水辺の記憶
記憶の中にある多視点・多次元の風景を可視化する
写真コース 菅原 雅人 (菅原 雅人)
私は複数の写真を組み合わせて一つの作品を生成するという手法に取り組んでいる。それは、自身の記憶の中に潜む抽象的なイメージを表現するための選択であった。写真は具象を撮影するという宿命がある以上、絵画などとは表現方法が異なることは明白だが、たとえば数多くの画像の組み合わせのなかに、自身のイメージを表現する必然性を見出すことができるならば、抽象表現への可能性が見出せるのではないかと考えたのである。
自身の記憶の中にあるイメージの世界は、ひとつの写真のような完成された映像の世界ではない。断片的なイメージが重層的に重なって、それらが目まぐるしく変化している。あるひとつの瞬間ではなく、多視点的・多次元的な映像の連なりのようだ。そして混沌とした抽象性を併せ持っている。そのイメージを可視化するために模索するなかで、複数の写真を、多視点的・多次元的に組み合わせるという手法に辿り着いた。実現に向けては、客観的な撮影に徹して撮影者の存在を消し去る、類似画像を多数表示させることによる脳内イメージ処理能力の増幅を狙う、単眼で撮影した一点透視の画像から多視点の画像への置換など、後処理を意識した撮影が前提となる。また画像を組み合わせる工程においては、撮影時の客観性とは逆に主観的であることが必須となるが、自己のイメージを明確化することで、偶然性を排除した表現手法として提示することが可能となる。
川の堤防を臨む作品は、自らが移動することで変化する対岸の風景を撮影して組み合わせたものである。多くの画像は連続していない別々の場面を組み合わせており、記憶の中の世界のような、様々な視点の画像が組み合わされて一つのイメージを構成しているという感覚を表現しようとしている。視点が複数存在することで、鑑賞者の潜在的な記憶の世界を刺激すると同時に、体験が積み重なっていくような感覚を味わう。
堤防から水際に降り立つと、そこには小さくとも無限の広がりをもつ世界がある。自身は動かずに、ただ水面の様子を観察するのだが、水面は変化に富んでいる。同じ被写体でありながら、その一瞬にしか現れない唯一の水面の紋様の集合体の、多視点的・多次元的な映像がそこには存在する。水辺周辺の植物の色の変化、太陽の位置や光の強さ、雲の動きや切れ間の明暗、風の向きや強弱、それらを敏感に受け止める水面の動き、凪や細波や渦など、同じ場所の小さな空間でありながら無数の変化が現れる。水辺では1枚の写真では表現しきれない、多視点的・多次元的な映像を目の当たりにする。そして、それらは自らの記憶の断片としてとして脳内に取り込まれていく。複数の画像を組み合わせる行為は、その記憶の中にあるイメージを、写真を媒体として表出させる試みなのである。
春輝
涼雨
夏晴
淡秋
寒光
春霞
雨鏡
流碧
雪兆
氷嶺
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