別に連絡とらなくてもいいかなって。

 

村上 新しいものを求めるからそうなるのかな。同じ人と同じ事をするよりも他の人と違う事をする方が有意義とか。

自分もそうだけど、貧乏性なのかも。生きてる時間が限られてるのに同じ人とだけ関わると時間が勿体ないみたいな。

 

中井 そう、その感覚です。

 

村上 その時は楽しいけど、40歳過ぎて友達が少ないのはなかなか寂しいぞ(笑)。

いざ立ち止まって振り返った時に「これで良かったのかな」って思うし。

 

中井 でも私がそういう考えだから相手も同じように考えてるだろうって思っちゃうんですよね。

だったら相手にとっても私は要らんくね?って思うんです。

 

村上 親友は?

 

中井 いないです。

 

村上 即答(笑)。

 

中井 私は「聞く専」なので、人それぞれが持ってる色んなアイデアとか考え方を聞いて、

それを自分のものとして吸収したいっていう欲求があります。

 

村上 知識欲?ゲーム要素でもある「欠落を埋めたがる欲求」が強いのかな。やり込み要素満載の人生やな。

 

中井 何でも知っておけば損はないじゃないですか。自分がどれだけ考えても出てこないアイデアをもらうみたいな感じなんで、

それが私はすごく楽しいんですよ。自分から話すと、アイデアを他人に渡すことになっちゃうんでそれはヤだなと。

 

村上 わがままな奴やな(笑)。でもグループディスカッションの時は結構発言するよね。

 

中井 それはグループを良い方向に導かなきゃいけないから、そういう時はどんどん発言しますよ。

自分がいるチームに対してアイデアを出さないと自分にもペナルティが架せられるから。

 

村上 知識欲と独占欲が強いのはよく分かったけど、知識をコンプリートしたらどうする?生きてる上でコンプリートなんてあり得ないことだけど…。

 

中井 コンプリートすればするほど大きな作品が作れるんじゃないですかね。

 

村上 最終アウトプットのイメージはある?

 

中井 ゲームとは全然違うんですけど、60代とか70代になって、お母さんと妹と一緒にお店を開きたいんですよ。

そこで自分のブランド…というか自分を表現する何かの媒体として作品や商品を売りたいんです。その時に、

それまで蓄えた知識とか技術を一気に使って吐き出したいという想いはあります。何でもやりたいんで一つの枠に収まりたくないんです。

枠に入ると一年もたたずに飽きて辞めちゃいそうです。

見世物小屋のプロジェクトをやったからお化け屋敷を運営する会社に就職するとか、そんな風には考えたくないですね。

 

村上 継続力があるというわけではないんだね。継続せず毎回新しいことをするからモチベーションを維持するというパターンか。

自分から何か新しいことを発信することが楽しいんだと思うけど、逆に「新しいこと」を義務付けられたり強制されたらどう感じる?

 

中井 義務の定義を説明してもらって、それで納得できればやると思いますけど、相手が求めるものが自分の価値観と合わなければお断りします。

やらされてるって感じたら続かないんで…。

 

村上 強制ではなくて誘導ならどう?やれと言われるんじゃなくて、やりたくなるような状況を作られて、

いつの間にか相手の掌で転がされてるとか。所謂ゲーミフィケーションなんだけど。

 

中井 掌で転がされようと、一度は「やりたい」って気持ちになるわけだから、それは良いと思います。

 

村上 じゃあ、子供は宿題をやれと言ってもなかなかやらないけど、ゲームは隠れてでもしようとするよね。その違いは何だと思う?

 

中井 宿題の場合は「やれ」って言われるから嫌になるんじゃないですかね。

ていうか「宿題」っていう名前とかその出し方に問題があるんじゃないですか?

私は答えのある問題を解くんじゃなくて、まだ誰も得てない「知識」が欲しいんですよ。

だから人と話をして、その人にしかない考え方を吸収して自分なりの見方を養っていくっていうのが好きなんです。

学校で「教わること」は他の皆も持ってるってことなので、私は違うことを「学びたい」って思います。

 

村上 ちなみに我々は第二次ベビーブームと言われる世代で、同級生の人数が多すぎるから何をするにも全て競争だったのね。

勝たないと得られないから「ベスト1」が美徳とされてた時代。その後の世代では「オンリー1」っていう言い方が流行ったよね。

たまに自己中的な代名詞として揶揄されたけど…。

で、これからのソサエティ5.0の時代に向けて必要なのはベスト1でもオンリー1でもなく、「ファースト1」だと思うのね。所謂イノベーションってやつ。

 

中井 その考え方すごく好きです。競争じゃなくて新しいことしたいです。学ぶのは好きなんですけど勉強めっちゃ嫌いなんで(笑)。

 

村上 教員の教え方次第かな。「教える」のではなくて「学ばせる」が重要なわけで。

「教える」だと学生からしたら全然面白くないしモチベーションが維持できない。

学生が自分で発見するか、自分で発見したかのように感じさせて驚きを与える演出が大事だと思うんだよね。

 

中井 ほんとそうですよね。中学生の頃とか教え込むタイプの先生ばかりで勉強がめっちゃ嫌いになって、

結局先生のことを「知識をくれる道具」としか見なくなりました。

 

村上 Googleかよ(笑)。

 

中井 そうなんですよ(笑)。「教え込まれた」と感じた授業の内容はほとんど頭に入ってないです。

 

村上 テストに向けて丸暗記しただけだもんね。知ったことを発信して、それを受けた人からリアクションがあって、

それを見て初めて記憶というか心に定着する。やっぱりボールを投げたら打ってほしいもんね。

 

中井 ゲーム特有の「即時フィードバック」の要素が重要ですね。

 

村上 以前、学びとゲームの研究の過程で、ゲーミフィケーションを使って図書館利用者を増やすことができるかっていう実験をしたよね。

活字離れが懸念されるからって「本を読め」って言っても誰も本を読まない。よほど読みたい本があれば別なんだろうけど。

 

中井 空間から入ったらいいと思いますね。そもそも図書館っていう空間がしんどいんだと思うんですよ。静かにしなきゃいけないとか飲食禁止とか。

「ハリーポッター」に出てくるホグワーツの図書館って、皆と話しながら本を読む場面が多くないですか?

