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和の伝統文化コース 生川 直子

 神社に参拝する人の多くは、「願う」ためには一定の作法を行うものであると考えており、社の神主が祓串を参拝者の頭上で左右に振る姿は神道と結びついたものであると認識しているはずです。神社が宗教的発信をする神道は、元は自然発生的な自然宗教であり、災害による不作・疫病などに現れる神の怒りを鎮める意味の祈りだったと考えられています。

 室町時代の吉田兼俱という宗教家によって、神に願う項目に幅がもたらされ、人の個人的な願意の受け入れ所として神社(神道)は成り立ちを変化させたと私は考えています。言わば、現代のパワースポットという概念を創始した人物が兼俱でしょうか。

 中世から宗教界での位置を占めていった吉田家は、江戸時代綱吉期に布かれた宗教施策の一つ「諸社禰宜神主等法度」によって、神道家本所として公的な役割を得ます。

 本研究では江戸時代を通して幕府の宗教統制に関与し、「吉田流裁許状」の発給などを行って諸国に勢力を拡大していった当家の姿に関心を寄せながら、一方で遠方から本所へ伺候した地方の神主衆と吉田家の関係性にも視点を置き「吉田詣で」によって地方神主衆が得られたものについて述べました。


近世吉田詣でと地方神主衆の相互関係についての考察——「御広間雑記」に記された清水氏を一例に——

三重県

生川 直子

和の伝統文化コース

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