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歴史遺産コース 澤口 武

元慶二年(八七八)三月に出羽国(現秋田県)で、
秋田城司の苛政に苦しめられた秋田郡域などの蝦夷(俘囚)が蜂起して
秋田城・郡院などを焼き打ちする事件が起きた。この反乱を「元慶の乱」という。

『日本三代実録』によると反乱を起こしたのは
「秋田城下賊地者、上津野、火内、榲淵(すぎぶち)、
野代、河北、腋本、方口、大河、堤、姉刀、方上、焼岡十二村也」とあり、
私の生まれ育った県北部の上津野、火内、榲淵、野代、河北などの米代川流域の蝦夷村と、
秋田城に近い八郎潟東南岸辺りの諸村が連合した反乱軍は
六月頃まで政府軍を圧倒して優勢な状況であった。

五月頃俘囚三人が政府軍のところに来て
「賊請秋田河以北為己地」と反乱軍側の要求を伝えた。
「秋田河(雄物川) 以北の地を己が地となさん」と政府軍に宣言をしたことに、
気骨のある人々が古代秋田にいて、自らの地域を連合して守ろうとした気概に感銘を受け、
元慶の乱の研究することに決めたのである。

また、これら十二村のうち米代川流域の集落遺跡発掘調査資料を調べ、
現地で周囲の地形などから考えをめぐらすことができた。
しかし十二村に名を連ねた蝦夷村を現在確定するまでには至っていない。


古代北東北の蝦夷の一考察

秋田県

澤口 武

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