 

村上 分かるけど、気が散らない?

 

中井 でも本棚で仕切られてたりするじゃないですか。学校の図書館みたいに本棚と机の領域を分けて固めるんじゃなくて、

色んなところに机があれば個人のスペースが確立できるし、その一個一個の中なら多少話をしても構わないってなりません?

図書館って「知識を得る場所」なのだとしたら、それを吐き出すことも同時に出来た方が良いと思うんですよ。

ゲームの理屈から言うと、吐き出すことによって知識が深まりますよね。だから図書館でミーティングをした方が良いと思うんですよ。

 

村上 確かに、さっきまでの文脈でいくと、本を読んで頭の空白を埋めて、情報が満たされたらそれを吐き出して第三者に伝えて、

リアクションを得て初めて自分の記憶に定着するっていう即時フィードバックの反復ね。それは効果的かも知れない。

 

中井 本って、知識を蓄えるだけの道具じゃなくて対話の道具であるべきだと思うんですよ。

友達同士でページめくって「わー、これすごーい!」とか言い合ったら絶対記憶に残りますよね。

蓄えるだけの道具だったら図書館じゃなくてGoogleで良いと思います。

 

村上 昔ながらの考え方かもしれないけど、図書館でのアウトプットって、静かにレポートを書くとか、そういうことなんだと思うのね。

提出されたレポートに対する先生のリアクションが来るのは数週間後。それは即時フィードバックとは言えない。

中井の理屈はコミュニケーションというゲームがあることによって学びが効果的になるってことね。

 

中井 単に私がコミュニケーション好きなんで(笑)。あ…、これもしかして図書館の悪口みたいになっちゃってます?(笑)

 

村上 いや、愚痴ならスルーするけど、前向きな問題提起だから全然良いよ。コトを荒立てた方が前に進むから。ところで、中井ってゲームはやらないの?

 

中井 子供の頃にポケモンやってましたね。そこでハマりましたけど、最近は全然やってないです。ポケモンGOくらい。

 

村上 やっぱりポケモンかよ(笑)。なんで好きなの?

 

中井 人間とモンスターっていう異種間のコミュニケーションに惹かれるんだと思います。

自分とは違う者と共存して一緒に戦うとか。人と人とのつながりというよりは、異種である事が好きです。

アナログゲームの場合だと、面と向かって人同士の関わりで遊ぶことになりますけど、対面でゲームをするくらいなら「会話しましょう」ってなりますね。

 

村上 去年中井のリクエストで屋外で「缶蹴り」をやりながらゲーム分析をしたけど、あれもゲームというよりもコミュニケーションを渇望してたから?

 

中井 完全にそうですね。皆ともっと仲良くなりたかったし、「体育館使って走り回ってるけどあの人たちは一体何をやってるんだ?」って周りの友達に思われたかったです(笑)。

 

村上 ゲームゼミって、パソコンを使ってプログラミングしたり美少女キャラの絵を描いたりっていうイメージがあるのかな。

 

中井 そうだと思いますよ。せっかくあそびというものを研究するなら、幅広くやって、「うちのゼミこんなことやったよ」ってみんなに自慢したいです。

 

村上 ガイダンスでも「ゲームの作り方を教えます」とは一言も言ってないんだけど、ゲームって名前がついてるからどうしても誤解されるね。

で、さっき好きなゲームについて聞いたけど、今度は好きな授業ってある?その授業の中のゲーム性について分析してみようか。

 

中井 太木先生(グラフィックデザインの先生)の授業は全部好きですよ。実践的な技術や知識も得られてフィードバックも速くて、

頑張れば頑張るほどリアクションも変わってくるので。頑張らないと容赦なくボコられますけど。もし頑張ったのにリアクションが薄いと、

なんでダメだったのかを必死で考えますね。自分だけ褒めてほしいから頑張るっていう部分もあります。

 

村上 太木先生を独り占めしたいのね。あとゲームの7要素にある「称賛演出」の渇望かも知れないね。

 

中井 太木先生に関しては「強い女性」っていう印象があるんですよ。全然ブレないし。私たちの世代って強い女性に憧れるんです。

女性社会に変わりつつある中で、あんな強い人をみるとちゃんと頑張りたくなるんですね。

高校の時の先生もめちゃくちゃ厳しくて怖かったんですけど、言い過ぎて生徒が泣いたら慌てて優しくフォローしたりとか。もうブレッブレなんですよ(笑)。

 

村上 となると、知識欲、独占欲と色々出てきたけど、どういう感覚なんだろう。太木先生の存在は、中井にとっては師匠?いやラスボスなのかな?

 

中井 ラスボス(笑)!そうではないですね。太木先生の知識や考え方が欲しいんですよ。

 

村上 なるほど、じゃあポケモンだ。ドラクエだったら敵を見つけたらただ倒すけど、ポケモンは敵を弱らせてから捕まえるよね。つまり太木先生はミュウツー(笑)なんだ。

1ターン毎にボコボコにやられるけど、技術が欲しいから耐えて耐えて、モンスターボール投げて太木先生ゲットだぜ、みたいな。

倒したいわけではなくて後から利用できる技術が欲しいという感じ。

 

中井 まさにそうですね。だから強そうな人ほどお近づきになりたいです(笑)。

 

村上 あ、そうそう。中井のことで一つ気になってることがあって。後期の頭くらいだったかな?

