茨城・御岩神社
水戸藩の寺社改革と神仏分離との関係
歴史遺産コース 柴沼 清明
茨城県日立市の山あいにある「御岩神社」は、寛永七年に徳川家康の十一男で水戸藩初代藩主の徳川頼房が湯殿山(出羽三山)を勧請し、両部神道の社として創建した。ここでは創建来の大日如来坐像等を祀り近年には仏堂も再興するなど、いまも仏教的要素が共存している。水戸藩では諸藩に先立ち寛文年間から神仏分離が厳しく行われ、江戸後期には神仏習合の水戸東照宮まで唯一神道に改めたにも拘わらず、御岩神社の仏教的施設が破却されたのは明治期に入ってからであり、換言すれば江戸期には神仏習合が続いていたのである。
そこでなぜ御岩神社に江戸期を通して神仏習合が継続し得たのか、その理由を探るべく卒業論文の作成に着手した。残念ながら、理由が判る史料には巡り合えなかったが、文献や史料の収集と検討により一定の結論を導出するに至った。
この作品を通じ寺社の実相は神仏習合であり、神仏分離が国是として強いられたのは明治初期以降の七十数年であったことを改めて認識させられた。戦後に復活した興福寺の春日社参式を始め、近年では北野天満宮や八坂神社にも神仏習合に回帰する動きがみられており、古来の信仰の形に触れる機会が多くなることは嬉しい限りである。
柴沼 清明
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