近世柏原船の経営の実態について
天保期の経営史料から見る川船の様相
(大学院)文化遺産分野 真田 尚幸
領域奨励賞
1. 制作研究の概要
古代より瀬戸内海と畿内を結ぶ河川交通の要である大和川水系のひとつで、大坂と平野、柏原を結ぶ平野川で近世に運航されていた柏原船の経営の状況を明らかにすることを試みた。研究の手法としては柏原および平野の旧家に残された町方文書群の中から天保・弘化期の大勘定帳をはじめとする会計帳簿とその関連史料を選定し、それらの史料の記述内容を分析することから新たな事実を得ることを目的とした。またそれらの分析結果をふまえて、この時期の柏原船の経営の状況や舟運の仕組について当時の社会的背景も読み取りながら明らかにするとともに、その経営主体である柏原船仲間の特徴について検討することとした。
2. 制作研究の背景・意図
近世の大量輸送を担った水運の研究は様々なテーマで積み重ねられてきたが、河川水運の研究については海運に比べても十分になされておらず、特に実際の船の運航状況については史料的限界もあり、あまり進んでいない。畿内の川船についても古くは黒羽兵治郎により研究が進められ、その後も川名登が支配との関係や運行の形態について検討をしているが、具体的な経営の状況や商行為の実態は明らかにされていない。柏原船についても柏原町史、柏原市史に開業の経緯や江戸時代前期の船仲間の動向や経営の様子あるいは他の川船や村々との訴訟の経緯などが詳しく記されているが、その後については享保期をピークに天明期には衰退したされながらも詳しい経営状況は明らかではない。
しかし近年になり都市社会史研究の観点から大坂の上荷船・茶船や土船について船持や船乗の仲間組織の実態解明が進められ、一方で原直史は越後の下条船について会計帳簿から舟運経営の実態を明らかにすることを試みるなど新たな動きがみられる。これらの研究動向をふまえ、本研究では柏原船の船持の家に残された史料群を用いて、そこに含まれる会計帳簿を定量的に分析し、先行研究で述べられている内容を確認しながら、これまで触れられてこなかった経営の状況や舟運の実態、柏原船仲間の構造について明らかにすることを試みた。
3. 制作研究の位置づけ
天保・弘化期の大勘定帳などの会計史料から舟運による船仲間の収入である船床銀の定量的なデータや支出の明細に記された内容を分析した。また船賃および船床銀について、これまで自治体史でも断片的な史料しか提示されていなかったが、新たな史料から具体的な品目や区間ごとの金額について細かく定められていることを読み取り、船仲間と船乗の分配の仕組も明らかにした。これらの内容は多くの川船においてもほとんど明らかになっていないものである。さらに実際に舟運を管理していた柏原・平野・大坂の各会所の支配人により作成された収入および支出の明細が記された史料から、この時期の各会所の役割や状況について読み取り、特に平野会所と大坂会所の位置づけやその役割と変化について明らかにすることができた。また舟運に関わる金銭の流れから柏原船仲間と船乗の関係を再確認し、最新の研究により明らかになった周辺の川船仲間の構造と比較した。これらの成果は、帳簿関係の史料を分析することから河川舟運の様々な実態を解明することができるという一つの事例を示す研究となったと考える。
4. 自己評価
本研究により、これまで天明期には衰退したとされていた柏原船の経営は柏原と平野の間については従来の認識の通りであったが、平野と大坂の間においては天保末期には第二のピークをむかえていることを明らかにした。また、その荷物の量を詳細に分析することで大坂から平野への登り荷が主たる収入であることがわかり、全ての区間で季節による積荷の量の偏りが大きいことも確認することができた。さらに天保期の支出の明細から天保八年の大塩平八郎の乱が発生した時期に大坂会所と平野会所の役割に大きな変化があったことを確認した。そして会計帳簿の構成や内容から柏原船仲間の特徴について見いだすなど、会計帳簿を詳細に読み解くことは個別の事象を明らかにするだけではなく、経営の全体像や地域社会の状況を明らかにする起点となることを示せたのではないかと考える。
しかし天明から文化・文政期の状況は史料の不足から検討することができず、幕末期の動向についてもこの研究では触れることができなかった。また大塩平八郎の乱の時期に大坂会所の役割が大きく変化したことは帳簿から読み取れたが、具体的な経緯や事象については明らかにできなかった。さらに天保の大飢饉や天保の改革の直接的な影響についても明確に確認できる史料がないため言及できなかったが、柏原船の経営の状況の一端を史料から示したことで柏原船研究だけではなく今後の舟運研究の一助となるものであると考える。
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