ゲームの授業で講義が三週くらい続いたときに、「先生の言葉が聞きたいです」て言われたのがすごく印象的だったというかショックだったというか。

そこの真意を聞かせてくれる?

 

中井 一般的な知識がほしいわけじゃなくて、先生だからこそ話せることとか、先生が実際に感じたこととか、「この人から学んだから価値がある」って感じたいんですよ。

 

村上 でもあの時の講義の内容は、自分の中にあるものを吐き出したもののはずなんだけど、結局話し方とか見せ方の問題だったのかな。

個人的に講義ってあまり好きじゃなくて(笑)、機械的な情報伝達になりがちで体温が伝わりにくいから。

Power Pointを使った時点で一般論を淡々と語られてるように感じるのかもしれないね。で、結果「つまらない授業」って思われるという。

 

中井 だと思います。講義…はもうなくていいです(笑)。授業をしないでください(笑)。

見世物小屋のプロジェクトのときにもそういうのがあって、ストーリーを作る時に、「人間の怖さてっいうのが最終的に重要なんだよ」って先生は教えたかったんだと思うんです。

でもそれをスライドとかパワポで見せちゃうと「教える」ことになっちゃってダメじゃないですか。

じゃあどうしようってなった時に、貴船神社にみんなで行ってみようってなったんですよ。

呪いの藁人形を使った丑の刻参りがありますよね。その時はお化け屋敷感覚で怖がってたんです。

 

村上 リアルに感情が出てくるのはフィールドワークの醍醐味だわな。

 

中井 そこで感想をまとめて発表したんです。そしたらほとんどの人が「この絵馬が怖くて」みたいなことを言うんです。

でも最終的には丑の刻参りをしてる「人」が怖いっていう結論が出て、「そうかー、みんな人が怖いんだね」って誘導されて、なるほど!てなったんです。

実際に怖いと思って自分たちなりに発表までして、その発表の内容に対して的確に誘導されたからインパクト絶大で完璧に心に突き刺さりました。

 

村上 自分でリサーチした情報に新たな価値を上乗せされたことで、「教わる」じゃなくて「学ぶ」になったわけね。

もしそこでパワポを使って「人=怖い」みたいなスライドを見せられた日にゃ…

 

中井 あーもう最悪ですね(笑)。なんの学びもないし授業がつまらないと感じると思います。怖さの理屈を教え込まれるんじゃなくて、

体験して考えて発表までして、一回考えてるっていう経験があるから確実に理解できるんですよね。

 

村上 ゲームの基本=学びの基本っていうゼミの考え方が少しずつ浸透してるみたいで安心した。

「あそびの力で社会を豊かにしよう」ってカッコ良いよね(笑)。ゲームゼミが狙ってるのはそのポジションなんだけど。

ゲーム作りの技術を教えるんだったら専門学校さんの方が良いだろうし。

基本姿勢だけ教えておけばあとはみんな勝手に野間先生の授業で技術を習得して勝手に面白いゲームを作ってくれるのでこちらとしてはとてもラクでいいなと(笑)。

というわけで、今回はゲームはゲームでも、学びの中にあるゲーム性という点について掘り下げて話をしてみました。

学生視点の話が入ると机上の空論ではなくリアリティがあってこちらも良い勉強になります。

では今日はありがとうございました。

 

中井 ありがとうございました。

 

 

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2019年3月29日  インタビュー

ゼミ通ヒーローズ Vol.04

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ゼミ通ヒーローズ Vol.04

石倉凛太郎と脱出ゲームについて語るの巻

 

今回のゼミ通ヒーローズは、

ゲームゼミ2年生のリーダーである石倉凛太郎さん(鹿児島工業高等専門学校出身)のインタビューをお届けします。

2年生ゼミの成果物である「脱出ゲーム」の制作を通して感じた事・学んだことについて聞いていこうと思います。

 

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石倉凛太郎さん

 

 

 

石倉 (以下、鹿児島訛りでお読み下さい)よろしくおねがいします。なんか緊張しますね。

 

 

村上 いや、いつもの感じで全然いいよ。というわけで、唐突だけどなんでこの大学に来たの?

 

 

石倉 僕は元々高専(高等専門学校)の出身でして、そこは5年通って卒業後にはエンジニアになれるようなそんなところでした。

モノを作るのが好きで、 小学生の頃の夢はタカラトミーで働くことでした。

でも行き方が分からなくてどうしようかと思っていたら、父から高専を勧められて、 調べてみたら「面白そう!」ってなって行くことになりました。

子供の頃って特殊な環境にすごく憧れるじゃないですか。

ただ、何となく面白そうというだけの見切り発車で入学しちゃったんで、勉強がなかなか大変で…。進級するにしても赤点が59点なものだからハードルが高くて。

ここは数学が必修で、これを落とすと落第になるんです。40人クラスのうち10人くらいは必ず進級不可になって、

でも上の学年から落ちてきた10人が入ってくるから常に40人をキープするという謎の一期一会がありました(笑)。

 

 

村上 出だしは工業系だったんだ。

 

 

石倉 基盤を作ったり工業製品を作ったりしてるときに、自分がやりたい事ってこれだったのかなぁと悩んでいたら、オタク文化にぶつかったんです。

自分は中学生になるまでマンガも「ワンピース」しか知らなかったんですけど、色んなオタク文化を知ってから驚いてしまって、

そこから基盤作りよりもそっち(ソフトウェア)の方に興味が出て進路を変更することにしました。

せっかく高専に入れたけど、5年の課程のうち3年で中退させてもらって、大検をとって京都造形のAO入試を受けました。

もしこの大学の入試に落ちてたら僕の学歴は中卒になるところでした(笑)。

大学受験に関しては親に2年間交渉してやっとOKがもらえました。

 

 

村上 交渉しなきゃいけないような状況だったの?サブカルチャーが理解されなかったとか?

 

 

石倉 いえ、単に一度決めた進路を変えるというのはいかがなものかと。厳しい高専から逃げただけだと思われたみたいなんですけど、

どうしても工業製品の製造よりもソフト開発の方に興味が出てきたので。

 

 

村上 なるほど。実際に入ってみてどうだった?

 

 

石倉 ギャップはありました。高専でやっていた数学が大学の数学の授業で、大学に入ったら数学がないんですよね。

あの勉強は一体何だったんだ!?てなりましたよ。

 

 

村上 勉強が役に立つと感じるには時間がかかるから今は戸惑うだろうね。で、ゲームに興味を持ったのはいつから?

 

 

石倉 うちは親がゲームに対してとても悪いイメージを持っていたんですけど、

NHKのプロフェッショナルでレベルファイブの日野社長のドキュメンタリーを見てからゲームの印象が変わったみたいで、

親から「二ノ国」を買ってもらいました。そこからゲームにのめり込みましたね。

 

 

村上 入口はデジタルゲームだけど、実際にゲームゼミに入るとアナログゲームを作る機会の方が多いよね。

2年生は後期いっぱいをかけて「脱出ゲーム」を作ったけど、やってみてどうだった?

 

 

石倉 終わった後だから言えることだと思うんですけど、率直にめちゃくちゃ楽しかったです。

そこではゼミのリーダーをやらせてもらっていて大変でしたけど。

1年生の時はねぶた制作(1年生全員参加のワークショップ)のリーダーをやらないかと言われて、その時は断ったんですよ。

なんか大変そうだなと思って逃げてしまったんですね。でもねぶたが終わった後にすごく後悔して、ゲームゼミではリーダーをやらせてもらいました。

色々やらせてもらいましたけど、やはり自分の実力不足を思い知って…

 

 

村上 何に対して実力不足を感じた?

 

 

石倉 危機感ですかね。スケジュールは最後の土壇場で何とかなったんです。

毎日夜7時からゼミメンバーとスカイプで会議をして最終的な形にすることができたんですけど、

それでもそれを最初の段階から出来ていなかったというのは、「こういう時間の使い方をするとこうなる」ということがイメージできていなかったからだと思うんですね。

何か失敗をしていたら「こうしなければならない」というのが分かるじゃないですか。

でも初めての時ってそれが分からないから危機感を抱く事もなく制作の終盤で焦ることになった、というのが一番の反省点です。

 

 

村上 それでもなんとか完成にも漕ぎつけて、ゲームのレベルデザインとしては過去最高に良く出来ていたなと感じたけど、ここで今回の脱出ゲームの見どころを紹介してもらおうかな。

 

 

石倉 ゾンビを研究しているある研究所にお客さんを閉じ込めて、そこから60分という制限時間内に研究資料だったり落ちてるモノだったり、

時にゾンビすら利用してこの部屋から脱出しなさい、というゲームです。

 

 

村上 そこからどんな体験を提供しようと思った?

 

 

石倉 やはり脱出ゲームなので制限時間が迫ることへのハラハラドキドキとか、

それでいてゾンビが登場するようなシュールな場面もあったりして、その感情の温度差を作り出したかったです。

モノと謎とストーリーが組み合わさるのは当然なんですけど、それにプラスしてキャラクターがいたという点が面白かったですね。

これらが一体化して雰囲気作りがうまくいったと感じています。

石倉2

脱出ゲームの制作現場で指示を出す石倉さん。(右から2番目)

 

 

 

村上 巷ではスクラップさんの「リアル脱出ゲーム」がものすごく流行ってるけど、そもそもどうして人は「脱出」というものに惹かれるんだろう?

 

 

石倉 確かに、「入室」より「脱出」の方が燃えますもんね。村上先生も授業で仰ってたように、「入室ゲーム」だと「別に入らなくてもいいじゃん」てなりますけど、

監禁してネガティブな状況を作ると「脱出せざるを得ない」となるので、必死になって逃げだす為に仲間と協力するという状況が生まれるじゃないですか。

その非現実的な脱出のシチュエーション自体に魅力を感じるんだと思います。

石倉3

学生に混じって脱出ゲームに挑戦する石鍋先生(笑)

 

村上 ちなみに、去年先輩が作った脱出ゲームに挑戦してみてどうだった?

 

 

石倉 僕は脱出できなくて…チームを組んだ石鍋先生(プロデュース領域の先生)と一緒に死にました(笑)。

でも単純に「これ、タダで遊べるんだ」と思いました。

挑戦する前は文化祭感覚のようなものかと思ってナメてたんですけど、まさかあんなに完成度が高くて、

お金をとれるくらいの面白さなのに無料でできるなんて凄いな、て思いました。

 

 

村上 面白さ、とは?

 

 

石倉 クリアできなかった悔しさですね。一番最後の謎までたどり着いて、そこで詰まったんですが、

よくよく思い返せば冒頭の注意事項の説明の中で思い切りヒントを言われてたんですね。

これに後から気づいて自分に対する怒りで悔しくなって、同時になんて面白い仕掛けなんだって思いました。悔しいからもう一度遊んでみたくなるし。

 

 

村上 理不尽だと思わせずに、いかに自分の責任だと感じさせるかが優れたゲームデザインだし、

そう感じられるような伏線をあちこちに張ってあるから、余計に悔しいと感じられるんだろうね。

理由が分からずゲームオーバーになるものは所謂クソゲーだから(笑) で、また今年の話に戻るけど、創る上で苦労したポイントは?

 

 

石倉 やはりスケジューリングですね。あと全体の意思統一というか、どうしても自分が目先のことしかできていなかったから、「誰がまとめるの?」てなって。

先輩方を見てると全体をまとめるのがうまいなと感じるんですけど、自分は全体を見るとどうしてもソワソワしてしまって、結局自分自身が目先の作業に没頭して管理ができなくなるんです…。

 

 

村上 誰しも最初はよくやりがちだけど、とにかくリーダーは作業をしちゃダメ。全体をよく見て仕事を振ることに専念しなきゃね。

 

 

石倉 今回の反省点としてはそこですね…。同時に学べたところもそこですね。

3年でもリーダーを任せていただけるならこれだけはやっておきたいという事があるんですよ。

人前に出るとどうしても「嫌われたくない」と思ってしまって、ズバっとものを言う事ができずに遠慮してしまうところがあるから、

それこそ人に嫌われるくらいの気持ちでやろうとか、嫌われることを目標にしてやってみようみたいな気持ちはあります。

自分が当たり障りのないことを言っているからチーム全体がどうしてもフワフワしてしまうので、

ちゃんとメリハリをつけられる環境づくりが必要なのかなと思います。

 

 

村上 無理に嫌われる必要はないけど(笑)、明確なゴールを決めて、それを実現するための道筋をしっかり考えればやるべきことは見えてくるわけだし、

そうすれば必然的に他人にも自分にも厳しくなる、イコール優しくなれる、ということだから、それでいいんじゃないのかな。

 

 

石倉 うーん、それはそれで難しいですけどね…。でも前期の授業の中でみんなで「缶蹴り」をやったじゃないですか。

あの時はまだ学生同士が名前を覚えていなくて、名前を呼べないからゲームが破たんするという(笑)。

でもあれから急にみんな仲良くなったような気がしますね。

それまでは「単に同じ授業を受けてる人」というだけの関係だったのが、あのあたりから「ゼミの仲間」という意識が芽生え始めたように感じてます。

 

 

村上 色々経験できて、知識も表現力も蓄積されてきたと思うけど、将来の夢は?

 

 

 

石倉 実はまだ明確には固まってなくて…。この会社に行きたいから頑張るという考え方も大事だと思うんですけど、

今はもっと広い視点で色んなものを見ることが大事かなと考えてます。

 

 

村上 ほとんどの人が最初はコンピューターゲームを作りたくてこの学科に入って、でも実際にはカードゲームやら脱出ゲームみたいなアナログゲームを作ることの方が多くて、

そのうちに「ゲーム」じゃなくて「あそび」に対する興味が出てきて、人生の選択肢が増えすぎて余計に混乱してしまうというのが現状かもね。ポジティブな悩みだけど。

 

 

石倉 そうですね。でもその状況でフワフワしてたら何も成果が得られないから、今自分がいる状況の中でやれることをやりたいですね。

プランナーになりたいからプランナーの勉強をするんじゃなくて、自分が制作を通して得たものとか楽しいと感じたものに合う職種を探せばいいかなと考えてます。

なので出来る限り色んな授業を受けて活動の選択肢を増やすということをしています。

 

 

村上 ゴールを目指して頑張るんじゃなくて、今やってることの結果でゴールを見出していく、てことね。それも一つの考え方だし、全然良いと思うよ。

オトナはどうしても先にゴールを決めさせたがるけど、そこは学生の自由なんで、やりたいようにやればいいんじゃない?

 

 

石倉 ですよねー。

 

 

村上 というわけで、今後もぜひ頑張っていって下さい。今日はありがとうございました。

 

 

石倉 ありがとうございました。

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2019年3月25日  インタビュー

ゼミ通ヒーローズ Vol.03

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ゼミ通ヒーローズ Vol.03

 

西川葵とUXデザインについて語るの巻

                       

今回のゼミ通ヒーローズは、村上ゼミ4年生の西川葵さん(出身:奈良県立橿原高等学校)をピックアップ。卒業制作で「新庄弁カルタ」を発表し、大手IT企業の就職も果たしました。アナログゲームの中にあるゲーム性と、UIデザイン、UXデザインに至るまで幅広く追及し、ゲームを面白くするためのデザインについて話をしていきます。

 

村上 「新庄弁カルタ」が奨励賞を受賞しましたね。まずはおめでとうございます。

 

西川 ありがとうございます。

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村上 では「新庄弁カルタ」の内容を教えてくれる?

 

西川 はい、これは新庄弁という言葉を使って文章を創るコミュニケーションゲームなんですけども、新庄弁を知ってる人も知らない人も遊ぶことができるゲームで、「使うことで知る」「知ってることで使えるようになる」、最終的にはこれが切っ掛けで他人とコミュニケーションをとることができるようになる、というものです。

新庄弁というのは奈良県葛城市新庄地区で話されている局地的な方言で、関西弁とか大和弁を中心にそれが独自に訛って使われたものなんです。この珍しい素材を使って何か面白いことができないかと考えて、方言の書かれたカードの意味を予測しながら言葉を繋げて文章を作るゲームにしました。

 

村上 単に言葉を知るだけだったら辞書みたいなものだけ置いておけば、勝手に勉強して勝手に知るんじゃないの?とも言えるけど、ゲームという形をとったからこそ覚えやすいということ?

 

西川 そうですね。

 

村上 ちなみに、過去の作品でいうと、一昨年は京都をモチーフにした「ミヤコ」、去年は奈良県をモチーフにした「ナラランド」といったボードゲームを制作してきたけど、この二つは割とゲームらしい形態の作品になってたよね。これは郷土愛みたいなものから発想した?

 

西川 自分が知ってるものとか興味のあるものだと、まず単純にそこが舞台になっていると作りやすいというのが動機です。私が個人的に知ってることって、他人に共感してもらいにくいんですね。京都に住んでる人だったら京都のことは分かるはず。新庄弁自体は局地的な物なんですけど、方言である以前に「言葉」であるということで、人は言葉を知ってるはず、というところに注目しました。

特に新庄弁カルタは関西弁がベースなので、分かるようで分からないというような微妙な部分が共感を呼んだんだと思います。で、その「共感できる題材である」という部分から今回の作品の題材に選びました。

 

村上 過去作は?

 

西川 「ミヤコ」の時は、あれは「パズル」「すごろく」「迷路」を組み合わせて作ったゲームになってましたね。それで「ナラランド」は、完全にすごろくでした。新庄弁カルタは、カルタがモチーフになってますね。

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卒業制作展会場で新庄弁カルタに興じるゲームゼミの後輩たち。

 

村上 一般的に「カルタ」っていうと、百人一首みたいに読み札を読んで絵札を奪い合うというイメージがあるけど、語源はポルトガル語の「カード」だから日本にある既存のカルタとは形は違えど意味合い的にはこれで合ってるわけね。

 

西川 地域限定のボードゲームってたくさんあるんですけど、「トトあわせ」とか、ああいうのもカルタと呼ばれてるので問題はないかなと。もちろん既存のカルタとしての遊び方もできるようにしています。

 

村上 トランプと同じで、1パッケージだけど複数の遊び方があると。これはアナログゲームだけど、所謂オーソドックスなトレーディングカードとかバトル系のカードゲームとは違ってかなりの変化球企画になってるよね。今回の作品の「ゲーム性」ってどこにある?

 

西川 やはり「共感性」にあります。コミュニケーションツールを創るというのが私のゲーム創りの一番大きなテーマなんです。人と人、人とモノのコミュニケーションを創りたくて、例えば「人とモノ」でいうと、「新庄弁」ともコミュニケーションをとると思うんですけど、それを介してまた人と人とのコミュニケーションが生まれると思っていて、その連鎖が大きなゲーム性になっていると考えています。

 

村上 コミュニケーションによるゲーム性って一体何?ていうかそもそもなぜ人はコミュニケーションをとろうとするのかな?

 

西川 分かち合うと楽しいからですね。人のことを知ると楽しいとか。知らない人のことを知るとか。知る喜びってあると思うんですけど、コミュニケーションによって他人のことを知る喜び、新庄弁を知るという喜び、そんな喜びがゲーム性に大きく繋がっていると思います。

仲の良い人で、色々知ってる人とコミュニケーションをとる時って、楽しいんですけど時間が経つと目新しさとか刺激はなくなっていくと思うんですよ。でもゲームを介すことで新たな一面を引き出すことができて更に深く知るっていう点が面白いと思います。

 

村上 本学の学生がゲームの勉強をしようとするとスッと頭に入ってくる気がするのね。なぜなら日頃至る所からゲームに関する情報が少しずつ入ってきて、中途半端に知識が蓄積されてる状態だから。じゃあ例えばこれが全然違う国の言葉だったり、生きる上で絶対に話すことがないであろう言語をゼロから暗記して勉強すると、「知ろう」って気になるかどうか。知るという意味では全く同じなんだけど、そのモチベーションは明らかに違うと思うんだよね。

 

西川 このゲームの場合「関西弁」がモチーフになっているので、誰でも一度は聞いたことがある、若しくは使ったことがあるという言葉が多いんです。そんな「何となく知ってる」という「既にある知識」と「新たな知識」が結びつく瞬間に喜びを感じるので、それがモチベーションになっているのだと思います。先生が仰るように、ある程度予備知識があるものとゼロのもので向かい合う際のモチベーションは全く変わってきますね。

 

村上 英語を学ぶにしても、ラテン語が語源になっているものとか、そこから外来語として日本で崩れたものとか、そういう「少し知ってる」と「初めて知る」が結びつくことで知識欲がかなり増幅されるというのも今回のゲーム性になってるね。

 

西川 タイトルの「カルタ」自体がそうですしね。

 

村上 ましてやそれが外国語ではなくて関西弁がベースになってるから余計に分かりやすい。知ってるつもりになってる関西弁があって「多分こういう意味だろう」と思ってカードをめくった時に、それが正解だった場合は自信と安心感が喜びに変わって、逆に全然違う意味だったときには、それはそれで驚きを生むからインパクトと相まって記憶に定着する。中途半端に知ってるものが前提にあるからこそ、どっちに転んでも楽しいと思える。

 

西川 試作品の段階で先生と話してて、「もしこれが英語だったら同じ楽しみが味わえるのか」と指摘されてゲーム性の部分を考えたんですけど、私自身新庄弁のネイティブスピーカーなので感覚が分からないんですね。知らない人に対してどのくらいの分からなさなのかが分からないんです。もしこれが英語のように聞こえてるんだったらヤバいぞと思ったりしました。でも色んな人にプレイしてもらって反応を見ている限り、何となく喜んでいただけているというのが分かったので、これはイケるんじゃないかと。

 

村上 自分も実際にやってみて、知ってる言葉は全体の1/4くらい…だったかな?

 

西川 先生は北海道出身だからそのくらいかも知れないですね。

 

村上 でも言葉の響きや標準語からの崩れ方なんかを想像すると、正解不正解の確率は五分五分くらいだった気がするな。なのでとても良いゲームバランスになってると思ったよ。五分五分だからめくる瞬間にスリルがある。それでめくって「ああ、そうなんだ!」と分かる即時フィードバックが得られてより能動的になれるし。

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新庄弁カルタでの遊び方の用例。意味が全く分からない文章が出来上がって笑いが起こるという場面も。

 

西川 面白い事例としては「えらい」とか。「しんどい」って意味ですけど。

 

村上 名古屋弁でもあるよね。個人的に一番衝撃を受けたのは「かたづく」かな。

 

西川 ああ、「嫁に出す」ですね(笑)。

 

村上 片付けるという扱いなんだーと思って…。あとは「はくせん」も。

 

西川 「くしゃみ」ですね。ハクションという擬音語が崩れて名詞になってるんですね。これも驚いた人が多かったですね。あと、「お日さま」のことを「ひーさん」と、敬って「名詞+さん」にする傾向があるんですよ。

 

村上 太陽だから「サン」ってことじゃないよね(笑)。

 

西川 違います(笑)。この言葉を面白がったお客さんが、珍しい単語を組み合わせてヘンな文章を予め作っておいて、それを友達同士でクイズにしている場面もありました。本来逆の遊び方をするんですけど、勝手にどんどん新しいルールが出来上がっていくという。

 

村上 そうそう。自分が遊んでても楽しいんだけど、今度はそれを誰かにやらせたくなるという副作用があって面白いね。自分の驚きを誰かと共有したくて、人が驚く顔を見てこちらはニヤリ!みたいな。

 

西川 ほとんどの人がそういう風に楽しんでいる感じでしたね。

 

村上 卒展期間中このゲームは常に大勢のお客さんに遊んでもらってたけど、そこまでウケた理由って何だと思う?

 

西川 共感性を呼ぶというゲーム性も大きかったですけど、コンポーネント全体の触りやすさや取っつきやすさもあったかなと思います。これは何の素材で出来てるんですか?と質問をしてきたり「触ってみたい」と言ってくる人もいて、もしこれがコピー用紙に印刷されたものだったらそんな風にはならなかったと思います。

 

村上 素材を紙にするか板にするかで議論した事があったね。板にすると分厚いからコンポーネントがデカくなるという問題があって、でも結果的には触り心地が良いので、板にすることになったね。

 

西川 制作費が10万弱なのでコストがかかりすぎて売り物にはできないですけど、でも「展示物」と割り切って見た目と触り心地重視で作ったので、それが集客に結び付いたのかも知れませんね。販売を目的とするなら間違いなく紙ベースになってました。

 

村上 卒業制作はお金がかかるね…。で、ゲームを創るときに気を付けたことってある?

 

西川 UIデザインですね。まずこれは日本語ですけど全て横字にしました。なぜかというと、縦字にするとカードを並べたときにどんどん奥に行ってしまって読みにくくなるから。友達と並んで遊ぶことを考慮すると横字にした方が圧倒的に見やすいんです。日本語である以上縦読みにすべきとの葛藤があったんですけど、それ以前にこれはゲームなのでリアリティより遊びやすさを優先すべきと判断してこのようなデザインにしました。

 

村上 そういえば最初のバージョンは縦だったね。つまりモノを作ったんじゃなくて、コミュニケーションというコトをデザインしたということね。

 

西川 はい。UX(ユーザー・エクスペリエンス=ユーザー体験)デザインという言葉が少しずつ浸透してきてますけど、ここでもユーザーのストーリーをどうデザインするかという点を最初に考えました。流れとしては、初見でその量の多さに驚いてまず展示台に近づきますよね。そして今度は素材を見て「あ、触りたい!」て思うから触るんですね。触った後は「これ何だ?」となって反対側を見ます。するとそこにも文字が書いてあって、両面に何かがあるということを理解します。そして最後に言葉の意味を理解する。つまり説明をしなくてもそこまでのユーザーのストーリーがデザインできてるんです。

ゲームで遊ばなくても、ひっくり返して見てくれた時点で私の中ではもう大成功なんです。ゲームという形で展示をしているので本来は文章を作って遊ぶというのが大目的になるんですけど、それは実はこの企画の中の副産物でしかないんですね。

 

村上 表向きに設定されてるゴールの手前に作者が仕込んだゴールが実は存在していたと。

 

西川 そうなんです。あと、よく言われるのが新庄弁を継承していこうという最終目的があると思われがちなんですけど、そこまでは求めてないんです。「そんなのあったよね」くらいの感じで、触れて知ったという経験が頭の片隅に残ればこの企画は成功なんです。

 

村上 存在を知ってほしかった、ていう感じかな。では実際にどうやってこのゲームができたのかという制作プロセスを聞かせてくれる?

 

西川 まず作ろうとした理由が、私の曽祖父が新庄弁をよく使う人で、曽祖父が亡くなったら急に周りの人も使わなくなって、世代ごとに使う人が減っていくと、私の言葉も周りに伝わらなくなっていくのではないかという不安からでした。これが気になったので地元の葛城市で市長の許可をいただいて公共の場で新庄弁の使用頻度に関するアンケート調査を行ないました。それで数値を出してみると案の定スピーカーの数が減っていましたね。しかも面白かったのは、認知度はあるけど使用頻度が極端に少ないという点でした。それでアンケートを通して得たこの感覚を何らかの形に残せないかと思ってこの企画を立ててみました。

制作工程としては、まず200個くらいの新庄弁をピックアップしてカードに書いてみました。そしてその裏に標準語の訳を書くというのをやってみたんですが、でもこれを使って何ができるかを考えても何も思い浮かばなかったんです。

暫くこのカードをクルクル回して、友達に見せてみたりしたんですけど、やっぱり何も起こらないんですね。これではゲームにならないので、カードを並べて助詞を足したり点数の概念を盛り込んだりして色んなルールを増やしてゲームの形にしてみました。一見ゲームっぽいものにはなってきたんですけど、じゃあコミュニケーションはとれているのかというと全然できていない。悩んだんですけど、ある時「共感を呼ぶ」という時点で実はゲームと呼べるものになってたことに気が付いたんです。

 

村上 要はゲームシステムの追及に気持ちが入り過ぎてたけど、既に「共感する」というUXがデザインされてるから、これをゲームと定義したらいいじゃないか、と判断したのね。

 

西川 そういうことです。先生とも話し合って、ルールとしての面白さをずっと考えてたんですけど、「果たしてそれって私が本当にやりたいことなのかな」という疑問もわいてきたんですね。カードをクルッと回す時点で私の中ではもう完結してたので、あとはこれを面白いと感じられるように拡張するだけで良いということになりました。最後にこれを形にするのは私の得意分野なので、工房に行って板を切って量産していきました。

 

村上 全ての思考とプロセス、あとはUXデザインに至る工程に筋が通ってるね。

西川は元々京都のボードゲームサークルに入ってたけど、こういうのはそこで得た考え方なのかな。

 

西川 そうですね、そこでアナログゲームの面白さを知りました。実は去年ミヤコを作る前段階でこのカルタの案はあって、先生に相談させてもらったことがありましたよね。その時は曽祖父が生きていたのでそこまでこの企画を重要視していなくて、でもそのすぐ後に亡くなって、スピーカーがいなくなるという危機感から急にこのゲームを作りたくなりました。

 

村上 なるほど。ではこの新庄弁カルタに限らず、西川にとっての「あそび」って何?

 

西川 私はやっぱり「人と遊んで楽しいもの」だと思っていて、ゲームは完全にコミュニケーションツールだと考えてます。一人用のゲームでも会話のネタになりますよね。例えばマインスイーパー(1980年に開発されたコンピュータゲーム)であってもスコアランキングが存在してるので他の人と競い合ってる感じがしますし。逆に、技術力を高めるために頑張るんだとしても、競技人口が世界でただ一人で誰とも共有できないんだとしたらプレイするかどうかは疑問ですね。

 

村上 一人用のゲームの場合はコミュニケーションの切っ掛けづくりができるよね。昔「トルネコの大冒険」を初めてやったとき、その死にざまの不幸自慢で友達との会話が盛り上がったし、「ゼルダの伝説」では子供が遊んで親が横で見て一緒に謎解きをするという親子の会話ツールとしても貢献してたし。

 

西川 コミュニケーションがあそびの基本であることは言うまでもないですけど、他にも「知る喜び」と「技術の研鑽」という要素も大きいかなと思いますね。

 

村上 喜ぶ、楽しい、褒めていただきたい、だからもっと頑張る、もっと褒めていただきたい、…というサイクルそのものがあそびの仕組みであり、これが人を能動的にさせるんだね。あそびって「利益を求めず精神を豊かにするもの」とも定義できるよね。

 

西川 精神を豊かにするというのは全てのゲームに共通してると思いますね。

 

村上 西川は2年生の時はグラフィックゼミに所属していて、3年と4年でゲームゼミに来たよね。今度はその経緯について聞かせてくれる?

 

西川 私は元々UXデザインをやりたかったんです。でもそんな授業ってないじゃないですか。それで一番近いのはゲームデザインだと考えたんですね。

 

村上 UXデザインという言い方はしてないけど「コトのデザイン」という意味ではゲームはUXに直結してるね。あとは空間演出デザイン学科のコミュニティデザインとか、こども芸術学科の知育玩具制作の授業もUXデザインに当たるのかな。

 

西川 そうですね。これは私の勝手な考えなんですけど、UIデザインが積み重なってUXになってると思うんですよ。UIという2D素材が重なってUXという立体物になっていくイメージですね。ということは、ゲームデザインを学ぶならまず先にUIデザインを学ばなきゃいけないんじゃないかと考えて、最初にグラフィックデザインのゼミに入りました。最初からUXをやりたいと言っても、何も持ってないと話にならないですし。

 

村上 卒業制作の作品を見てると、UIデザインあってこそのUXデザインだなという感じがするよね。段階を経て順当に学んできた成果が出てると感じたよ。

 

西川 グラフィックゼミのとき、WeBaseというホステルの館内サインを作るプロジェクトに参加して、その時UIデザインってカッコいいとか可愛いデザインというようにビジュアルだけで語れるものではなくて、相手あってこそのデザインであるということを痛感しました。どうしても自分の味が出てしまうので、まずは人さまの事を考えるという基本を押さえた上で自分の持ち味を出していければそれでいいと感じました。先にビジュアルを美しくしても伝わらなかったら意味がないので。UIこそデザインの基本かなと感じました。

 

村上 色んなゲームが出てるけど、UIデザインがマズいゲームって、まず遊べない。ていうか遊ぶ気にもならない。ビジュアルに凝りすぎててタップできる場所がどこか分からないとか…。

 

西川 何をしたらいいか分からないゲームって最近多いですよね。

 

村上 アクションゲームを作るとなったら、1/60フレームで表示される情報からコンマ何秒で何の情報を視認して、どんな操作を促すかを一瞬で行わないといけないからUIデザインはとても重要だね。ゲームのジャンルによって、画面ごとに情報量も情報の優先度も違うし、視認に必要な時間も違うし、当然操作も違うので、これは勉強するというよりも現場でたくさんゲームを作って経験を積むしかない。

 

西川 UXという言葉が浸透してきたのもここ最近の話で、UXデザインどころか下手するとUIデザインの意味すら分からない人もまだいると思うんですよね。

 

村上 西川はUIUXの研究をしてきたからこそ大手IT企業の就職も果たしたわけで、この制作で得たものは社会に出てから大いに役立ちそうだね。

 

西川 この会社はUXもやっていて、デザイナーが企画をすることもあるので物凄く楽しみです。

 

村上 じゃ、ぜひ頑張って。というわけで、西川さんとともにゲーム性やUXデザインについて語ってきましたが、かなり濃い話が引き出せたので、もうええかな(笑)。

ではでは、引っ越し準備で忙しい中お時間いただきありがとうございました。

 

西川 ありがとうございました。

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